当連載「この街に、この本屋さん」の下調べをしていたところ、すぐに知ったのが和氣正幸さんという“本屋ライター”の存在。和氣さんは、全国各地の独立書店を紹介する活動を行っており、「本屋をもっと楽しむポータルサイト」 BOOKSHOP LOVER – 本屋をもっと楽しむポータルサイト(bookshop-lover.com) や雑誌・ウェブ連載、『日本の小さな本屋さん』『続日本の小さな本屋さん』などの本で情報発信をしている。和氣さんが管理人を務める東京・下北沢の棚貸しスタイル書店、BOOKSHOP TRAVELLER 本屋のアンテナショップ | 本屋を旅する Bookshop Traveller | 日本(wakkyhr.wixsite.com/bookshoptraveller) でお話を伺った。

最初は8箱からスタート

 小田急線の地下化をきっかけに街並みが一変しつつある東京・下北沢。BOOKSHOP TRAVELLERは下北沢駅中央口から歩いて5分ほどの雑居ビルにある。ペインティングされた壁横の外階段を3階まで上り、迷路のようなスペースを奥に進むと、和氣さんが店番をしていた。

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ここはどういう本屋さんなんですか?

「小さな本屋が集まる棚貸し本屋です。『本屋のアンテナショップ』をうたっています。この本屋とは、『本に関わるすべての人』という意味で、実店舗のある書店、イベントやネット上で活動している人、翻訳家、作家、アーティスト、ZINE(個人で制作した雑誌)の発行人、小出版社などに出店いただいています。1棚月額5000円で貸し出し、棚主(ひと箱店主)は新刊でも古本でも、本に関するものなら何を置いてもかまいません。

 横浜・元町の『ワグテイルブックストア』、東京・江古田の『百年の二度寝』など、ここで本屋経験を積んで、実店舗を始めた方もいます」

いかにもシモキタといったたたずまいの建物。1階がカフェやカレー専門店などの飲食店、2階が古着店となっている。近くには一昨年に復活した伝説のジャズ喫茶「マサコ」がある
いかにもシモキタといったたたずまいの建物。1階がカフェやカレー専門店などの飲食店、2階が古着店となっている。近くには一昨年に復活した伝説のジャズ喫茶「マサコ」がある

「お店のオーナーは1階にあるカフェ『バロンデッセ』です。もともとは3階の7部屋はすべてギャラリースペースでした。BOOKSHOP TRAVELLERは、2020年に他の場所からこのビルに移転して、7部屋のうち3部屋に本を置かせてもらって本屋として運営しています(今は4部屋を間借り)。ざっと2000~3000冊あり、約半分が棚貸しで、残りは私が仕入れた新刊と、一部、蔵書を古本として販売しています」

大阪の「みつばち古書部」が源流

全国的に棚貸しスタイルの書店が増えているそうですが、最初は誰が始めたのですか。

「僕が調べた限りでは、2017年に開店した大阪・阿倍野の『みつばち古書部』が源流になると思います。それ以前から一箱古本市という、参加者が箱に詰めた古本を売るイベントが各地で行われていましたが、月額制で棚貸しを始めたのはここが最初です。

 みつばち古書部の店主は演劇畑の人で、舞台で用いられる『箱馬』(はこうま)を本棚に転用しました。私はそのやり方を取材で知り、この店でもやってみました。ぜんぶ手づくりです。最初は8箱からスタート、50箱、100箱へと増え、今は4、5箱の空きがある程度で、ほぼ埋まっています」

いくつか棚を紹介していただけますか?

「ここは詩歌のコーナーです。ひと箱店主は『うたとポルスカ』という歌人3人のプロジェクト。主に短歌の同人誌や歌集を置いています。都内で短歌の同人誌が常に更新されながらまとまった形で置いてある店はここぐらいみたいなので、大人気です。

 隣は東京・豪徳寺にある『七月堂古書部』の棚。『七月堂』は主に詩集を刊行する出版社ですが、数年前から古書販売も始めています。棚には同社の出版した詩集の新刊や古書を置いています」

短歌ファンが通う「うたとポルスカ」の棚
短歌ファンが通う「うたとポルスカ」の棚

人気翻訳家が翻訳済み洋書を販売

「こちらは『洋書積杉堂』という岸本佐知子さんの棚です。岸本さんは人気の翻訳家で、ちょうど今朝(4月22日)、NHK『あさイチ』で訳書『掃除婦のための手引き書』(ルシア・ベルリン著/講談社文庫)が紹介されていました。この棚には岸本さんが翻訳しようと手に入れたけれど、先に翻訳されてしまった洋書の原本や岸本さんのサイン本などが並んでいます」

「表紙がすてき」とジャケ買いしたものの、先に翻訳されてしまった洋書などをレビュー付きで販売する「洋書積杉堂」
「表紙がすてき」とジャケ買いしたものの、先に翻訳されてしまった洋書などをレビュー付きで販売する「洋書積杉堂」

「こちらの部屋には絵本やアート関係の雑貨の棚があります。オランダ語翻訳者・野坂悦子さんの棚やチェコ語翻訳者・木村有子さんの棚。福岡にある『ブックカバー処 本の装ひ堂』のブックカバー。『みどりのほんや』セレクトのすてきな絵本たち。『BOOKS MANUKE』さんによる人型イラストが入ったしおり『しおりピープル』。ミュージシャン・作家・製本家の『紙とゆびさき』さんによる、すべての素材の色を黒で作った『黒い本』などがあります」

本に関連する雑貨が並ぶ
本に関連する雑貨が並ぶ

本の香りと本をセットで

「このコーナーは鎌倉のアロマセラピスト、本多貴子さんが手掛ける『アロマ書房』。言葉や文学作品から受けた印象を香りにして商品化しています。『モモ』『星の王子さま』『人間失格』『不思議の国のアリス』『ロビンソン・クルーソー』などの作品をイメージした香りを調合してアロマスプレーや『香るしおり』として販売。さらには書店の香り、例えばBOOKSHOP TRAVELLERの香りも販売しています」

アロマ書房の棚。好きな本についての香りを調合する「文学アロマフェア」というイベントも開催
アロマ書房の棚。好きな本についての香りを調合する「文学アロマフェア」というイベントも開催

このギャラリーの展示も出版関係ですね。

「はい。『吉野剛広作品展+草枕社の本たち』という企画です(2022年4月終了)。八ケ岳の山麓で活動しているアーティスト、吉野剛広さんの作品と長野県富士見町の出版社、草枕社の本を展示販売しています。出版関係以外の展示も今までにたくさん開催しています」

吉野剛広さんと草枕社の企画展(バロンデッセアートギャラリー3階については和氣さんが運営を手伝っている)
吉野剛広さんと草枕社の企画展(バロンデッセアートギャラリー3階については和氣さんが運営を手伝っている)

和氣さんご自身が仕入れているコーナーはこちらですね。

「カルチャーや社会、本屋関連の新刊、古本をゆるく集めています。食、お酒、コミック、映画、演劇、フェミニズム、政治など。必ずしも得意でないジャンルもありますので、棚主の知恵も借りながら棚をつくります」

和氣さんが仕入れている本棚の一角。コーヒーやカレーの本が並ぶ(和氣さん提供)
和氣さんが仕入れている本棚の一角。コーヒーやカレーの本が並ぶ(和氣さん提供)

読者へのおすすめはありますか?

「東京・高円寺の古本屋酒場、コクテイル書房とコラボしてつくったレトルトカレーの『文學カレー 萩原朔太郎』です。萩原朔太郎は晩年を下北沢周辺で過ごしました。代表作『月に吠える』にある『雲雀(ヒバリ)料理』をもじり、鶏の手羽を使ったカレーです」

「文學カレー 萩原朔太郎」。二日酔いの朝に食べれば「五月の朝」のようなすがすがしさを感じられるという
「文學カレー 萩原朔太郎」。二日酔いの朝に食べれば「五月の朝」のようなすがすがしさを感じられるという

棚貸し書店のメリットとリスク

ところで、和氣さんは『本の雑誌』(2022年3月号)の寄稿「棚貸し本屋は本屋の福音たりうるか?」で、棚貸しスタイル書店の経営について論じていますね。

「はい。棚貸し書店はテナント業であり、サブスクリプションなので、店主は安定的に賃料を得られるというメリットがあります。一方で、お客さんから見れば、普通の書店も棚貸し書店も同じ小売店です。ひと箱店主にもそれぞれの都合がある中で本棚のメンテナンスを行えず、棚がスカスカになってしまったり、いつも同じ本しか並んでいなかったりすれば、お客さんはいずれ飽きてしまい、売り上げも落ちていくリスクがあります。

 だからいくらテナント業だからといっても、店主はひと箱店主と一緒に棚の補充に関与していくべきです。そのためには店主とひと箱店主の連携が大切。コミュニティー運営をしっかりと行っていくことで、品ぞろえが充実し、お客さんに喜んでもらえる店になっていきます」

「ライターの仕事と本屋の仕事は半々ぐらい」と話す和氣さん
「ライターの仕事と本屋の仕事は半々ぐらい」と話す和氣さん

気になる書店、行ってみたい本屋さんはどこですか?

「たくさん取材をしていますので、店名を挙げるのは難しいのですが、棚貸し書店では今年3月、書評サイトのALL REVIEWが始めた『PASSAGE by ALL REVIEWS』(東京・神保町)と、東京・渋谷の渋谷ヒカリエにある『渋谷○○書店』が、これからどうなっていくのか気になります。PASSAGE by ALL REVIEWSはうちにも棚を持っていて、開店の際にはアドバイスをしました。

 その他にぜひ行ってみたい所では、鳥取県の東郷湖のほとりにある『汽水空港』。それとクラウドファンディングが成功し、今年開店予定と聞いている香川県・小豆島の『TUG BOOKS(タグブックス)』が気になります」

 BOOKSHOP TRAVELLERの入り口の右壁には和氣さんがこれまで取材した全国の独立書店のフライヤーが貼ってあり、まさに独立書店の情報基地の趣だ。本屋さんを始めてみたい人、ここでしか手に入らない本や雑誌が欲しい人、本周りのグッズを探している人はぜひ訪れてみてほしい。

取材・文 桜井保幸/写真 小野さやか

【フォトギャラリー】

階段下の案内看板
階段下の案内看板
最初は上るのに勇気がいる外階段
最初は上るのに勇気がいる外階段
階段を上りきった所にある看板
階段を上りきった所にある看板
和氣さんが取材した独立書店のフライヤー
和氣さんが取材した独立書店のフライヤー
棚の位置は頻繁に入れ替わる
棚の位置は頻繁に入れ替わる
棚の賃料は月額5000円、一番下の棚のみ月額3000円
棚の賃料は月額5000円、一番下の棚のみ月額3000円
開催中のフェアを伝える黒板
開催中のフェアを伝える黒板
シモキタらしからぬ(?)、ビジネス実用書が並ぶ棚。棚主は中小企業診断士の「お天堂」さん。年末の大掃除の日、書店開業希望者向けに無料の経営セミナーを行ったという
シモキタらしからぬ(?)、ビジネス実用書が並ぶ棚。棚主は中小企業診断士の「お天堂」さん。年末の大掃除の日、書店開業希望者向けに無料の経営セミナーを行ったという
ZINEのコーナー
ZINEのコーナー
本屋さんに関する本
本屋さんに関する本
和氣さんが棚主らと編集・出版した「旅と本屋」をテーマにしたエッセー集『BOOK SHOP TRIPS』。「もっとラフな感じで、例えばリソグラフ印刷(理想科学工業のデジタル孔版方式による印刷)で本をつくってみたい」と和氣さん
和氣さんが棚主らと編集・出版した「旅と本屋」をテーマにしたエッセー集『BOOK SHOP TRIPS』。「もっとラフな感じで、例えばリソグラフ印刷(理想科学工業のデジタル孔版方式による印刷)で本をつくってみたい」と和氣さん
アートギャラリーの次回展示も出版関係だ(和氣さん提供)
アートギャラリーの次回展示も出版関係だ(和氣さん提供)