マクドナルドを世界的なハンバーガーチェーンに育てたレイ・クロックは、とにかく事業をデカくする仕事に集中しました。クロックの著書、 『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝』 (レイ・クロック、ロバート・アンダーソン著/野地秩嘉監修・構成/野崎稚恵訳/プレジデント社)を楠木建・一橋ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。
成功した「ミニマック」を中止した理由
レイ・クロックはとにかくデカいことが好きな人でした。ゼロから1を生むよりも、1を1000にすることにモチベーションをかきたてられたのです。マクドナルド兄弟のハンバーガーショップの原型はそのままに、その良さを最大限に生かして事業をデカくする仕事に集中しました。
人はオリジナリティーがないと言うかもしれませんが、クロックはまったく気にしません。「いや、マクドナルド兄弟の発想はホントによくできている」と絶賛し、「あとは私がデカくしましょう!」というのです。
後の話ですが、ブレント・キャメロンという店舗設計の代表が通常規模のマックの店舗を維持するほど集客が見込めない立地向けに、「ミニマック」を展開するというプランを提唱しました。小型のマクドナルドです。
クロックはこんなチマチマしたアイデアには我慢がなりません。立地条件からして「合理的」でも、座席が38しかない店などは彼にとっては「あり得ない!」のです。ミニマックはクロックの意に反して成功しますが、すぐに打ち止めになります。担当者がクロックの反論を聞くのにうんざりしたからです。
クロックは改築と座席を増やすキャンペーンを繰り広げました。「私が80席必要だと思ったところには50席しかなく、140席必要だと思ったところには80席しか置いていなかったからだ」「思考のスケールが小さいと、その人自身も小さいままで終わってしまう」が彼の信念でした。
140席なら昼に全席埋まるのは1時間半だけで、それ以外は半分以上空席になると認めています。それでも「ビジネスは施設を目いっぱい使って拡大していく」という考え方がスキなのです。
部下には釈然としない向きも少なからずいたでしょう。しかし、このレイ・クロックの理屈抜きのスケール志向がなければ、マクドナルドはマクドナルドであり得なかったのもまた事実です。
独創性よりもインパクト
クロックはその性格からして、おそらくいつかは自分でデカい商売をやりたいという考えがあったのだと思います。しかし、52歳になるまで何もモノにしていません。ひたすらマルチミキサーと紙コップを売っていただけでした。たまたま日々の営業のプロセスで出合ったのが「金鉱を掘るのと同じ」くらい魅力的なアイデアだったというわけです。
創業の引きがねはよく「新しい市場」「新しい技術」「新しいアイデア」などといわれますが、マクドナルド兄弟の店を訪れるそのときまで、クロックにはこの3つのうち1つも持ち合わせがありませんでした。
このタイプの経営者にとって何よりも重要な成果は、独創性というようなフワフワしたことではなく、ずっしりと手ごたえのあるインパクトなのだと思います。
一番手ごたえがあるのは、なんといってもスケールのデカさ。1を100にも1000にも1万にも10万にもしてやるぞ、という話です。スケールがデカいからこそ、世の中を変え、人々の暮らしに影響を与え、それを経営者として実感することができるのです。
この本の巻末にはファーストリテイリングの柳井正さんとソフトバンクの孫正義さんの対談が載っています。このお2人もまたレイ・クロックと同様に、スケール志向の経営者です。とにかく事業をデカくして、世の中にインパクトを与え、人々の生活を変える。むき出しの野心といえばそうなのですが、経営者としてのストレートなモチベーションです。
「システムのリピーター」をつくる
もちろん、むやみに規模を追求していたわけではありません。商売を「可能な限りデカく」するためには、デカいオペレーションをぶん回す仕組みがカギを握ります。
当時の外食業界で、クロックほど仕組みづくりにこだわった人は皆無だったでしょう。「特定の店舗やフランチャイズオーナーのクオリティーに依存していては話にならない。特定のお店やメニューのリピーターではなく『マクドナルドのシステムのリピーター』をつくらなければならない」。クロックはこのことをマクドナルドの草創期から明言しています。
マクドナルドで独自に開発されたシステムのなかで、レイ・クロック自身が初期に取り組んだものとして、パンのオペレーションがあります。
開業当時は「クラスターパン」という、4個とか、6個のパンが一塊になっているものを1個ずつ切り分けていましたが、これが大変な作業になるので、あらかじめ切り目を入れたパンを仕入れるように改良します。さらに、そのパン用に頑丈で、繰り返し使える箱を開発し、製パン所の梱包費用を削減してパンの代金を下げさせます。
構想はひたすらデカいのですが、クロックの天才はこういう細かいシステムづくりでこそ発揮されます。ハンズオン、現場主義といってもいろいろなタイプがあります。自分1人ですべてを抱えてしまっては、スケールの拡大はできません。いまより10倍、100倍、1000倍の規模でやるとしたら、どういう仕組みを導入すればいいのか。クロックは何を見てもこの視点で考えています。
クロックはパンのみならず、肉のパティにも細かいこだわりをみせました。マクドナルドでは1ポンドあたり10枚のパティを作ると決め、それはすぐに業界標準となりました。
また、パティを包むのに一番適した包装の方法を考えた結果、適量のワックスがかかっている紙だとパティがはがれやすくてよいという結論に至ります。高く積み重ねると下のパティがつぶれるので、最適な積み上げ方も研究して、パティ納入業者の箱の高さもそれに合わせるよう改良しました。ことほどさように、クロックは「仕組みづくりにおいてハンズオン」なのです。
すべての店舗で同じサービスを提供
システム化の目的は仕事を簡素化し、能率を上げること。各店舗の利益を搾り出すことが一義的な目的なのではありません。すべての店舗で同じようなサービスを展開する。真の目的はここにあります。
これもスケールの追求のためです。標準化ができて初めて急速な多店舗展開が可能になります。すべてをスケールから逆算して考える。この発想がマクドナルドの戦略ストーリーに骨太の一貫性をもたらしています。
標準化したシステムに乗せてフルスケールでぶん回していくという戦略ストーリーの強みは、失敗と成功の見極めが容易になるということにもあります。少しずつ拡大していくという手法は、一見リスクがないようですが「もう少し待てばなんとかなるのでは」「いやいや、ここからが本番」と自分に言い訳がきいてしまいます。
そして気づいたときにはだらだらと損を重ねてしまっています。そこまで続けてしまうと、埋没コストが大きくなり、これが心理的な退出障壁となり、失敗が泥沼化します。
クロックの場合、ありとあらゆることをすぐに実行して試してみるのですが、システムに乗らないなと思ったら即、手を引きます。早めに失敗すれば、そこから学んで再チャレンジできます。
なぜ実行に踏みきるのが難しいのか。それは失敗の基準がないからです。事前に失敗の基準さえはっきりさせて、その基準に触れた時点ですぐに手じまいにすれば、致命的な失敗にはなりません。
失敗したけどやってよかった
クロックは商品開発が大スキな人で、当然のことながら味覚の鋭さには自信をもっていました。しかし、あるとき「フラバーガー」なるものを考案して、大失敗しています。2枚のスライスチーズと焼いたパイナップルをトーストしたパンに載せる、というものでした。なぜこれを売り出したかというと、「自分の大好物だったから」。フィレオフィッシュより成功すると確信していましたが、たいして売れませんでした。
このときも、システムにうまく乗るだけの売り上げにならないことを確認すると、即座にひっこめています。
クロックはほかにもいろいろやらかしており、「失敗について、おそらく1冊分の本がかけるだろう」と、いくつかエピソードを紹介しています。いずれの失敗においても、失ったもの以上の教訓を得られた、失敗したけどやってよかった、と結んでいるのがクロックらしいところです。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)