いわゆる「中堅どころ」になると、見える景色が変わってきます。組織を率いて結果を出すフェーズで身に付けたいのが、ビジネスで必要となる各分野の「深い思考と知識」です。
それぞれの分野の基本的な考え方を身に付けると、今まで見えなかったものに気づけたり、突破口を早く見つけられたり、これまで以上に俯瞰(ふかん)的・長期的な視点で仕事を進められるようになるかもしれません。
今回おすすめ本として取り上げるのは、以下の8分野の知識を深めることができるビジネス書です。
■ オペレーションズ・マネジメント →前編の記事へ
■ 統計学 →前編の記事へ
■ 人材管理 →前編の記事へ
■アカウンティング (本記事)
■ファイナンス (本記事)
■戦略計画 (本記事)
■マーケティング (本記事)
専門的で少し難しい本や分厚い本も紹介していますが、長い間、ビジネスの名著として愛されてきた本もあります。自分のキャリアを自分自身で切り開くための読書として、ぜひこのビジネス書のリストを活用してください。
「アカウンティング」
13. 『会計クイズを解くだけで財務3表がわかる 世界一楽しい決算書の読み方』 大手町のランダムウォーカー著、KADOKAWA
ツイッターのフォロワー数はいまや11万人超。大手監査法人勤務を経て独立し、ネットで「#会計クイズ」を出題して好評を博した「大手町のランダムウォーカー」の著書。クイズとグラフなどの分かりやすいビジュアルも示され、楽しみながら財務3表を読み解く知識が身に付けられます。
シビアなことをいうと、ビジネスパーソンが40代になったとき、「決算書(財務3表)が読めません」という状態では、その後も部下やメンバーに仕事を任せて組織での結果を出したり、経営の中枢で活躍したりすることはできないと思うんです。ビジネスの現場だけではありません。シニアになって資産運用をするときも、決算書が読めるに越したことはありません。
この本はクイズ形式で面白いですし、まず「財務3表とは何ぞや」というところから始めるには、いい本です。ちなみに僕のYouTubeでも再生回数が多いのは「一度覚えたら忘れない決算書の読み方」です。皆さん、これを機会に財務3表を読めるようになりましょう!
14. 『新版 財務3表一体理解法』 國貞克則著、朝日新聞出版
「簿記を勉強しなくても会計がわかる」をコンセプトに財務3表の基礎知識から、読み解き方まで徹底的に解説。取引ごとに財務3表をつくる「会計ドリル」を実践することで、会計の「全体像」と基本的な「仕組み」が学べる1冊。
著者の國貞克則さんは経営コンサルタント。会計の専門家である会計士が書いた本よりも、コンサルタントや投資家が書いた本のほうが分かりやすいし、面白いんですよね(笑)。この本を読むと「どのように財務3表がつながっているか」が手に取るように分かります。
普通のビジネスパーソンは損益計算書が理解できなければ十分かもしれませんが、経営陣となると賃貸対照表を見る必要があり、さらにキャッシュフロー計算書も見なくてはいけません。財務3表を一つ一つ別々に学ぶよりも、この本でつながりごと学んだほうが理解は深まると思います。
15. 『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』 シバタナオキ著、日経BP
「数字が読めない」人のために、数字の羅列に見える決算書から、その背景にある業界・企業ごとのストーリーを読み解く術を惜しみなく公開。本書の決算分析の「方程式」を実践すると、事業の勘どころが分かり、ビジネス教養が身に付けられます。
著者のシバタナオキさんは最年少(当時)で楽天の執行役員となり、2009年からスタンフォード大学客員研究員、11年にシリコンバレーで起業した方です。決算書の読み方に特化した本というよりは、ITやファイナンスなど今どきの業界の動向を読み解くのに役立ちます。
ビジネスの売り上げの方程式は何か、発表データの異なる複数社の業績をどう比べるかなど、マーケティングと会計が混在したトピックを数多く紹介しています。それから英語で決算書を読む取っ掛かりにもなるので、海外企業に投資したい人は読んでおくといい本です。
「ファイナンス」
16. 『財務諸表分析 第8版』 桜井久勝著、中央経済社
初版から約四半世紀を経た第8版。最新の財務諸表を分析し、収益性、生産性、安全性、不確実性、成長性の面から企業評価の実践手法を解説。第8版では、異なる会計基準を採用する企業どうしの比較も紹介されています。
1996年の初版から版を重ね続けている名著。財務諸表に関してこれ以上いい本はないんじゃないかと思います。
ビジネスパーソンとして決算書が読めるようになったら、次は財務諸表を分析できるようになりたいところですが、そのときに覚えておきたい指標がすべて書かれているんですよ。この本を読むと、企業がどういう戦略を取っているかも見えてくるようになります。僕も大学生のときに本書を読み、財務諸表が分かるようになり、その後のキャリアに本当に役立ちました。これこそ「読んでおくべき1冊」です。
17. 『起業のファイナンス 増補改訂版』 磯崎哲也著、日本実業出版社
2010年に発行された『起業のファイナンス』の増補改訂版。起業とベンチャーファイナンスの知識を実践に即して解説した前作から、改正会社法を反映させ、ベンチャーのコーポレートガバナンスを解説する章などが新たに書き足されています。
この本にはベンチャーキャピタリストが読んでも役立つような高度なファイナンスの話が書いてあります。かなりの高レベルですが、これからスタートアップ企業を成長させたいという人や、スタートアップ企業に投資したいという人は、ぜひ読んでみてください。上場を目指す起業家への資本政策のアドバイスも具体的かつ網羅的です。
ともすると精神論になりがちな「起業」を「ファイナンス」という現実的な切り口で論じていて、読み応えがあります。そして、ファイナンスの話なのに情熱的というバランスも素晴らしい1冊です。
18. 『中小・ベンチャー企業CFOの教科書』 高森厚太郎著、中央経済社
著者の「ベンチャー経営者」としての経験と、ビジネススクールで教える「経営の専門家」としての知識を凝縮し、CFO(最高財務責任者)の実務を解説。社外プロCFOとして培った経営者とのコンサルティング、コーチング、ファシリテーションといったスキルを余すところなく紹介しています。
「そもそも、ファイナンスってどういう仕事なんですか」と知りたいときにおすすめなのが、こちらの本。CFO(最高財務責任者)、社外CFOに求められる知識の体系と実務上のポイントがコンパクトにまとめられ、企業におけるファイナンスがどういう役割なのかがよく分かります。
CFOは経営幹部としてストックオプションがもらえる「おいしい立場」であり、文系出身者でも計算ができれば狙えるポジションです。中小・ベンチャー企業でCFOを目指す人、会計士、税理士、コンサルタント、金融関係者などで社外CFOを狙う人なら、読んでおくといいですね。
それからもう1冊、分かりやすいファイナンスの本といえば 『物語(エピソード)で読み解くファイナンス入門』(日本経済新聞出版) もおすすめです。著者の森平爽一郎先生には僕も大学時代に教わりました。
「戦略計画」
19. 『良い戦略、悪い戦略』 リチャード・P・ルメルト著、日本経済新聞出版
村井章子(訳)
著者のリチャード・P・ルメルトは戦略論と経営戦略の大家。「良い戦略」は「単純かつ明解」、「悪い戦略」とは「空疎」「目標と戦略を取り違えている」などと、良い戦略と悪い戦略の違いを徹底解説。戦略思考を深く学べる定番書。
著者は、『エコノミスト』誌が選ぶ「マネジメント・コンセプトと企業プラクティスに対し、最も影響力ある25人」の1人でもあります。戦略の事例としてトラファルガーの海戦や第1次世界大戦、第2次世界大戦、IKEAやKマートなどが紹介されていますが、要は良い戦略というのは「こちらの強みを相手の弱みにぶつけること」だと説いています。
他にも有効な戦略としては「高地を取る」、相手よりも高い場所を陣地とするべきだとも述べています。行動に直結する「良い戦略」と、「何をすべきか」が示されていない「悪い戦略」との違いが明確に定義され、戦略の原理原則を学べる良書です。
20. 『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』 クレイトン・クリステンセン著、翔泳社
伊豆原弓(訳)、玉田俊平太(監修)
発売から20年以上、読まれ続けている「現代の古典」。業界を支配する巨大企業が、その優れた企業戦略故に滅んでいくジレンマの図式を分析するとともに、既存事業を衰退させる可能性を持つ「破壊的イノベーション」に対して、経営者はどう対処すべきかを解説しています。
戦略を考える上では絶対に欠かすことのできない1冊。この本を読んで思うのは、やっぱり人間ってうまくいっていることは続けてしまう生き物なんだなということ。だから「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」という「イノベーションのジレンマ」が起きてしまう。
戦略本というのはわりとトレンドが移り変わるのですが、本書で語られた原理原則では変わらない。発売から20年が過ぎても色あせない1冊です。
21. 『両利きの経営 増補改訂版』 チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、東洋経済新報社
入山章栄(監訳)、冨山和彦(解説)、渡部典子(訳)
「両利きの経営」とは「知の探索=自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為」と「知の深化(自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく行為」を行うこと。イノベーションが起き、パフォーマンスが高くなる傾向がある両利きの経営を体系的に解説した1冊。
サブタイトルに「『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く」と書かれていますが、前出の『イノベーションのジレンマ』のような失敗をしないために、企業は「探索」と「深化」という企業活動をしないといけないんですよね。今、利益を出している事業に集中すると、未来がダメになる。そのためにも「探索」と「深化」を同時並行しないといけないから「両利きの経営」なんです。
そういえば僕のAmazon時代の同僚が、とある新規事業の責任者になったとき、当時の売り上げが少なかったにもかかわらず、ジェフ・ベゾスから直々に「今、君がやっている事業は小さいけれども、将来のAmazonにとって重要なものになる」というメールを受け取っていました。優秀な企業は両利きの経営をしている。そのためにはどうすればいいのか、それが詳細に書かれている本です。
「マーケティング」
22. 『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』 森岡毅、今西聖貴著、KADOKAWA
実績を上げ続けるマーケター・森岡毅とアナリスト・今西聖貴による共著。「ビジネス戦略の成否は『確率』で決まっている」「その確率はある程度まで操作できる」とし、2人がUSJ再建のために取り入れた「数学マーケティング」を公開した1冊。
マーケティングに関しては、この本が一押しです。僕の持論ですが、マーケティングに関してはP&Gで理論の教育を受けた人が一番優れていると思っているんです。さらにP&G世界本社で市場分析・売上予測を担当していたというアナリストの今西聖貴さんの数学的な視点も入っているので、「どうすれば高い確率で勝てる戦略を立てられるか」が体系立てて学べます。
本書では、市場構造において「プレファレンス(消費者のブランドに対する相対的な好意度)」が大事だと説いていますが、理論上どうやってプレファレンスを上げるのか、どう実践したのかをUSJの例を挙げて丁寧に解説していて、読み応えがあります。
23. 『ゲームの変革者』 A・G・ラフリー、ラム・チャラン著、日本経済新聞出版
斎藤聖美(訳)
変化の激しい世界で成長を続けるには、継続的なイノベーションが必須。「消費者がボス」を信念としているP&Gは、どのようにイノベーションを組織経営の中心に置いているのかを解き明かした1冊。世界的経営コンサルタントであるラム・チャランと、P&GのA・G・ラフリー元会長兼CEOがそれぞれの体験と研究を凝縮した経営書。
ラフリーは経営危機に陥ったP&Gの売り上げを約2倍、利益を4倍にし、「P&Gの中興の祖」と呼ばれる人物です。先に紹介した森岡毅さんの大ボスともいえるかもしれません。そんな著者が「企業が勝つためにはどうすればいいか」「グローバル経営とは」という戦略立案の基本的な考え方を示した本です。
ちなみにP&Gが圧倒的な存在感を誇る理由は「消費者知見」「イノベーション」「ブランド・ビルディング」「市場攻略能力」「グローバルな規模」の5つを重視したからですが、本書を読めばその強さが分かると思います。マーケティング目線を養いたい人は、ぜひ読んでみてください。
24. 『ヒットをつくる「調べ方」の教科書』 阿佐見綾香著、PHP研究所
著者の阿佐見綾香さんは、戦略プランナー職を10年以上続け、本格的なマーケティングリサーチを現場でたたき込まれてきた電通の現役戦略プランナーで、業界初の女性マーケティング専門チームGIRL'S GOOD LAB(旧・電通ギャルラボ)などにも参画してきた人物。本書にはファッションや美容業界などの事例が多く出てきます。
この本の肝は、電通の新人教育プログラムとしても使われている、マーケティングリサーチの手法を公開しているところ。マーケティングはリサーチが肝心ですが、そもそもそのリサーチをどうすればいいのか、どうリサーチして販促につなげていくのかが細かく丁寧に書かれ、「なるほど、電通はこうやっているんだな」と分かります。マーケティング担当なら読んでおくべき1冊です。
25. 『失敗から学ぶマーケティング』 森行生著、技術評論社
30年以上のコンサルティング実績のある著者が「売れない製品が生まれてしまう理由」を解説。「時代に早過ぎた」は「単なる戦略ミス」などマーケティングの失敗パターンを、成功確率を上げるマーケティング理論とともに紹介しています。
かつて話題となった『改訂 シンプルマーケティング』は薄い本でしたが、こちらは マーケティングの失敗事例を300以上ピックアップし、じつに1000ページ以上を書いたなかから、削りに削って500ページに凝縮したという「怪物本」です。
本書には、広告戦略で失敗したキリンラガービールと台頭したアサヒスーパードライ、「1.5秒に1本売れているノンシリコンシャンプー」として市場に切り込んできたレヴールと対応を誤った花王・資生堂など数多くの事例が丁寧に解説されています。失敗事例から対応策を学び、かつマーケティングの原理原則もたたき込んでおくと、その経験からは学びを得づらい「筋の悪い失敗」を避けることができるようになりますよ。
取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾