一歩店に入れば、どこかに猫の出てくる本がずらり。店の奥を行くと“猫店員”が鎮座。猫好きはもちろん、そうでなくても、思わず顔が緩んでしまう。東京・世田谷区若林の Cat's Meow Books Twitter @CatsMeowBooks は、保護猫支援も行う2017年に開業した猫本専門店。売り上げの10%を保護猫活動団体に寄付しており、その詳しい経緯は『夢の猫本屋ができるまで』(井上理津子著/安村正也協力/ホーム社)に書かれている。店主の安村正也さんにお話を伺った。

自宅兼店舗として開業

なぜ、この場所でお店を始めたのですか。

「私は世田谷区用賀に住んでいたので、できれば同じ区内がいいなと思いました。それからうちには猫店員がいますので、住居と店が別々だと、閉店後に猫を連れて帰らなければならなくなる。そのため、繁華街ではなく住宅街で、自宅兼店舗にできそうな物件を探しました。中古の一軒家を全面改築し、1階は店舗、2階を住居にしました。本棚にはところどころ穴を開けてキャットウオークを設置し、猫は1階と2階を行き来できるようになっています」

東京・下北沢の独立書店B&Bの共同経営者、内沼晋太郎さんが講師をされている本屋講座に通われていたんですよね。

「横浜で行われていた講座の第7期生として参加しました。はじめは勉強だけのつもりで通っていたのですが、『本×猫。看板猫がいて、本の売り上げの一部を保護猫活動に充てる書店』というコンセプトを発表したら、反応がよくて、内沼さんからは「どうせなら猫の本だけの書店にしては?」と背中を押され、本気になっていきました」

玄関を入って手前の部屋。レジ後ろ上の棚にあるのは、3年前に亡くなった店長「三郎」のかぶり物
玄関を入って手前の部屋。レジ後ろ上の棚にあるのは、3年前に亡くなった店長「三郎」のかぶり物

保護猫に関心を持ったきっかけ

ずっと猫を飼っていたのですか。

「はい。20年前、住んでいたアパートの中庭に野良猫がやって来て、3匹の赤ちゃんを産みました。ところが、その母猫は“育児放棄”で、いなくなってしまいました。そのうち、赤ちゃん2匹は死んでしまい、私は残された1匹を拾って飼うようになりました。私は死んだ2匹も救えなかったのかと、それ以来、保護猫支援の活動に関心を持つようになりました。助けた赤ちゃん猫は『三郎』と名づけ、店の看板猫、すなわち“店長”になってもらいました。

 開業当時は今ほど『保護猫』という言葉も浸透していませんでした。お店のことを知ってもらう狙いもあって、 クラウドファンディング で開業資金を募りました。目標金額は1125千円(イイニャンコ)でしたが、その倍以上集まりました」

会社員との兼業でお店をされているんですよね。

「私は、外資系のマーケティングリサーチ会社にも勤めています。開業時の店の営業時間は午後2時~10時。昼間は妻が店番をし、夜7時以降は私が交代していました。コロナ禍になってからは2カ月休業。その後、テレワークで家にいることが多くなったのと、夜は特にお客様はほとんど来なくなったこともあって、7時ごろまでの営業に変更し、当初はするつもりはなかった通販を始めることにしました」

奥の部屋。本棚には猫が行き来できるキャットウオークがある
奥の部屋。本棚には猫が行き来できるキャットウオークがある

事前予約が100冊を超す新刊も

古本と新刊の割合はどれくらいですか?

「開業当初は古本が7割、新刊が3割でした。現在は逆転し、大手取次会社と契約したこともあって、新刊8割、古本2割になっています。ご承知のように、古本のほうが利益率は高いわけですが、単価が高いのは新刊です。うちは利益でなく売り上げの10%を寄付するので、売り上げが上がったほうがいい。リアル店舗と通販を組み合わせて、“売り上げ至上主義”でやっています。

 通常、個人書店を開業しようとすると、大手取次会社はまず相手にしてくれないというのが常識だと思います。しかし、出版不況の中で、取次もそうは言っていられなくなってきたのではないでしょうか。うちの場合は、2~3年営業を続け、各種メディアでも取り上げていただき、損益計算書と貸借対照表を提示できるようになって、大手取次と取り引きできるようになりました」

古本は奥の部屋の壁回りに配置。「吾輩は猫である」がらみでもこんなにある
古本は奥の部屋の壁回りに配置。「吾輩は猫である」がらみでもこんなにある

「幸いなことに通販を始めたことで、事前予約が100冊を超す新刊が何点も出てきました。本はどこで買っても同じ値段だけれど、保護猫への寄付になるならばと、うちで予約購入されるお客様が増えてきたのです」

タイトルに「猫」がある本はともかく、中身を読まないと猫が出てくるか分からない本を、どうやって集めていったのですか?

「最初は、猫が出てきそうな本を他の書店で片っ端から探しました。まず目次を見て『猫』の字を見つけたら、該当ページを調べます。さらに、この著者は猫好きだな、猫を飼っていそうだなと雰囲気で分かってくると、新刊が出るたびにチェックします。また複数の作家による短編集やアンソロジーに猫が出てきたら、同じ作家の別の作品をチェックします。動物や生物に関する本が出たら、猫について言及していないか調べます。そのうちに、版元からも猫に関する新刊を発売前に教えてもらえるようになりました」

目次から「猫」を探していく
目次から「猫」を探していく

「クラウドファンディングを始める際には、約2000タイトルの猫本リストを作りました。現在は5000を超えています。これらはすべてPOSレジに単品登録していて、おおむね覚えてしまいました。現在、店には3500冊ほど置いています」

現在は「猫本ブーム」、あるいは「猫ブーム」なのでしょうか?

「少し前に猫本のブームがあって、今はピークを超えたように思いますが、それでも1日1冊ぐらいは新刊を仕入れていると思います。また猫ブームについてですが、今はブームというよりも、猫人気が定着したんだと思います。2017年、犬を飼っている人と猫を飼っている人の数が逆転(ペットフード協会調べ)しました。一度猫を好きになってしまうと、もう嫌いになることはありませんから」

店を入るとすぐに漫画がありますね。

「散歩の途中など、通りすがりに入ってくるお客様のために、入り口近くは手に取りやすい写真集や絵本、漫画を配置し、奥の部屋は目的を持って来店される人向けに、じっくり読める本を置いています」

立ち読みしづらいようにという狙いもあって、漫画はレジの近くに配置
立ち読みしづらいようにという狙いもあって、漫画はレジの近くに配置
『ぼっち死の館』(齋藤なずな/小学館)。郊外の団地を舞台にした独居老人たちの物語。猫がしばしば登場する。著者は76歳の漫画家。登場人物にはモデルがいて実話がベースという
『ぼっち死の館』(齋藤なずな/小学館)。郊外の団地を舞台にした独居老人たちの物語。猫がしばしば登場する。著者は76歳の漫画家。登場人物にはモデルがいて実話がベースという

こちらは猫を飼っている人向けの本棚ですね。

「すでに猫と暮らしている人や、これから猫を飼おうとしている人向けの実用書です。以前は猫の寿命は8歳から10歳ぐらいでしたから、ペットロスの本などがよくありました。最近は室内飼いが増えて20歳ぐらいまで生きる猫も多いので、長寿猫と暮らす本や終活の本などが出てきています。がんや認知症になる猫も増えてきたのに伴い、専門医療の本も出版されています」

実用書の棚。ペットのトラブル相談や訴訟、みとりについての本などもある
実用書の棚。ペットのトラブル相談や訴訟、みとりについての本などもある
猫の専門医療へのニーズが高まっているという
猫の専門医療へのニーズが高まっているという

お薦めの本をいくつか紹介していただけますか。

「『複眼人』(呉明益著/小栗山智訳/KADOKAWA)は最近の台湾文学ブームの先駆けになった作家の作品。この帯コピーの通り『台湾民族的神話×ディストピア×自然科学×ファンタジー』の物語です。文章がうまくて読み出すと止まりません。私はこの作家が好きで新刊を読んでいたら、たまたま猫が出てきたので置いています」

『複眼人』(呉明益著/小栗山智訳/KADOKAWA)
『複眼人』(呉明益著/小栗山智訳/KADOKAWA)

「ノンフィクションでは『奄美のノネコ 猫の問いかけ』(小栗有子・星野一昭ほか著/鹿児島大学鹿児島環境学研究会編/南方新社)がお薦めです。奄美大島では飼い猫が野生化し、希少動物を捕食する事態が起きています。それは猫のせいなのか、猫を放した人間が悪いのか。考えさせられる本です」

『奄美のノネコ 猫の問いかけ』(小栗有子・星野一昭ほか著/鹿児島大学鹿児島環境学研究会編/南方新社)
『奄美のノネコ 猫の問いかけ』(小栗有子・星野一昭ほか著/鹿児島大学鹿児島環境学研究会編/南方新社)

「『猫が歩いた近現代 化け猫が家族になるまで』(真辺将之著/吉川弘文館)は、日本人と猫との関係を歴史的に遡って解説した本。日本人は昔から猫好きだったわけではなくて、虐待をしたり嫌っていたりした時期もあったことが分かります。『<猫>の社会学 猫から見る日本の近世~現代』(遠藤薫著/勁草書房)はガチの研究書で、太古から現代に至るまで、猫というアイコンがどのように形成されてきたかを社会学的に考察しています」

『<猫>の社会学』は猫信仰や、猫聖地と地形との関係、養蚕文化との関わりなど、民俗学的な要素が強い
『<猫>の社会学』は猫信仰や、猫聖地と地形との関係、養蚕文化との関わりなど、民俗学的な要素が強い

「猫」から読書の世界が広がる

書名には出てこないけれど、猫が登場する本はこんなにあるんですね。

「はい。例えばこの『向田邦子ベスト・エッセイ』(向田和子編/ちくま文庫)は、向田邦子を知らない若い人にも、猫好きなら楽しく読めますよと薦めています。『まんが パレスチナ問題』(山井教雄著/講談社現代新書)は、猫が聞き役として登場。『入門 Web3とブロックチェーン』(山本康正著/PHPビジネス新書)には、日本でNFTゲーム(ブロックチェーン技術を使ったゲーム)が認知されたきっかけは猫のゲームだった、という話が出てきます」

これからやっていきたいことはありますか?

「実は、この2月で会社を退職します(取材日は2月24日)。その理由は、もうかってきたからというより、本屋としてやりたいことが増えてきたからです。通販の量が増え、私と妻でやっている発送作業にも時間がかかるようになったこともあります。

 今後は、猫についての新しい本を出したい。世の中に出ていない猫本の切り口はまだまだあります。とはいっても、出版部門を立ち上げて本を作るほどの余裕はありませんから、“妄想猫本プランナー”としてnoteかどこかで情報発信し、出版社に提案していきたいと思っています」


 初めてCat's Meow Booksを訪れたとき、店番をしていた安村真澄さん(正也さんの妻)にミステリーのお薦め本を選んでもらい、『九尾の猫〔新訳版〕』(エラリイ・クイーン著/越前敏弥訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を購入した。1940年代のニューヨークを舞台にした、<猫>の異名を持つ犯人の連続殺人ミステリーだったが、あまりの面白さにページをめくる手が止まらなくなった。それ以来、クイーンの傑作をどんどん読もうと決めた。「猫」をきっかけに読書の世界が広がる。私も安村さんの仕掛けにはまってしまったようだ。

文/桜井保幸 写真/木村輝

【フォトギャラリー】

Cat's Meow Booksは東急世田谷線・西太子堂駅から、細い路地を入った先にある。近くには昭和の名優、左卜全(ひだりぼくぜん)の住居跡に立てられた石碑がある
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Cat's Meow Booksと安村正也さん。「猫が本屋を助け、本屋が猫を助ける」という斬新なコンセプトで運営されている
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上段は猫に関する自然科学書、中段は猫が登場する翻訳小説
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『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』(グレゴリー・J・グバー著/水谷淳訳/ダイヤモンド社)。猫を逆さまに落としても、くるっと回って着地できるのはなぜか。「宇宙開発や産業にもつながってくる話ですが難しい内容ではなく、エピソード中心なので楽しく読めます」
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猫店員の「読太」(よんた)。6歳半
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猫店員の「さつき」。7歳半
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猫が登場するエッセー、童話、ミステリー、怪談の文庫棚
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『向田邦子ベスト・エッセイ』(向田和子編/ちくま文庫)
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Cat's Meow Booksには小泉今日子や江國香織もやって来た
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