「頭がいい人とそれ以外の人の違い」について、偏差値35から東京大学に合格した僕(西岡壱誠)が考える本連載。教育格差について考えるシリーズの2回目です。世帯年収300万円台の家庭から、東大に合格した布施川天馬くんに、引き続き、話を聞きます。東大を目指して勉強していた高校3年生のとき、お母さんががんに倒れ、お父さんの事業が行き詰まるという危機に見舞われた布施川くん。受験の結果は、どうだったのでしょうか。
西岡壱誠(以下、西岡):布施川くんは、1浪で東大に合格しています。現役のときは、落ちてしまったわけですね。
布施川天馬(以下、布施川):そうですね。現役のときの感触は、1年で取り組んだにしてはかなり満足な結果になった、という感じだったと思います。
西岡:東大入試には、得点開示の仕組みがありますからね。入試で実際に取った得点を見て、むしろ前向きになったということですか。
布施川:勝負を途中で投げたいとは全然思いませんでした。
西岡:お母さんの病状が劇的によくなったわけではないし、お父さんの事業も苦しいままだったわけですよね。
布施川:だって、関係ないじゃないですか。勝負を投げることと、自分の母親が乳がんになったことも、父の事業のことも。むしろ「俺、頑張らなきゃな」って思った記憶があります。なんでそこで勝負を投げなきゃいけないのか、本当にわからない。
西岡:その答えは、多分、「自己憐憫(れんびん)」だと思います。

隣のおじさんはお金をくれない
西岡:「私はかわいそう」「なんでこんなにかわいそうなんだ」みたいな思いにとらわれて、勝負を投げてしまう人も世の中には結構います。
布施川:そうですね。確かに、「世間的に見たら、自分はかわいそうなんだろうな」って思ったことは何度かあります。
でも、かわいそうだからって、隣のおじさんがお金をくれるのかといったら、くれないじゃないですか。かわいそうであることと、誰かが助けてくれることは別なんですよ。誰かが助けてくれないと、今の自分は生きていけない。それが現実だったら、かわいそうかどうかは別として、これから自分で生きていけるようにならないといけない。だったら、自分はかわいそうだなあって思っている時間は無駄ですよね。だから、そんなことを考えるよりも、とりあえず自分で生きていけるようになろうって思っていました。
西岡:そういうところも『ドラゴン桜』の水野直美を思い出すんですよね(布施川くんと、水野直美の共通点については前回「ドラゴン桜に学ぶ「年収300万円からの東大受験」 特待生がマスト」でも触れました)。
スパルタ式の勉強合宿の夜に、水野が「家に……帰りたい」って、つぶやくんですね。
「親ガチャ」で片づけるな!
西岡:家に帰りたいとつぶやいて、現実に存在する「自宅」を思い出すと、そこは自分にとって、実は「帰りたい場所」ではなかったと気づく。だから、自分はもう「頑張って東大行くしかないんだ」と思って、布団のなかで泣く。そうやって泣きながら、覚悟が決まるというシーンです。
今の布施川くんの話にはそれに近いものを感じますね。もう頑張るしかないんだな、っていう。
でも、実際には、そういうふうにはなかなかなれないんですよね。例えば、生活保護を受けられれば、何とか生きてはいけるんじゃないか、といった状況は、今の日本に確かにあると思うんですよ。生活保護を受けるのも簡単ではないだろうし、生活保護を受けたからといって楽に生きていけるわけでもないけれど、ニートという言葉もありますよね。働かなくても「何とかなる」からニートになるのであって、どうにもならなかったらニートは生まれないと、僕は思うんです。
そう考えると布施川くんは、こういう言い方は失礼かもしれないけど、恵まれてないがゆえに強くなったというか、精神性の強さがあるんだろうなと思いました。
布施川:一時期、「親ガチャ」という言葉がはやって、僕はすごく嫌いだったんです。
確かに、親がどうであったかに、子供の人生が影響される部分はあります。世帯年収もそうだし、遺伝で物事が決まってしまう部分があるのもそうなんですけど、「あなたは遺伝で頭が悪いから、頭が悪いなりの人生しか歩めません」と言われて、「そうですか。はい、わかりました」って、生きていくのは、それでいいのかと思います。
どこまであがくかが問題だと思うんですよね。あがけるだけあがいたほうが幸せな人生にできるかな、と僕は思っているけど、「親ガチャに外れたから」で納得していたら、あがけなくなっちゃうじゃないですか。向上することを諦めて、あとは落ちるだけになってしまう。だから僕は「親ガチャ」の話が嫌いなんです。
西岡:布施川くんが言うと、説得力がありますね。
「子供はつくれない」と思っていた
布施川:頑張れる余地があるのに頑張らないで落ちていくだけなのはすごくもったいないことだし、「自分は頑張ったから、お前も頑張れよ」っていうセリフは乱暴だから言いたくないけど、頑張るのを諦めて「自分ってかわいそう」って思いながら落ちていって、落ちた先に何かあると思っているのかな、と。誰も助けてくれない未来が待っているけど、本当にそれでいいのかなと。だから嫌いなんだと思います。
西岡:布施川くんって、浪人中に週3日、アルバイトをしていたんですよね?
布施川:はい、ドラッグストアで朝から晩まで、店長に「東大くん」って呼ばれながらバイトしていました。東大に受かっていないのに「東大くん」というのも、おかしな話ですが、「東大目指すために働きたいんです」って、面接で話したら、そう呼ばれるようになりました。
西岡:お母さんのがん治療も続いていたんですよね?
布施川:はい、母の病室で参考書を開いていました。母の闘病は、高校3年の秋から始まったので、現役のときのほうが、むしろ楽だったかもしれません。浪人中のほうが1年間ずっと、送り迎えなどがあって大変でした。
西岡:よくそんなに頑張れましたね。
布施川:だって頑張らないと先がないですから。道が前にしか続いてないんだから、前に進むしかないじゃないですか。立ち止まることなんてできませんでした。
西岡:なるほど。布施川くんから以前、「東大に合格して、東大に進学しなければ、子供をつくろうと思えなかった」という話を聞いたことがあります。
布施川:ああ、言いましたね。まだ子供はいませんが。
西岡:あの話が僕はずっと気になっていて。だから、次回、詳しく聞きたいと思います。
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2024年1月12日付の記事を転載]
西岡壱誠(著)、日経BP、1760円(税込み)


