その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田渕直也さんの『 「不確実性」超入門 』です。

【文庫化にあたって】

 コロナウイルスによるパンデミックの発生、株式相場の急落と急反発、米国大統領選挙で露わになった政治的・社会的分断の加速……。世界は今、不確実性の霧に深く覆われているようにみえる。VUCA(変動性Volatility、不確実性Uncertainty、複雑性Complexity、曖昧性Ambiguity)の時代が到来したともいわれている。
 私たちは急速に影響力を増しているようにみえるこの不確実性に、どのように対処していったらいいのだろうか。

 ヒントのひとつは過去にある。
 私たち人間は過去を明確な因果関係によって必然的に生じたものと考えがちだが、本当は過去のいかなる時代も、一歩先に何が起きるかわからない不確実性に満ちた時代だったのだ。将来を見通したいという願いもむなしく、人々は予想外の事態に翻弄され続けてきた。
 過去を振り返ることでわかるのは、不確実性は世界にもともと備わっている本質的要素であるということである。だから、不確実性を撲滅すべき不都合なものとしてただ排除しようとするよりも、その性質を前提とした世界の新たな捉え方が必要なのではないか。

 もちろん近年の技術進歩には著しいものがある。未来に目を転じれば、いつか不確実性を克服できるときがやってくると期待したくなるのは自然なことだろう。実際に人類は歴史の中でずっとそうした願いを抱き続けてきた。だが、どれだけ技術や学問が発展しても、不確実性はなくなるどころか、減ることすらなかった。
 SNSの普及、AIなどの技術革新、ビッグデータ革命。近年、一見不確実性の霧を晴らしてくれそうなさまざまなイノベーションが急速に進んでいるにもかかわらず、不確実性はなぜなくならないのか。いや、それどころかますます不確実な時代へと向かっているようにみえるのはなぜなのか。
 結局、テクノロジーの進歩によって予測可能な部分が多少増えたとしても、それ以外のほとんどの部分は相変わらず予想外のままなのだ。そして、テクノロジーの進歩で社会がより高度化、複雑化していくに従って、不確実性の影響はますます大きく、ますます捉えにくいものとなっていく
 変わりゆく社会と、不確実性を生み出す不変の構造。今という時代を生き抜くためには、その本質をもっと見極めなければならないのである。

 本書は、2016年4月に刊行された『不確実性超入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)をあらためて文庫化したものである。思えばその年の6月には、イギリスのEU脱退、いわゆるブレグジットがイギリスの国民投票で可決され、11月にはアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利するなど、まさに予想外に満ちた激動の1年だった。その後も予想外の事態は続いている。コロナショックはその最たるものだ。
 こうした状況の中で、不確実性とはそもそもどういうものなのか、不確実性に対処するためにどのような思考法が必要なのかといった本書のテーマは、ますます重要性を増しているように思えるのである。
 今回の文庫化にあたっては、最新の事情を取り入れるため大幅な加筆を行っている。
 まず新たに設けた序章ではコロナショックについて取り上げる。コロナショックは本当に予測できない事態だったのか。実際のところ、未知のウイルス感染症によるパンデミックのリスクはさまざまなところで事前に警告されていた。それにもかかわらずコロナショックは、社会的、経済的な大混乱を引き起こしたのだ。ではなぜ、予測されていたにもかかわらず、もっとうまく対処できなかったのか。その経緯をみていくと、予測というものに必然的に伴う限界が浮かび上がってくる。予測は決して万能なものとはなりえない。そのことを十分に理解しておかないと、予測できたはずの事態にも右往左往してしまうことになる。

 第5章と第6章はケーススタディとして、前著刊行後のいくつかの事例を取り上げる。
 第5章では、予想外の展開といわれた2016年、2020年の米国大統領選挙を通じて、何が予測でき、何が予測できないのかを検証する。予測できることと予測できないことを見極めることは、不確実性への対処に必要な最初のステップとなる。その過程で、予想外の事態こそが後戻りできない歴史の流れを形作っていく主要な要因であり、しばしばそれは多くの人に痛みをもたらす方向に作用しがちであることを明らかにしていく。

 第6章では、コロナショック後に起きたコロナ・ラリーと呼ばれる株式相場の急回復の中で生じたある異変について取り上げる。この章に登場する連戦連勝の伝説的投資家は、なぜそんなにも優れた成績を収められるようになったのか。そしてその投資家がなぜコロナ・ラリー下に限って損失を計上したのか。この事例によって、AIやデータ革命と不確実性との関係を深く考えることができる。併せて、テクノロジーの発展にもかかわらずに不確実性は結局なくならず、むしろ新たなタイプの不確実性に向き合わなければならなくなることが浮かび上がってくる。

 本書で取り扱うテーマは多岐にわたるため、それぞれの分野でより詳しく学びたい読者のために巻末に新たにブックガイドを付け加えた。あくまでも私自身が読んだ範囲内での推薦であるため多少の偏りはあるだろうが、参考にしていただければと思う。
 残念ながら、本書を読んだからといって明日の株価の変動を当てられるようになるわけでも、未来がみえる水晶玉が手に入るわけでもない。それらはいかなる方法でも手に入らないというのが本書の重要な帰結のひとつなのである。だが、不確実性について深く知ることで、予想外の事態に柔軟に対処し、致命的な失敗を避けることができるようにはなるはずだ。
 コロナショックに限らず、将来においても私たちの生活に甚大な影響を与えるような予想外の大イベントは形を変えて幾度も訪れることだろう。本書が、そうした事態に備える上でささやかながらも一助となることができれば幸いである。

 2021年9月

田渕直也

【はじめに】

不確実性との向き合い方が人生の長期的成功を決める

 不確実性ほど、「決定的に重要でありながら、驚くほどに理解されていない」というものはそうはない。
 不確実性とは、将来のデキゴトには「予測ができない」性質が備わっていることを示す言葉だ。この不確実性が、さまざまなリスクを生み出すもととなる。

 「不確実性」や「リスク」というと、何やら専門的で他人事のように聞こえるかもしれない。あるいは、「リスクを管理しろということなら、そのぐらいのことはもうわかっている」という人もいることだろう。
 だが、不確実性というものは、人が感じているよりももっと我々の身近に、そして世の中の至るところに存在していて、思いもかけないところにまで影響を及ぼしている。
 ビジネス上の判断にしろ、人生の岐路における何かしらの選択にしろ、あるいは資産運用上の投資判断にしろ、我々は常にいくつもの意思決定をしなければならず、その中で、最善の結果を出そうと試みる。
 しかし、どれだけ事前に努力しようとも、必ずといっていいほどに“予想外”のデキゴトは起き、その“予想外”の事態の中で、これまた必ずといっていいほどに、人は過ちを犯してしまう。人は、いつも“予想外”に振り回され、なおかつ“予想外”にとても弱いのである。
 不確実性の理解とは、この“予想外”へ対処する方法を学ぶことにほかならない。

 私は、銀行でデリバティブという金融商品のトレーダーを務めたのを皮切りに、長年にわたってさまざまな形で金融市場のリスクと向かい合ってきた。
 そうした経験の中で、行き当たりばったりで一時的な成功を収めながら、不確実性を理解しないばかりに成功を長期的に維持することができなかった事例を、自他ともにいやというほどみてきた。
 結論だけを先にいってしまうと、投資における成功は、相場の行方を正確に予想することよりも、“予想外”のデキゴトにいかに対処するかにかかっている。なにしろ、どんなに高名な専門家であっても、相場の予想については、外すことの方が多いのだ。だが、そうした事実も、世の中にこれだけ多くの投資にまつわる本が出回っているにもかかわらず、やはり意外なほどに理解されていない。

 私は仕事柄、相場の行方や、どうすれば簡単に、そして確実に儲けられるかを人に聞かれることが多い。だが、今も触れたとおり、相場は典型的に不確実性に支配される世界だ。格好の事例がある。
 2016年に入ってすぐ日経平均株価は大きく下がり、為替市場では円が急騰した。
 過去の新聞や雑誌、あるいはさまざまな調査レポートをインターネットで参照してみれば、ほとんどすべての専門家が、事前にこの大きな相場変動を予想できなかったことがわかるはずだ。そして、それは今回に限ったことではない。専門家の予測は、いつもほとんど当たらないのである。
 専門家を揶揄(やゆ)しているのではない。本当のところは誰も、将来の相場動向に関して断定的な予測などできないのだ。だからこそ、最初から不確実であることを前提に相場に向き合っていくしかない。
 そうしたことから私は、人に相場の行方や簡単に勝てる方法を聞かれるたびに、
 「相場はプロでも基本的には予測できない。絶対に儲かるやり方というものも存在しない。だから、簡単でうまい話を求めるよりも、うまくいったときにどうするか、うまくいかないときにどうするかをしっかり身につけることが一番重要だ」
 というような話をするわけだが、実際のところ、そのような話には誰もあまり関心を示してはくれない。
 「理屈の上ではそうですよね。それはわかりました(ハイ、その話はおしまい!)。それで、株は上がりますか、下がりますか。今、どの銘柄を買えばいいですか。為替はどうなりますか」
 と、すぐに話は戻ってしまうのである。

 このように、不確実性の存在は、多くの人にとって、たとえ知識としては知っていたとしても、所詮は右から左に抜けていく要素でしかない。そして、「日経平均株価はこれこれの理由で○○円まで上がりますよ。銘柄は××がおすすめです」という断定的な予測に飛びつくことになる。
 人の耳目を引く、こうした断定的な予測は、結果として当たらないことが多い。とはいえ、始末の悪いことに、世の中には数多くの予測が出回っていて、そのうちのいくつかは実際に当たってしまう。どんなあてずっぽうでも、現実的に起こりうるものであれば、一定の確率でそれが実現するからだ。これもまた、不確実性の非常に重要な性質のひとつである。
 だが、たまたま結果として当たったというだけで、人々はその予測が将来を見通した素晴らしい予測だったと考え、その予測をした者を称賛し、自分もそれにあやかることで将来を予測することができるようになるはずだと思い込む。
 しかし、そのようなやり方を続けていれば、短期的にはうまくいくかもしれないが、いつか必ず予想外のデキゴトに振り回され、身動きがとれなくなってしまう日を迎えることになる。

 不確実性が重要であるのは、株式投資だけの話ではない。私は金融を専門としているので、本書で取り上げる事例は金融にまつわるものがどうしても多くなるが、不確実性はそれ以外のすべての意思決定にも必然的に伴うものである。
 詳しくは本文で説明するが、複雑化する現代社会では、不確実性の影響はますます大きくなっているように思われる。その現代社会に生きる我々の中で、不確実性の問題を避けて通ることができる者などひとりもいない。
 それどころか、不確実性にどのように向き合い、そこから生まれるリスクをいかに制御していけるかが、すべての意思決定にとって、決定的に重要な要素となる。だからこそ、不確実性を正しく理解することは現代社会を生きるすべての人にとって必須の教養といえるのである。

 本書では、まず、不確実性をふたつの源に分けて解説していく。
 第1章では、不確実性の源として比較的よく知られている「ランダム性」について扱う。ランダムという言葉が比較的よく知られているからといって、ランダム性が正しく理解されているわけではない。むしろ、多くの人はその影響を誤解している。ランダム性には、人の直感に反するような性質が備わっているからだ。ランダム性の本当の意味と、その影響を正しく理解することが、不確実性を乗り越える第一歩となる。
 不確実性には、ランダム性以外に、もうひとつの源がある。それが、「フィードバック」だ。結果が原因となって、次々と結果が再生産されていくフィードバックと呼ばれるメカニズムから、第二の不確実性が生まれる。ランダム性を克服した者にとって、この第二の不確実性はさらに大きな壁となって立ちはだかる。第2章と第3章では、フィードバックが生むこの不確実性のメカニズムと対処法について取り扱う。

 だが、これで終わりではない。「不確実性に対して人はどのように反応しがちなのか」を理解しなければ、本当に不確実性を理解したことにはならない。
 残念ながら、人は不確実性に対して、誤った心理的反応からパターン化された失敗をしてしまいがちな生き物なのである。その意味で、本当のリスクは、不確実性そのものの中ではなく、人や組織の心理の中にこそ存在する。第4章では、こうした不確実性に対する人や組織の失敗のパターンを類型化していく。

 それを踏まえて、最後の第5章(本文庫では終章)では、特定の予測に頼らずに不確実性に対処していくという「新しい考え方」を提示する。この考え方は、「長期的な成功」をゴールとするものだ。
 不確実性の性質や影響を考えれば、短期的な結果に振り回されることなく、長期的な成功の可能性を高めていくことが唯一の解決策となる。これが、本書の最大のメッセージだ。

 本書は、不確実性の入門書として執筆されたものであり、不確実性に起因するリスクを管理・制御するための技術的な観点にはあまり触れてはいない。だが、本当に大切なことは、技術を習得することではなくて、不確実性に対する意識を変えることである。
 とはいえ、意識の変革は簡単なことではない。結局、常に自分で考え、自分で不確実性に向き合っていかなければ、その意識変革は成し遂げられないのだ。本書をそのための入り口として位置づけてもらえれば、著者としてうれしい限りである。

 2016年3月

田渕直也

【目次】

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