マクドナルドを世界的なハンバーガーチェーンに育てたレイ・クロック。自分で見て、感じて、自らの手でつかむ。彼は、最初から最後までハンズオンの経営者でした。クロックの著書、 『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝』 (レイ・クロック、ロバート・アンダーソン著/野地秩嘉監修・構成/野崎稚恵訳/プレジデント社)を楠木建・一橋ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。
マクドナルド兄弟の店に赴き観察
『成功はゴミ箱の中に』は、米マクドナルドを創ったレイ・クロックの自伝です。この強烈な経営者の本質を4つの視点から解読したいと思います。
今日のマクドナルドの前身は、ロサンゼルス郊外でマクドナルド兄弟が経営していたハンバーガーショップでした。クロックがこの店に興味を持ったのは、偶然です。
当時の彼は「マルチミキサー」という、飲食店向け機械のしがないセールスマン。調べてみると、この店1店舗でマルチミキサーを8台も所有していました。よっぽど繁盛しているらしい。いったい彼らはどういう店をやっているのか。確かめるために、クロックはすぐさま現地に赴きました。
そこでクロックがとった行動が面白い。開店前には到着し、しばらく店の外観を観察します。別に目立った特徴はないのに、開店と同時に車がひっきりなしにやってきて客の行列ができます。
クロックも列の最後尾に加わりました。行列の前にいる男になぜ人気か尋ねると、「15セントにしては最高のハンバーガーが食えるのさ。待たされてイライラすることもないし、チップをねだるウエートレスもいない」。
裏手に回り、ハンバーガーにかじりついている客に、週に何回ぐらい来ているのか、何がいいのか、聞いて歩きます。そうしながらも目はいそがしくあたりを見回し、暑い日なのに全然ハエが見当たらないとか、駐車場にもゴミ一つ落ちてないとか、細かいところもチェックしています。自分の足で動き、自分の目で見て、自分の手で触って理解しようとするハンズオンの人なのです。
客がひける午後2時30分ごろに改めて店を訪れ、マクドナルド兄弟に自己紹介をします。2人をディナーに誘い、根掘り葉掘り聞き出します。実にシンプルで効果的な商売だと感動するのです。クロックはモーテルに泊まるのですが、翌朝起きたときにはもうマクドナルドを大きく展開する具体的なプランが出来上がっていました。
過剰に強烈な創業経営者
僕にとってのいい本の基準の1つに、「著者と脳内で対話できる本」というのがあるのですが、この本は対話どころではありません。こちらの反応はお構いなしに、耳もとでガンガンがなり立ててくるような熱い主張のオンパレードです。おそらく実際に横にいたら「もう勘弁してよ……」と言いたくなること請け合いの強烈なパーソナリティーの経営者、それがレイ・クロックです。
以前、ハロルド・ジェニーンの名著『プロフェッショナルマネジャー』を取り上げて紹介したことがありました( 「名著を読む『プロフェッショナルマネジャー』」 )。ハロルド・ジェニーンは無私で冷徹な必殺経営請負人。同じ経営者でもレイ・クロックはジェニーンのような「プロフェッショナルマネジャー」とは真逆の人です。
ジェニーンも本の中でこう言っていました。公開大企業のかじ取りをまかされたプロの経営者と、リスクをとって新しい事業を興す創業経営者とはパーソナリティーやモチベーションが違って当たり前。創業経営者として大成功する人というのは、タイプはいろいろあるにしても、多かれ少なかれ「過剰に強烈」だと。その典型を、もうやめてくれというぐらいおなかいっぱい味わえる1冊です。
先に紹介した「Day1のエピソード」のポイントは、クロックはそもそも新しい商売を始める計画があって視察に行ったのではなかったということです。マクドナルド兄弟の店に行ったのは、あくまでもマルチミキサーの営業のためでした。店の評判を聞いて、マルチミキサーの商売相手としてよいのではないかと見込んで、とりあえず見に行っただけなのです。
そこで頼まれもしないのに観察力、取材力、企画力をばりばり発揮して、1人で勝手に大興奮します。思い立ったら即実行。これで始まったのがマクドナルドという、人生後半戦でものにしたクロックの逆転満塁ホームランでした。
商売勘が抜群です。マクドナルド兄弟の店の観察で、クロックは即座にフライドポテトに注目しています。フライドポテトはハンバーガーのつけあわせと考えられていましたが、マクドナルドの評判のカギはフライドポテトにあると、クロックは見抜いていました。すぐにピンときて、マクドナルド兄弟に「あなたがたはポテトにこだわっていますね」と水を向けます。
競争相手のゴミ箱の中を調査
マクドナルド兄弟にしてみれば、我が意を得たりという言葉でした。実際、2人はフライドポテトにはあふれんばかりの情熱をそそぎ、アイダホ産の最高級ポテトを使って、専用の油で揚げていました。クロックは本職でもないのに、そういう商売全体のキモの部分に直観的に目が行ってしまう人でした。
レイ・クロックは当時52歳。この日ばかりではなかったはずです。この年に至るまでのセールスマン生活で、こんなことばかりやっていたに違いありません。
現場を自分で直接見て、聞いて、触って、手足を動かしながら考える。商売勘に火がつけば、即座に動いてみる。こうした徹頭徹尾ハンズオンのスタイルは一朝一夕に身につくものではありません。マクドナルドの店を訪れるあの日のはるか以前から、この人の芸風として確立していたに違いないのです。
全編を通じてこうしたエピソードは枚挙にいとまがないのですが、もう1カ所だけあげておきたいことがあります。本のタイトルにもなっている話です。「競争相手のすべてを知りたければゴミ箱の中を調べればいい。知りたいものは全部転がっている」
「競争相手にスパイを送り込んでもうかるアイデアを盗めば?」というアイデアに対し、そんな必要はないと烈火のごとく怒って吐いた言葉です。実際クロックは「深夜2時に競争相手のゴミ箱をあさって、前日に肉を何箱、パンをどれだけ消費したのか調べたことは、一度や二度でない」と告白しています。
スパイなんて送らずとも、自分の目と手で取ってくることのできる情報はいくらでもある、というわけです。
コンピューターには頼らない
この姿勢はマクドナルドが米国全土に4000店を展開する巨大企業になってもまったく変わりませんでした。ある役員が地図に売り上げ別に色違いのピンを刺しているのを見て、自分にはそんな地図は必要がないと豪語しています。
「どこにどういう店があるか、フランチャイズオーナーは誰なのか、売り上げはどれぐらいか、問題点は何か、といったことはすべて頭の中に入っている」
クロックは店舗候補地を探す不動産活動をするのがとにかくスキ(もう1つの大好物は商品開発)で、いつも現地で店舗を視察し、状況を細かく把握していました。不動産開拓のために、会社のヘリコプター5台を使い、それまでの方法でどうしても見つからなかったような出店立地を探し出したりしています。
本社のコンピューターには、出店立地調査専門のプログラムが入っていたのですが、そんなデータはクロックには不要でした。彼はマクドナルドがいくら巨大になっても、最初にサンバーナーディーノのマクドナルド兄弟の店に行ったときと同じメンタリティで同じことをやり続けていました。
周辺を車で回り、近所の人が行くスーパーに足を運び、地元の人と言葉を交わし、あれやこれや観察するのです。そのうえでマクドナルドがその地域でどう成長するか、即座に頭の中でストーリーを組み立てました。
「もしコンピューターの言うことを聞いていたら、自動販売機がズラッと並ぶ店になっていただろう」とクロックは言います。「我々は決してそのような店はつくらない。マクドナルドは人間によるサービスが売り物で、オーダーを取るカウンターの店員の笑顔が我々の大切なイメージなのだ」
クロックにとっての店舗とは、人間が人間を相手にモノを売る舞台です。どんな暮らしをしている、どんな人を相手にするのか、その理解なしに商売はできません。コンピューターや調査会社に教えてもらうものではなく、自分で見て、感じて、自らの手でつかむ。レイ・クロックは最初から最後までハンズオンの経営者でした。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)