経営危機にひんしたシャープは、鴻海(ホンハイ)精密工業から来た戴正呉(たいせいご)氏が2016年に社長に就任し、再生に成功する。挑戦とスピードを旗印に、抜本的な組織改革に着手した戴の目に、当時のシャープはどのように映ったのか。組織や人事制度をどう変えていったのか。これまで明かされてこなかった構造改革の内情を戴氏の著書『 シャープ 再生への道 』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
なぜこんなに巨額のズレが生じるのか
シャープの経営危機は2015年度の後半から深刻の度を増していた。同年10月下旬に2016年3月期通期の連結営業損益の予想を100億円の黒字(従来予想は800億円の黒字)に引き下げたのだが、2016年3月末には1700億円の赤字とさらに下方修正した。
当時、産業革新機構との出資争いの真っただ中にあり、外部からシャープを観察していた私(戴正呉)は、短期間で赤字が膨らみ続けることに、なぜこんなに巨額の数字のズレが生じるのか、と驚いた記憶がある。
当時のメディア報道によると、歴代社長が社内で権力闘争を繰り返し、経営判断のミスが続いたらしい。推測になるが、社長と事業部門のコミュニケーションが不十分だったのだろう。
どんな大企業であっても、社長は事業部門、工場、販売会社など、現場の状況を自分で把握する努力をしなければならない。
厳しい言葉になるが、当時のシャープは現場と乖離(かいり)した「お飾り経営」だったのだろう。人件費削減のため、希望退職の募集を2012年、2015年と2回も実施した結果、会社の将来に失望した優秀な人材が次々に流出したとも聞いている。
当時の経営陣はこの窮地で社員の士気を保つことができず、会社運営は綱渡りとなり、販売不振・在庫急増・調達コスト上昇の悪循環から巨額の赤字を計上するに至ったようだ。メインバンクに金融支援を仰いだものの、効果的な打開策は見つからず、会社は経営破綻寸前に陥ってしまった。とても残念な歴史だ。
こうしたなかで、2016年8月に社長職を引き継ぐに当たり、リーダーシップのあり方を改めて指し示すこと以外に、崩壊に直面していた組織と人事を再構築することがシャープ再生の喫緊の課題だと考えた。
経営基本方針に盛り込んだ構造改革の具体策の中で、組織改革を筆頭項目に掲げ、信賞必罰を大原則とする人事改革を明記したのはこのためだ。
社員の給与カットをやめた理由
私は、全社員が一致団結し、「One SHARP」という共通の意識を持ち、シャープの再生を最も重要な目標だと認識してもらいたかった。再生に貢献する能力を持つ人たちが士気を高め、力を結集して業績の立て直しに全力投球できる組織や制度を実現したかった。
組織改革はまず、取締役と監査役の数を減らすことから着手した。鴻海による出資が決まる前は取締役13人・監査役5人だった役員構成を、2016年に私が社長に就任した時点で取締役9人・監査役4人までスリム化した。
2017年6月の株主総会で監査等委員会設置会社へと移行し、社外取締役を含めて9人まで役員の数を減らした。18人から9人まで絞り込んだことで役員報酬を大きく削減でき、取締役会の効率が上がり、取締役が本当の意味で経営判断に加わることができるようになった。
2018年6月の株主総会では、さらに7人まで役員を削減し、22人いた執行役員も大半が名ばかりだったので、実質的に廃止した。重要事項を決定する「経営戦略会議」の権限範囲を定めた後で、優秀で適切な人材を選んで各部門の責任者に据えた。
シャープが手がける事業・技術の領域は多岐にわたっている。業績不振に陥ってからは社長など経営陣が頻繁に入れ替わり、新任の経営陣が技術に関する専門知識を十分に持たないまま指揮を執ることがあったようだ。
中国語の慣用句でいう「開源節流(水源を開発し水の流失を抑える=収入を増やし支出を抑える)」のためには、「One SHARP」の実現が急務だった。
一方、人事制度改革では、社員の給与カットを取りやめた。
2016年8月に私が社長に就任した時点で、シャープは業績不振への対応策として一般社員は2%、マネージャー級は5%の給与カットを実施していた。私はこれを直ちに取りやめ、給与を元の水準に戻した。全社員が士気を高め、一体となって難局に立ち向かえば、早期の黒字転換は実現できると考えたためだ。
その結果、シャープの業績は証券アナリストの予想より2年以上早く黒字化した。社員は私の期待に応えてくれた。
信賞必罰の人事制度改革
組織は適切な人材を抜擢(ばってき)してこそうまく回るものだ。
私は鴻海時代の経験に基づいて、公開かつ公正な「全社人事評価委員会」を創設し、役職や経歴などにとらわれず社員に役割を設定し、その役割の大きさに応じて等級や序列を決める「役割等級制度」を導入した。
この全社人事評価委員会は事業本部長以上の幹部社員を委員とし、四半期に1回以上開く会議とした。委員会はまず、各事業部門から同じ基準で上がってきたデータに従い、社内の人材から期待の若手を選び、リテンション(引き留め)施策をとることを議論・承認した。
全社の業績が黒字化すれば、委員会は事業部門と個人が当該の四半期に負った責任の範囲や能力、KPI(重要業績評価指標)に基づき、賞与の支払金額を決める仕組みとした。
この信賞必罰の報酬制度の運用を本格化したことで、シャープのボーナスは月給の1カ月分から8カ月分まで、支給額に差をつけられるようになった。利益に連動するボーナスの比率が高い鴻海では最大20カ月分まで出せるが、それでも、「結果の平等」を重んじる日本社会の中では、かなり成果への連動性が高い制度だと言えるだろう。
役割等級制度では、等級について経営幹部では副社長、専務、常務、事業本部長など、マネージャー層は事業部長、部長、課長など、それ以下の社員を係長、主任、大卒の新入社員などと分けた。
役割については、マネージャー級で管理職と技術専門職に分けた。日本独特の人事制度である年功序列を廃止し、若くて優秀な幹部・一般社員を抜擢するのが狙いだった。優秀な人材の獲得については、まず新入社員の採用方針を明確に規定した。
シャープは当時、全社の人事部門が新卒者の採用人数をコントロールしていたが、業績不振のためか優秀な理系人材は他社に流れる傾向にあった。私はシャープの優れた技術力を維持・強化するため、大学・大学院卒の新入社員の初任給を引き上げ、理系8割、文系2割の比率で採用することに決めた。
「結果の平等」より大切なこと
新たな人事制度で重視したことは、箇条書きにすると以下の通りとなる。
・日本国籍の人材・社員が大半を占めてきたが、今後は事業のグローバル化や現地化を進めるため、国籍、年齢、性別にはこだわらず、成果主義を徹底する。
・職位の昇格や事業本部間の人事異動は、すべて社長による審査を経て実施するよう規定する。
・現行の人事ローテーション制度をいったん廃止する。研修制度を改定した後に、再開するか否かを検討する。
・単身赴任は原則として禁止する。
・担当事業部門の業績や個人としての成果が上がってない経営幹部は、社長による指導を受けても改善しない場合、マネージャー級に降格する。
・ストックオプション制度や譲渡制限株式による報酬制度を導入し、経営幹部の報酬・給与を業績と連動させる。
・営業部門の給与にインセンティブ制を導入し、販売実績が高い優秀な社員を正当に評価する。
人事や賃金の制度は平等であることが大切だが、日本の年功序列が実現しているのは結果の平等だ。社員の生活の保障にはなるが、経営の効率は上がらない。私は経営管理では、台湾や米国で一般的な「出発点の平等」の方が重要だと考えている。
シャープで行った一連の人事制度の改革は、レイオフ(一時解雇)などができない日本の労働法令や雇用慣習に配慮しながら、出発点が平等で、信賞必罰を原則としている鴻海の制度にできるだけ近づけたと総括できるだろう。
戴正呉著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)