これまで多くの人にとって、勤務先で働く時間が「主」、家庭で過ごす時間は「従」だったが、新型コロナウイルス禍でこの主従関係は逆転した。投資家でファンドマネージャーの藤野英人氏も都内の家を売却し、神奈川県逗子市に移住するという決断をした。藤野氏が読む働き方、暮らし方のメガトレンドとは? 未来のオフィス像とそこから生まれる新ビジネスとは? 藤野氏の著書『 おいしいニッポン 投資のプロが読む2040年のビジネス 』(日本経済新聞出版)から一部抜粋してお届けする。
働き方や暮らし方のメガトレンド
「世界を襲ったコロナ禍をきっかけにテレワークが普及し、働き方改革もこれまで以上のスピードで進まざるを得なくなる」「自宅で過ごす時間が増え、ライフスタイルへの考え方も大きく変化している」――2021年現在、このような見立てはさまざまな場面で聞かれます。
その一方、「変化は一時的なものであり、いずれコロナ禍が収束すれば人々はまた会社に毎日通勤する生活に戻る」という意見を持つ人もいます。
働き方や暮らし方のメガトレンドは、どちらを向いているのでしょうか?
私自身は、新型コロナウイルス感染拡大が始まるよりずっと前から、「テレワークの普及が進む」「仕事をする場所の制約がなくなり、多拠点生活をする人が増える」と言い続けてきました。
2019年5月に執筆したウェブ記事でも「『都心部でなければ仕事がしづらいから』といった理由で大都市に住んでいる人も、インターネットさえあればテレワークも可能ですし、これからはその場所だけに縛られることなく複数の拠点を持って生きることを考えられるようになる」と書いており、実際にコロナ禍前から東京と神奈川県逗子市の2拠点生活を始めていたのです。
5Gの普及によって働き方や暮らし方が変わることは間違いなく、コロナ禍はその変化を早めただけというのが私の考えです。
本来あるべき姿に近づいている
これまで多くの人にとって、生活は仕事を中心に回っており、勤務先で働く時間が「主」、家庭で過ごす時間は「従」でした。しかしコロナ禍でステイホームといわれるようになり、この主従関係は逆転しました。
都心部では、多くの人が苛烈な通勤ラッシュから解放される一方で「家族そろってどう一日中過ごせばいいのかわからない」「自宅では集中して仕事ができる環境がない」といった問題が生じました。
そして「在宅ワークができる環境を整えたい」「家族の時間を充実させたい」といったニーズが高まった結果、ホームセンターがにぎわい、家具がよく売れ、食品スーパーも非常に好調でした。
しかし改めて考えると、そもそも家を快適にして家族の時間を充実させるということは「コロナ禍と関係なく、もっとお金を使うべきだった部分」ではないかと思います。
つまり、コロナ禍によって本来あるべき姿に近づいている面があるわけです。
都心から神奈川県逗子に完全移住した理由
私自身も、このコロナ禍をきっかけに大きく働き方を変えました。
先に触れたように、私はもともと東京と逗子の2拠点生活をしていたのですが、在宅ワーク中心になると東京に行く理由は少なくなっていきました。
逗子は空気や水がきれいで、地元でとれる野菜や魚も美味しく、生活はとても豊かです。犬を飼い始めて一緒に散歩したり、仕事の合間に妻とランチを食べたりする生活をしているうちに、東京の会社で過ごす時間を中心にした生活と逗子の家で過ごす時間を中心にした生活のどちらがより人間的なのかは自ずと明らかになりました。
豊かなプライベートを楽しみながら仕事をする生活になると、生産性も上がりました。その結果、私が運用する投資信託「ひふみ投信」の成績は好調で、「R&Iファンド大賞2021」の投資信託10年・国内株式コア部門で優秀ファンド賞を受賞することもできました。
結局、私は東京の家を売却し、完全に逗子に移住するという決断をすることになったのです。
私だけでなく、社員にも引っ越しをした人がたくさんいます。
都心から郊外に移った人もいれば、駅前の賃貸マンションを引き払い、駅から少し距離がありバスを使う必要がある「バス物件」に引っ越して、今までより広く部屋数の多い物件に住み始めた人もいます。現在は、新卒入社の社員から取締役まで、兵庫県や北海道など全国各地に住みながら働いている人がいる状況です。
ワークとライフ、公私の区別は薄れていく
もともと日本の社会には、さまざまな矛盾や問題点がありました。それがコロナ禍で一気にふき出したことで、今後はその矛盾を無視できなくなり、大きな変化が起きていくでしょう。
そして5GやAIなど、身近なところでさまざまなテクノロジーが進化し、変化は加速していくはずです。
このようなメガトレンドの中で何が起きるのかというと、私は「公私混同」が進むのではないかと見ています。
これまでは、「公」の世界と「私」の世界は分けるべきだという考えが主流でした。仕事は職場でやって家ではプライベートな時間を過ごすべきだということを「当たり前だ」と捉えている人は多いでしょう。
コロナ禍によってテレワークの導入が進んだとき、受け入れがたいと感じた人が少なくなかったのは、公私が混然一体となった新たな世界への抵抗感によるものではないかと思います。
しかし今後、場所を問わず仕事をする人が増えることで、公と私の境目は必然的に薄れていくことになりそうです。
「家族で一緒に遊びに行く」オフィスづくり
私が経営するレオス・キャピタルワークスでは、未来のオフィスのあり方を考えて抜本的に変えていくプロジェクトをスタートしていますが、このオフィス変革プロジェクトのキーワードも「公私混同」です。
従来は「仕事は職場に行って仕事仲間とやり、家に帰ったら仕事のことは考えずにプライベートな時間を過ごす」というように公私が切断されていましたが、コロナ禍をきっかけに家というプライベートな場所に仕事が入ってくることになりました。
それではオフィスはどうあるべきかと考えると、プライベートの中に仕事が入ってきたのと同じように、オフィスの中にプライベートが入り込み、場所を問わず快適に働きながら暮らせるようにするのがよいのではないかと考えているのです。
たとえば、プロジェクトの議論の中で私たちがイメージしている新たなオフィスは、ひとりでこもって作業したりオンラインミーティングができたりする個室のブースがたくさんあるほか、もちろん社員が集まれる会議室もあります。ほかのスペースは、公園や図書館になるようなイメージです。
土日も開いていて自由に出入りできるオープンな場所で、そこにはおしゃれなカフェもあるかもしれません。公園のような場所ですから、もちろん家族で来ても構いません。
「家族で会社に遊びに行こう」「ペットを連れて行ってのんびりしよう」といったオフィスの使い方もありうるかもしれません。
もちろん、場所を問わず公私混同で働きながら暮らす場合、仕事のパフォーマンスをしっかり測定する必要があります。
これまでのように「会社にいる時間=仕事をした時間」と見なすやり方では何も測定できなくなりますから、「公私混同」と「仕事の成果にフォーカスして評価する仕組み」はセットです。

働き方の多様性から生まれる成長ビジネス
もっとも、私はこの「公私混同」の考え方があらゆる企業で起きるとは考えていません。
10年後、20年後には、はっきり公私が区別される会社もあれば公私混同の会社もあるという状況になっているのではないかと思います。
働く人が自分の生き方、考え方、パフォーマンスの上げ方や個人の事情などに基づいて「公私混同の程度」を選択できるようになれば、働き方や生き方の多様化が進みます。
そして、働き方や暮らし方の多様化が進むにつれ、それを裏で支えるテクノロジーが次々に登場して発達していくはずです。
働き方でいえば、情報共有、コミュニケーション、チームビルディング、意思決定などのための新たなツールが今まさに次々と登場していますが、この流れはとどまることなく、今後も激しい競争が続くでしょう。
暮らし方についても、「住む場所はひとつに固定されているものだ」という常識にとらわれない、新たな住まい方を提供するサービスはすでに登場しています。
新たな住まい方や働き方について思考を深めれば、その中には非常に大きなビジネスチャンスが見えてきます。
変化を捉えてサービスを提供できる会社が大きく伸び、その価値を高めていくことは間違いありません。

[日経ビジネス電子版 2022年1月7日付の記事を転載]
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藤野英人(著)、日本経済新聞出版、1650円(税込み)