その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はEY ストラテジー・アンド・コンサルティング(編)の『 カーボンZERO 気候変動経営 』です。
【はじめに】
2015年のパリ協定採択以降、気候変動をめぐる潮流が世界で加速している。
気候変動というアジェンダは、今後の企業経営にとって極めて重要な意味を持つようになっている。一歩舵取りを誤れば、事業の競争力が削がれ、企業の存続が危ぶまれるリスクとなっている。一方で、適切に自社を適合させることができれば、企業価値の向上と持続可能性の実現に寄与する機会にもなる。
気候変動にかかわる情報は日々紙面をにぎわせているが、企業経営の目線から気候変動問題を論じている書籍は未だあまり見られていない。科学的根拠にもとづき人類社会に警鐘を鳴らすものや、将来について技術的な観点を中心に論じるものがほとんどだ。本書の執筆に関わった私たちは、特に日本企業および産業が、気候変動をめぐる社会の動向を読み違え、対応を誤ることにより、国際的な競争力を阻害される事態を危惧している。
本書は、経営層を中心に企業で働くビジネスパーソンが、自身の文脈に照らして気候変動問題を捉え、自社において取るべき対策を検討する契機となることを狙いとしている。本章を通じた一貫した主張を一言でいえば、「カーボンニュートラルに向けた動きが本格化しているが、未来は未だ不確実」という事実と、それを踏まえて企業に求められる対策である。
第1章では、パリ協定採択以降の気候変動をめぐる社会の動向を、企業経営の目線を意識して概観している。さらに第2章ではファイナンスの視角、第3章では経済安全保障の視座から、気候変動問題を捉えて企業への影響を考察している。気候変動アジェンダが企業経営に対して重要な意味を持つものになっていること、そして気候変動をめぐる潮流が多層的であることを訴えている。
第4章以降では、気候変動をめぐる潮流を踏まえ、社会と企業はどのような未来を目指すべきか、現在から何に取り組むべきかを論じている。第5-6章では、カーボンニュートラルでも稼ぐための変革、不確実な未来に対する戦略の構築など、気候変動を踏まえて経営戦略に組み入れるべき論点とアプローチを考察している。第7章では、エネルギー産業の今後の変革と、主に需要家としての事業会社に求められる対策を論じている。第8章では、気候変動問題と並列で議論が進むサーキュラーエコノミーというアジェンダとの関わりについて論じている。第9章では、経営にとって新たな武器となっている行動科学という手法が、気候変動問題を踏まえた経営にいかに活用できるかを紹介している。
そして第10-11章においては、気候変動を契機として企業経営者が認識すべき、新たな視点を提示している。第10章では、次世代を見据えた長期的な視点での経営の在り方を、第11章では、未来への戦略を含んだ情報開示によって、より良い未来に向けたステークホルダーとの共創を誘う、未来共創経営の在り方を、それぞれ論じている。
気候変動は、企業経営を構成するあらゆる側面における前提を覆す可能性があり、企業にはそれを踏まえた改革が求められる。各章末には、気候変動をめぐり企業が戦略に加えるべき新たな前提条件と、それを踏まえて企業がオペレーション改革に着手すべき事項をまとめている。産業・企業・組織・職階などが異なる読者のそれぞれにとって、何かしらの気づきがあることを願っている。
本書の趣旨は、読んだ内容に従って対策すれば、そのまま気候変動問題を乗り切れるというガイドになることではない。読者の皆さんに気づきを与え、それぞれが置かれた文脈において、気候変動と経営についてより一歩考察を深める、その契機となることを企図している。そして、そうした皆さんの考察と、考察の結果としてのアクションが、人類が気候変動問題を乗り越え、より良い未来を創ることにつながっていくことを願っている。
なお本書は、ESG対応型の経済・経営への変革推進を支えるコンサルティングチームである、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社のストラテジックインパクト・ユニットに属するESGエコノミクス・ストラテジー・チームのメンバーが執筆、チームリーダーである尾山耕一が取りまとめ、ユニットリーダーである國分俊史が監修した。多忙な業務の合間を縫って情報を収集・整理し執筆を行ったメンバーに、感謝の意を表したい。
2021年5月
尾山 耕一
【目次】