50代になってから、全く経験のない部署に突然異動になったり、年下の後輩が自分の上司になったりすることがあります。こうした環境の変化をきっかけに、メンタルの調子を崩してしまう人は少なくありません。新刊『 50歳からの心の疲れをとる習慣 』の著者である心理カウンセラーの下園壮太さんは、「こうした状況でやってはいけないのは、自分さえ我慢すればいい、と感情を押し殺して組織のために働くことです」と話します。

突然の環境の変化で50代社員がメンタル危機に!
まだまだ若い。自分は最前線にいる。そう思いたい気持ちはあるけれど、少しずつ忍び寄る心と体の変化に戸惑う……。これが50歳を過ぎたビジネスパーソンの偽らざる心情でしょう。
50代になると、体力は目に見えて衰えてきます。疲労がなかなか抜けなくなるだけでなく、ちょっとしたことでイライラしたり、傷つきやすくなったり、気分の浮き沈みの波が大きくなるなど、メンタル面でも変化があります。
私は心理カウンセラーとして長年活動していますが、定年が見えてきた50代のベテラン社員は、うつ病のリスクが非常に高くなる場合があると感じています。
それまでバリバリと働いて成果を上げてきた人であっても、定年が近づいてくると大きな仕事を任せてもらえなくなり、「会社でないがしろにされているのではないか」などと、モヤモヤした気持ちを抱えがちです。
50代になってから全く経験のない部署に突然異動になる人もいます。新しく仕事を覚えるのが苦痛だったり、慣れない部署で上司や同僚とそりが合わないと感じることもあるでしょう。
また、「自分は仕事ができる」というプライドを持って長年働いてきたのに、これまで指導してきた年下の後輩が自分の上司になったら、その悔しさは察するに余りあります。
「自分さえ我慢すれば…」という発想が事態の悪化を招く
こうした悩みを抱え、メンタル不調に陥り、カウンセリングを受けにやってくる人もいます。そんなベテラン社員に共通しているのは、「自分の感情をぐっと押し殺して組織のために働こう」としている点です。
日本では、「みんなのために自分が我慢する」ことが美徳とされ、学校教育などを通じて繰り返し教えられてきました。
長年、会社のために働いてきた人が、不本意な異動や年下の後輩が上司になるという事態に遭遇しても、「自分さえ我慢すればいい」と感情にフタをして仕事を続けていたところ、3カ月ほど経ってから、いつのまにかたまっていた疲労が噴出し、メンタルが急激に落ち込んで、うつ病の一歩手前になる、ということがあります。
疲労とメンタル状態は密接に関連しています。疲労が蓄積していると、メンタルも落ち込みやすくなります。我慢して働いていた3カ月間が特に激務だったわけではなくても、気づかないうちに疲れをためこんでしまい、うつ病の一歩手前になるまでメンタルが追い込まれることもあるのです。

人間の感情は、フタをしても消えてなくなりません。むしろ、感情にフタをすることにエネルギーを使い、消耗し続けます。すると、感情はいつまでも心の奥底でくすぶり続け、それによって夜眠れなくなり、眠れなくなることで疲労の回復が追いつかなくなって、知らないうちに疲労が蓄積していくのです。
ですから、不本意な異動や年下が上司になるといった思いもよらない出来事があった場合にまずやるべきなのは、「そのときの自分の感情を認めてあげること」です。
「悔しいと思って当たり前だ」「長年がんばってきたのに落ち込むよなぁ」と、自分を肯定してあげると、気持ちが少し楽になります。
早期退職や起業など「思い切った行動」に潜む罠
定年が近づいてくると、「新しい生き方を見つけたい」と思って、早期退職したり、思い切って起業したりする人もいます。もちろん、その後のことを熟考して、きちんと準備をしているのなら問題はないのですが、中には後先のことを考えずに、いきなり早期退職したり、起業したりする人もいます。
先ほども述べたように、定年が近づいてくると大きな仕事を任せてもらえなくなったりするので、モヤモヤした気持ちを抱えがちになります。モヤモヤしたまま中途半端な状態で仕事をするのはしんどいので、早期退職や起業など、思い切った行動をとって起死回生を狙いたくなるのです。
大胆な行動をとる人を、「思い切っていてすごいな」と周囲は思うかもしれませんが、背後にはこうした「苦しさ」が隠れているかもしれません。
「面倒なことは後で考えよう」と楽観視して、早期退職や起業など思い切った行動をとった場合、うまくいかず、空回りして疲労ばかりが蓄積し、経済的に困難になるケースもあります。
ですから、組織の中でモヤモヤを抱えているベテラン社員は、早期退職や起業といった「急ハンドル」を切るのではなく、まずは自分のモヤモヤした気持ちを受け止め、認めてあげることが大切です。
その上で、毎日しっかり睡眠をとり、疲労をケアしながら、今後のことをゆっくりと考えるといいでしょう。疲れがたまっているときに将来のことを考えようとすると、一か八かの極端な行動をとろうとしがちなので気をつけてください。
悩みを抱えているときは「悩んでいる自分」を責めない
組織の中で悩みを抱えるベテラン社員の中には、「みんなつらくても乗り越えているんだから」とか「今だけ耐えれば、なんとかなる」と頭で考えて乗り切ろうとする人がいます。
しかし、その方法は、元気なときなら有効かもしれませんが、メンタルが弱っているときには、逆に苦しみを増やしてしまいます。
こうした悩みを持つ方とカウンセリングでお話をすると、「悩んでいる自分」のことを責める方がたくさんいらっしゃいます。
「自分はどうしてもっと強くなれないのだろう」「工夫すれば乗り越えられるのではないか」という具合です。
メンタルが落ちているときは、「悩んでいる自分」を責めるのではなく、「そのままの自分」を受け入れてあげることが大切です。
ところが、カウンセリングで私がそのように言っても、「いや、自分がダメなんです」「悪いのは私です」とかたくなになる人もいます。
これは、メンタルが落ち込み、うつっぽくなることで、思考が偏ってしまっている証拠です。そんなときは、まずはしっかり休養をとり、メンタルを落ち着かせることを優先したほうがいいでしょう。
「優秀でなければならない」という価値観を手放す
繰り返しになりますが、不本意な部署に異動になったり、年下の後輩が上司になったり、組織の中でモヤモヤを抱えたりしたときは、そのときの自分の感情をまずは認めてあげることが大切です。
しかし、自分の感情をどうしても認められず、そのままの自分を受け入れられないという人もいます。そういう人は、「人間は強くなければならない」「会社で働いているのだから、優秀でなければならない。成長しなければならない」という価値観を手放せずにいるのです。
もちろん、そのような価値観を持って、がんばって働いてきたことは立派です。しかし、50歳を過ぎたら、体力が衰え、疲れが残りやすくなり、メンタルの調子も波があるのが普通です。がんばれる日もあれば、がんばれない日もあるのが人間です。
ですから、「人間の心と体は、なかなか思い通りにならない」「疲労に振り回されることがある」と知ることが、人生の折り返し地点を過ぎた私たちが、必要以上に消耗せず、心を病まずに生きていくために必要なのだと私は考えています。
[日経Gooday(グッデイ) 2023年3月16日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]
下園壮太(著)、日経BP、1650円(税込み)