部下との人間的接触に多くの時間を割き、その悩みを聞き、潜在能力を伸ばすようにすることは、リーダーの最も大事な役割です。米国海軍の士官候補生を対象としたリーダーシップの名著『 リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本 』(アメリカ海軍協会著/武田文男、野中郁次郎訳/生産性出版)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

確固たる道義性に基づいて人格を築く

 『リーダーシップ』は米国が国家として成立して以来、世界における最も重要な役割について、「道義的リーダーシップを果たすことであった」と記しています。そのリーダーシップとは「自由及び民主的理念を脅かす勢力と戦うことによって、自らの力で自由を勝ち取らなければならない」ことであり、そのための選択は「世界における正義の味方になること以外にない」と断言します。

 大仰なミッションに聞こえますが、米軍の構成員にとってはさほど違和感はないのかもしれません。こうした重いミッションを背負って行動する海軍士官たちには、同時に部下の人格にまで責任を負うことも定められているといいます。

 さらに、軍事的リーダーシップと道義的リーダーシップとは一体不可分であり、それを分離しようとすることは「航空母艦から航空機を分離するのと同じこと」と述べます。海軍士官は確固たる道義性に基づいて自らの人格を築かない限り、部下の心からの協力、服従、尊敬を勝ち得ず、軍事的リーダーシップを発揮することもできないとも記しています。

 「そんな難しいことを求められても」という人もいるかもしれませんが、日本企業の良きリーダーもこうした米国海軍が求める要件を満たす人が意外に多いのではないかと感じます。短期的な業績よりも、日々の行動の中にあるポテンシャル、自分の手柄よりもチームとしての長期間の成長を意識する人が結局リーダーに選ばれていくことが少なくありません。

 同書は、良きリーダーシップを体得するためには「上司、部下、同僚との日々の人間関係に対して地道にリーダーシップの原理を適用し、たえざる研究と実践を重ねていくほかにない」と述べています。自分の経験のみに基づいてリーダーシップを学ぶことは戒められており、有能なリーダーとなるには、部下を含め他者から学ぶ姿勢が大事だというのです。

海軍士官は確固たる道義性に基づいて自らの人格を築く必要がある(写真/Shutterstock)
海軍士官は確固たる道義性に基づいて自らの人格を築く必要がある(写真/Shutterstock)
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悩みを聞くことから逃げるな

 いきなりで恐縮ですが、ここで1つ簡単なクイズに付き合っていただきましょう。次の文章が『リーダーシップ』日本語訳の第11章の冒頭にあります。

 「初級士官の職務のうちで最も時間を使うものは、○○○○○○○と○○○○である」

 この空欄に入る文字は何でしょうか。字数を気にしないで考えれば、戦闘活動に関わる知識の獲得、最新兵器への習熟、部下の訓練、戦史や戦術の勉強……。こういった文字を思い浮かべるのが普通ではないかと思います。海軍士官が最も時間を使うべきものとなれば、戦争に結びつく知識に違いないと思うのが自然でしょうが、正解はまったく違うのです。

 「カウンセリング」と「面接」

 この2つが、初級士官が最も時間を使うべき項目だと同書は指摘します。さらに続けて、こうしたことを渉外関係者、従軍牧師、法務官などに頼んで、自分はそこから身を遠ざけることもできますが、それはリーダーへの道を放棄することだと警告しています。部下との人間的接触に多くの時間を割き、その悩みを聞き、潜在能力を伸ばすようにすることは、リーダーの最も大事な役割だと強調するのです。

 同書は、1959年に出版された、海軍の士官候補生向けの教本です。60年以上も前に、士官にとって最も時間を割くべき仕事は、部下とのカウンセリングと面接だというのです。

 多くの人は、基本的に軍人向けのこの本が、人間性に関する実に奥深いテーマをしつこいくらいに数多く扱っていることに驚くかもしれません。例えば「集団はなぜ発生するか」という哲学的テーマを掲げて「集団への帰属感は心理的に報酬を与えるものでなければならない」としています。そうでないと、その集団から心が離れ、個人プレーに走るものだと警鐘を鳴らします。

 そのうえで、メンバーのチーム(所属集団)への参加度合いは、その集団の目標促進役を務めようとするタイプの人から、単にそこに帰属していることになっているだけの「最少参加」タイプまで、さまざまに分布すると記しています。今風に言うならば、エンゲージメントの度合いを認識することであり、それをいかに高めるかがリーダーに課せられた大きなテーマだと指摘します。

リーダーにふさわしい発声とは

 同書の優れたところは、抽象的で高邁(こうまい)な教訓に終始しないところです。部下の心をつかみエンゲージメントを高めるための成功要因としても、実に分かりやすい次のようなポイントを挙げています。

・部下を名前で呼ぶ能力
・寛容
・話しぶり
・会話
・書き言葉と話し言葉の使い分け
・有効な文書

 これらの要件に習熟するための現実的なアドバイスも記されています。「部下を名前で呼ぶ能力」がなぜ求められるかについては、「名前で呼びかけられることほど、人間の自我を喜ばせるものはない」からであり、そのことは自分への好意として受け取られ、チームへの参加意識の向上につながるからだと説明します。

 会話については、良い聞き手になることを心がけるべきであるとし、自慢話、手柄話のたぐいは避けることを求めています。それは聞き手を食傷させるばかりでなく、気づかずに機密を漏らすことになりかねない、と戒めています。

 さらに、会話においては、スラングの多用に気をつけるべきであり、常に意識しなければいけないのは発声であるともしています。自信のない表現、よく知らない単語を、明瞭さを欠く発声で使うことは、相手に対して礼を失することはなはだしいと注意を促します。

 リーダーたるべき次元の高い要求を示し、その阻害要因を挙げ、さらにどうしたらより高い水準に成長することができるか、実に分かりやすく説明しています。同書がリーダーシップの古典として評価されているからというよりも、誰もがすぐに参考にできる、非常に実際的な価値の高い本だからこそ、改めて多くの人にお薦めしたいと思います。

『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』の名言
『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』の名言
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高野研一(著)、日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込み)