マッハのスピードで飛ぶ戦闘機に乗るのはパイロットただ一人だけ。この「現場」の状況は、「リーダー」には見えない。そんな航空自衛隊のミッション遂行に不可欠なのは、「意図取り」であると、航空幕僚長の井筒俊司氏は話す。航空自衛隊という組織のコミュニケーションは、ビジネスの世界にどんな示唆をもたらすのか。『 LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる 』を監訳した篠田真貴子氏とともに語り合った。対談前編。

航空自衛隊では、上司の意図を聞き取ることが「仕組み化」されている

篠田真貴子(以下、篠田):以前、キャリアに関する勉強会で井筒さんのお話を伺う機会がありました。私はそれまで、航空自衛隊という組織についてまったく知識がなかったのですが、お話が大変興味深く、ビジネスの世界にいる私たちにとって英知の宝庫だなと感激しまして。それで、本日は組織内でのコミュニケーションや「聞くこと」を切り口に改めてお話を伺いたくてご登場いただきました。自衛隊の上司と部下の関係の中で、井筒さんの考えるリーダーシップは、この『LISTEN』で触れられていることと重なる部分もあるように感じています。

井筒俊司氏(以下、井筒):ええ、そう思います。我々はつい「話すこと」に重きを置いてしまいがちですが、話すことより聞くことのほうが難しい。伝える前に聞くことなんだ、と。いや、まさにそうですよね。刺さる言葉がたくさんありました。

空将 井筒俊司氏 第36代航空幕僚長
空将 井筒俊司氏 第36代航空幕僚長
1964年生まれ。千葉県出身。防衛大学校(30期)卒業後、航空自衛隊に入隊。F‐4ファントムのパイロットとして前線で活躍後、内閣官房に出向し、ハーバード大学公共行政修士課程を修了。第6航空団司令(石川県小松基地)西部航空方面隊司令官(福岡県春日基地)、航空総隊司令官(東京都横田基地)などを歴任し、2020年8月現職に任命される。ハーバード時代の人脈なども生かし、各国高官と交流し関係を深め、国際社会で活躍する一方で、優しい人柄で任務においては的確な指示により航空自衛隊の先頭に立ち、多くの隊員から慕われている。(写真:山口真由子、以下同)

篠田:さっそくですが、以前、航空自衛隊には、上司の指示の意図するところを理解するという意味の「意図取り」「意図伺い」という言葉があると教えていただいてびっくりした覚えがあります。上司が自分の指示の意図を明確にして、隅々まで伝えることが大切だということだけではないんですね。部下のほうから上司の意図を聞き取る、くみ取ることをせよ、と。

井筒:そうです。例えば、上司の意図がはっきりしないときに、部下のほうから能動的に聞くことを教育されます。この言葉、確かに一般的には使われていないですね。航空自衛隊では私が入隊した30年前から使われていましたが。隊員は意図取り、意図伺いをしないと怒られるんですよ。

篠田:たぶん一般的な会社だと、上司の意図が曖昧な場合でも、部下からはっきりと聞くことはためらわれそうです。でも航空自衛隊では、なぜそこまで大切になったのでしょう。

井筒:航空自衛隊は、ものすごい速さで戦闘機を飛ばしますよね。乗り込んだパイロットは様々な事態に直面するけれども、指揮官はそこに一緒にいるわけではないので状況が見えない。その上、状況は刻一刻と変化します。「これから撃(う)っていいですか」「はい、どうぞ」とやっている時間はありません。作戦全体に対する指揮官の意図をパイロットがよく理解し、その場で瞬時に判断しないと、ミッションを遂行できないのです。

篠田:飛び立ったパイロットによって作戦全体の命令が確実に実行されることをどうやって担保するんですか。

井筒:そのためにも、意図取りが大切なのですよ。一般的な「命令」と言われるものを、私たちは3つに分けて考えています。1つは「号令」。「前へ進め」と言われたら、進むだけ。なぜ前進するのかという意図は明らかにされない。もう1つは「命令」。「私はこういうことを考えているから、こういうことをやりなさい」と、意図と行動が共に示されます。あと1つが、「訓令」。「私はこういうことを考えています」という意図だけが示される。「やり方は自分で考えろ」ということです。

篠田:行動の指示ができないのだから、意図がくみ取れたかどうかにかかっていますね。

井筒:ええ、ですから、意図取り、意図伺いをみんな必死にやります。上官にしてみれば、不測の事態に見舞われたとき、自分で的確に判断し行動してくれる人間をつくっておきたい。そのためには、自分の考えていることや行動の基準を日ごろから部下に対して明確にしておく必要があります。だから上官は意図が隅々まで理解されるよう工夫を重ねるし、部下は意図取り、意図伺いで理解しようと努力する。

きちんと聞ける組織には、細かい指示は必要ない

篠田:そういうことですか。これがきちっとできるのは、めちゃくちゃ良い組織ですね。でも、ちょっと意外です。自衛隊って一般的には上下関係の厳しい縦社会で、上からの命令は絶対であるという思い込みがありました。ところがそうじゃなくて、下からもアプローチするのですね。

井筒:航空自衛隊だからこそという部分もあるかもしれません。例えば、私は以前宮崎の飛行隊にいたのですが、有明海近くのレーダーが外国機を捕らえてスクランブルをするとき、それをコントロールするのは上司である飛行隊の隊長ではなく、警戒管制部隊なんです。私はそちらからの統制(自分の所属以外の部署からディレクションや情報をもらって動くこと)で飛ぶ。空中に上がったら、警戒管制部隊のコントロールを受けなさい。でも、最終的には機長、あなたの判断ですよ、というわけです。

篠田:驚くほど柔軟ですね。

井筒:はい。これが陸上自衛隊だともっと指揮系統が厳密だし、海上自衛隊は海上自衛隊で船1隻が単体で1つの社会を構成しています。どちらもよそからのコントロールを受けることはあまりありません。

篠田:なるほど。今ビジネスを取り巻く事業環境が急激に変化しています。営業に出たらいちいち持ち帰って上司にお伺いを立てるのではなく、その場で決めるべきものは決めないと乗り遅れてしまう。そんなビジネスの世界にいる皆さんの感覚に、この航空自衛隊の状況はぴったりフィットしそうです。

井筒:スピード感を持って柔軟に対応していくところは、航空自衛隊の特徴と言えるかもしれませんね。

篠田:お話を伺えば伺うほど、航空自衛隊の組織とリーダーシップに興味が湧いてきました。

井筒:リーダーシップについても、自衛隊では一般の方がちょっと聞き慣れない言葉を使っています。リーダーシップという言葉の代わりに使うのが広義の「指揮」。この広義の指揮を「指揮(狭義)」と「管理」と「統御」の3つに分けています。「指揮(狭義)」は、一般の会社で言えば業務命令で、「管理」は労務管理に当たります。そして「統御」は、人格というか品格というか、部下を引きつける人間力みたいなものを指します。先輩の言っていることは危ないミッションだけど、あの先輩となら一緒にやりますよ、と人を感化させる力。これを「統御」と呼び、3つ合わせたものが指揮(広義)です。一般的に言うリーダーシップは、この広義の「指揮」に置き換えることができ、その中の「統御」を狭義のリーダーシップと捉えていただければそんなに変わらないと思います。

(井筒氏の作成・提供)
(井筒氏の作成・提供)
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篠田:ビジネスの現場には、課題自体を設定する立場の方もいらっしゃれば、上司から指示されて解決のために汗を流す方もいます。その中で今までにない新しい価値を生むためには、今おっしゃった「統御」のようなことが必要になってくるのかもしれません。自分の人格だったり、課題解決への思いだったり熱量だったり。それが人を説得し動かしていく材料になるのですね。

(構成:平林理恵)

日経ビジネス電子版 2021年12月24日付の記事を転載]

幅広い知識が持て、一生の友人をつくる、ただひとつの方法

 「自分の話をしっかり聞いてもらえた」体験を思い出してみてください。
 それはいつでしたか? 聞いてくれた人は誰だったでしょうか? 意外に少ないのではないかと思います。
 他人の話は、「面倒で退屈なもの」です。どうでもいい話をする人や、たくさんしゃべる人など、考えただけでも対応が面倒です。その点、スマホで見られるSNSや記事は、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、面白くないものや嫌なものは、無視や削除ができます。しかし、無視や削除がどれほど大事でしょうか。
 話を聞くということは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。また、他人の考え方や見方を、丸ごと定着させもします。話をじっくり聞ける人間はもちろん信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。一方、「自分の話をしっかり聞いてもらった」ら、自分の中でも思いもよらなかった考えが出てくるかもしれません。どんな会話も、我慢という技術は必要です。しかし、それを知っておくだけで、人生は驚くほど実り豊かになります。

ケイト・マーフィ(著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2420円(税込み)