その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小平龍四郎さんの 『ESGはやわかり』 です。

【はじめに】ESGという旅の始まり

 日本経済新聞で資本市場や金融の分野を30年以上取材してきました。最近は投資の世界で頻繁に言及される「ESG」の動向におおいに関心を持つようになりました。

 「ESG」や、それと表裏の関係にある「SDGs」という言葉を見たり聞いたりしない日はありません。前者は「環境・社会・企業統治」、後者は「持続可能な開発目標」という意味で、ともに国連による造語です。

 真面目で堅苦しい言葉が、なぜ人々の心をとらえ、世間に広がっているのか。本書の執筆を思い立った直接の動機は、ここにありました。

 時代によって市場の人気を集める企業やテーマ、投資手法は移り変わってきました。個人的なことを少し申し上げますと、新聞記者になったのは1988年(昭和63年)ですから、もはや歴史の一ページである「バブル経済」も少しだけ経験しました。「債権大国」「ウォーターフロント」「民営化」など、多くのテーマや標語が株式市場で浮かんでは消えていきました。

 時が流れ、20世紀から21世紀への時代の変わり目には、世界的に「インターネット・バブル」が起きました。

 相場の歴史を彩ってきた様々なテーマの発案者は、金融機関でした。テーマを作り出すことにより、関連する投資信託などの金融商品を販売したり、自ら相場の波にのって売買益を稼ぎやすくしたりするためでした。

 人によってはESGもそうしたバブルの歴史に連なるブームの過熱と考えるかもしれません。確かに、日本の証券会社はESG投信を熱心に売っています。本当に意味を理解して購入されているのだろうかと、はた目に心配になる投資家もいらっしゃいます。

 しかし、資本市場でESGが放つメッセージの深さは、一時的な現象とは片付けられないものがあると感じています。経済の深い部分で確実に地殻変動が起きているという感触が、ESGにはあるのです。


 本書の狙いは大きく分けて2つです。

 一つは、そもそもESGにはどんな背景があり、なぜこれほど市場取引に参加する人々の心をとらえているのかを解き明かすこと。

 もう一つは、ESGの広がりによって資本市場や企業経営がどのように変わりつつあるかを分析すること、です。

 本書は入門書の体裁なので、そもそも論に立ち返った平易な解説を心がけています。各章の初めに設けた「はやわかり」の部分だけを読み進めていただいても、ESGに関する最低限の包括的な知識が得られるように構成してあります。

 本書には、ESGのテーマや用語別の解説が多くありません。これが類似のESG本と最も異なる点です。投資家や企業、規制当局、非政府組織(NGO)といった資本市場の関係者がESGとどのように向き合い、行動しているかという点に焦点を当てています。

 資本市場の生態系(エコシスエム)がESGの登場でどう変わったか、変わりつつあるかという全体観を示すのが、本書の隠れたテーマでもあります。ESGの未来についてやや思い切った個人的な予測もしています。

 欧州の市場関係者と話していると、「ESGはジャーニー(旅)である」と言う人に出会うことがあります。現段階で概念や理論は定まりきっておらず、こうすれば大丈夫という定石のセオリーもない。しかし、必ずどこかに到達し、何事かをなし遂げられるはずである。そんな確信を抱いて企業も投資家も、ESGの旅路を歩きながら考えています。

 最初は一人旅だったのに、いつの間にか仲間ができて、環境や人権について議論が始まります。これまであまり話したことがなかった人たちが知見を持ち寄り、投資に応用できないかアタマをひねるようになります。語らいは次第に輪を広げ、大河のような滔々(とうとう)とした流れに育っていくでしょう。

 本書がそんな知の旅のガイドブックになればよいと思います。


【目次】

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