コンサルタントのこだわりは「ケーススタディー」と「学び」をセットで示すこと。たまたまや思いつきで商売を始める人が多い中で、最初から成功イメージを具体的に描き、ビジネスモデルを構築している会社やお店はうまくいく。ITスキルがあって専門知識も豊富な20代には、上の世代はかなわない――。『 逆境を活かす店 消える店 』(日本経済新聞出版)の著者で、全国450社以上の中小企業や個人ビジネスを取材してきたマーケティングコンサルタントの竹内謙礼氏に聞いた。

日経MJの月曜連載「竹内謙礼の顧客をキャッチ」はずいぶん長く続いていますね。

竹内謙礼氏(以下、竹内):はい。以前同じ月曜日に連載していた「商ビズNOW」と合わせると、約8年半になります。毎回700字ほどの字数で1社の成功事例を取り上げ、その意味合いについて解説しています。1年で約50社、累計で450社以上取材していることになります。

「ケーススタディー」と「学び」をセットで示したい

取材先選びに基準はありますか。

竹内:小さな会社が大半ですが、面白ければ大企業も取り上げます。例えば上場しているワークマンの店舗「#ワークマン女子」の取材をする一方で、まったくの個人でやっているアフィリエイターも取り上げます。宿泊施設でいえば、ホテル阪急インターナショナルを取材することもあるし、民泊も取り上げます。連載が始まった当初、担当デスクから「大きな会社のネタは知られていることも多いので、日経記者が追えないようなネタを追いかけてほしい」と言われ、なるべく小さな会社やお店を取り上げています。

 それこそ本当に小さな会社、小さな店舗でやっているようなところ、例えば高知のかまぼこ店の奥さんがお店のことを4コマ漫画に描いてFacebookにアップしているとかいう話があれば、これは面白いなと取材に出かけます。

コロナ禍の前は直接取材でしたか。

竹内:はい、ほとんどが直接取材です。東京は少なくて東京以外の地方都市の企業が圧倒的に多いです。コロナ禍中でも、例えば群馬県の四万温泉に、電子マネーを入れてないコンビニがあるという情報をつかんで、四万温泉まで行ってきました。ヤマザキショップなのですが、「当店は現金のみです」と張り紙がありました。オーナーに話を聞いたら、「あえて電子マネーを入れていません。観光地の価値というのは電子マネーが使えるかどうかより、もっと別のものがあると思うので」という、ちょっといい話を聞けました。

新聞のコラムでは、3題ばなしのように事例を3つほど示して、ある1つの方向を示す形がありますが、このコラムは必ず事例1つ、学びを1つ書くというスタイルですね。

竹内:私は記者ではなく、コンサルタントですので、「この人がこんな売り方をしていました」と書くだけではなく、「この売り方にはこのような学びがある」というオチというか、意味合いを書くようにしています。

成功イメージからビジネスを逆算できる会社はすごい

450社もの取材をしてきて、「この会社はすごいな」と思った会社はどこですか?

竹内:最初に未来のイメージを思い浮かべ、そこから逆算してビジネスモデルを組み立てられる人や会社は本当にすごいと思います。

 商売を始める人は、なりゆきだとか親のあとを継いだとか、あまり考えずに始める人が多いのですが、この商売で成功するならこのロジックでこうやるのがいいよな、と考えられる人も、少数ですがいらっしゃいます。

 神戸市灘区にあるバターサンドの専門店で、ボンボンロケットというお店があります。数あるお菓子のジャンルの中で、なぜボンボンロケットはバターサンドを選んだのか? スイーツの職人というのは自分が作れるもの、作りたいものを作って商品にする傾向があります。しかし、ボンボンロケットの創業者・パティシエの遠藤教史さんは、最初に①賞味期限ができるだけ長いもの、②食材ロスが少ないもの、③形崩れしないもの、④生産性が高いものーーといった観点から、手掛けるべき対象を突き詰め、最終的にバターサンドを選んだそうです。

 バターサンドというのは、クッキーを作って中身を挟むだけのお菓子なので、特殊な技術がなくても作れて、バリエーションを容易に増やすことができます。普通のスイーツ職人は自分しか作れないお菓子を作ろうとするから、商品ロット数を増やせず、結局は店頭で売ることしかできません。

 ボンボンロケットのバターサンドは通販でものすごく売れています。最初から通販もイメージしながら、バターサンドの専門店を立ち上げたのです。

バターサンドは常時20種をそろえている(写真提供: ボンボンロケット)
バターサンドは常時20種をそろえている(写真提供: ボンボンロケット)

 もう1つ、前橋市に上州物産という会社があります。これまでポップコーンの製造機や冷凍庫、かき氷機のレンタルなど、29の新規事業を手掛けていますが、撤退はゼロです。どの事業も毎年20%ずつ売り上げを伸ばしています。上州物産は新規事業を始めるときに、まずキーワードの検索で調べて、ライバルがいない、あるいはライバルが弱いと判断したジャンルにだけ出ていったそうです。これだったら勝てるなというところだけで事業を展開するというのは、これもゴールを見てビジネスを始めているという点で、すごいと思います。

それは戦略ということでしょうか。

竹内:戦略ですね。商売を始める人はたまたまそこに素材があったから、店舗があったから、好きだったから始めてみました、ということが多いのですが、この2社に関してはたまたまではありません。こういう人は何をやってもうまくいく気がします。

経営戦略やマーケティングをきちんと学び、ロジックを立てて、これならもうかるかなと考えて始めれば、成功するものなのですか。

竹内:以前、健康食品や化粧品のネット通販を手掛けている北の達人コーポレーションの木下勝寿社長を取材した際、「ビジネス書を読んで、役に立つと思ったことをその通り信じてやればいいんだよ」とおっしゃっていました。本を読んで学んだつもりでも、実は自分の感情や言い訳を優先し、勝手にアレンジして、その通りにやらない人が多いのだそうです。

 戦略とともに大事なのはタイミングです。私は取材の際に、「いつ始めたのですか」という質問をよくします。商売にとってタイミングは極めて大事です。どんなに優れたビジネスモデルもいつ始めたのかが、実は重要です。誰も手掛けていなかったビジネスをいち早く実現できれば、先行者利益を得られるからです。

「ニッチ×IT」を楽々とこなせる世代にはかなわない

ニッチな分野で成功している小さな会社も多いですね。

竹内:すごくニッチなものもあります。最近の記事で取り上げたベースギター専門店「Geek IN Box」の経営者、嵯峨駿介さんは28歳です。高校生のときにはもう既に「ヤフオク!」で楽器を仕入れ、知人に売っていたそうです。

彼より上のロック第1世代にはもっとベースに詳しい人たちもたくさんいて、知識は豊富ですが、ITのスキルは必ずしも高くない。

竹内:嵯峨さんは「他の業界に比べて、楽器業界はITに弱い傾向がある」と厳しいことを言っています。彼はベースに関する豊富な知識とともに、「ベース」で検索すれば必ず自社ホームページがヒットするように文章や動画を作り込めるITスキルを持っています。こういう例を見ると、上の世代は20代にはかなわないなと思います。

最近街を歩いていると、クロワッサンの専門店とか、ベーグルの専門店とか、1つのジャンルに特化したパン屋さんが増えているように思います。ああいうお店はうまくいっているのでしょうか。

竹内:うまくいっていると思いますが、ブームが去ったら終わるでしょう。商圏のお客さん全員が買ったらもう終わりです。リアルな店舗しかないと、クロワッサンの専門店をつくっても、マーケットが狭いエリアに限定されてしまうので、長続きはしません。

 ネット通販を始めれば、確かに商圏は全国に広がります。しかし、今度は商品の魅力や専門的な知識やストーリーを伝えることができるかどうかがカギを握ります。ニッチになればなるほど、そのジャンルに対する愛情が深くないと長続きしません。

 クロワッサンだったらクロワッサンのことを深く掘り下げたコンテンツを作り続けることができるか、お客さんが喜んでくれる動画を作る意欲があるか、こうしたことに労を惜しまない人でないと、ネット通販は成功しないのです。


日経ビジネス電子版 2021年9月27日付の記事を転載]

小さな会社・お店がコロナ禍に生き残る秘訣!! 超ユニークな事例満載

コロナ禍で消えた店や会社には、コロナ不況以前にも、何かしらの問題があった。脆弱な財務、「なんとなくの経営」、市場の変化に対応できないビジネスモデル――。
一方で、生き残っている店や会社は、目の前で起きた困難にすばやく対処しただけではなく、もともとあった危機意識の積み重ねによって改善をし続けてきたのである。 (本文より)

日経MJの長期連載「竹内謙礼の顧客をキャッチ」の取材をもとに、小さな会社や店舗、中堅企業の逆風下における戦い方を示す。

竹内謙礼(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)

目次
第1章 コロナに勝つ会社、コロナで消える会社
第2章 業界セオリーをひっくり返し、逆境に打ち勝った「非常識戦略」
第3章 逆境の中でもトコトン楽しんでもらう「エンタメ戦略」
第4章 ナナメの発想で生き残る「新アイデア戦略」
第5章 コロナ禍の新消費動向に対応する次世代戦略
第6章 コミュニケーションの質を極める「ネット新戦略」