世界が脱炭素社会へ向けて大きくシフトするなか、日本はその動きに対応できているのでしょうか。国内外の取り組みやビジネスへの影響など、「日経エネルギーNext」編集長で、『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』の編集を担当した山根小雪さんに聞きました。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

日本の意識の低さに警鐘を鳴らす

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 山根さんは「日経エネルギーNext」編集長であり、『 脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス 』の編集も担当されていますね。

山根小雪・「日経エネルギーNext」編集長(以下、山根) はい。「日経エネルギーNext」では電力自由化によって広がったエネルギービジネスの新潮流を捉えるべく、さまざまな記事を配信しています。最近では脱炭素の動きについても重点的に報道しています。

メイン執筆者である井熊均さんの熱い思いが込められた『ゼロカーボノミクス』
メイン執筆者である井熊均さんの熱い思いが込められた『ゼロカーボノミクス』
画像のクリックで拡大表示

尾上 この『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』の著者は、どんな方々なのでしょうか。

山根 エネルギーのプロである4名の方々に書いていただいていますが、メイン執筆者は井熊均さんです。もう40年ほど日本のエネルギーの現場などで多くのコンサルティングを手掛けられ、東京電力の経営再建の時にも委員をされていました。日本や中国のエネルギー事情に非常に詳しい方です。

 井熊さんは「日本の脱炭素に対しての危機感の乏しさ」に、強く警鐘を鳴らしています。実はこの本では井熊さんが企画書を5回くらい書き直し、「なんとか本にしたい」と、それはもう熱烈なラブコールをいただいて作り始めたんです。

尾上 5回も企画書を! それはすごいですね。では、改めてゼロカーボノミクス、カーボンニュートラルについて教えていただけますか。

山根 2020年10月、日本政府は「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言しました。ただ、2050年に完全にゼロにするのは非常に難しいでしょう。だから「実質ゼロ」を目指す。つまり、「化石燃料の使用を極限まで減らし、CO2の排出量を実質ゼロにする」というのがカーボンニュートラルなんです。

尾上 ただ、ニュースなどでカーボンニュートラルについて耳にしても、身近なこととして感じられない人も多い気がします。

山根 そうかもしれません。でも、実は皆さんにとても関係のある話なんですよ。周りを見回すだけでも、プラスチック、電気、車を走らせるガソリン…と「よく考えたら、これって化石燃料を使っているんじゃないの?」というものがたくさんあります。

 今、生活のなかで使っている化石燃料をゼロにするということは、私たちの生活環境をごっそりつくり変えるということ。つまりカーボンニュートラルとは、20世紀に築き上げてきた社会の仕組みを大きくつくり変えるという壮大な話なんですね。

いち早く危機感を持った自動車産業

尾上 でも、日本のビジネスパーソンのカーボンニュートラルへの意識は欧米よりも低いといわれていますね。

山根 そうですね。カーボンニュートラルは、すべての人や企業のビジネスに影響を及ぼすくらいの巨大なインパクトを持った変化なのに、です。日本ではトヨタ自動車の豊田章男社長(収録時)が危機感を持ち、ずっと「大変だ。550万人の自動車産業の雇用に影響する」と言っています。

 すでに世界は、「ガソリン車をどこまで減らせるのか」という取り組みを始めています。ガソリン車は化石燃料の塊みたいなものですから、カーボンニュートラルを達成するには、とにかく車を変えなきゃいけない。そうなると、ガソリン自動車やハイブリッド車で世界的シェアを誇るトヨタにとっては、自分たちのビジネスが大きく変わることを意味します。

 自動車産業は諸外国でも巨大なので、国と企業が一体となって取り組んでいます。しかし日本政府は意識が低めなので、トヨタ自らが危機感を持ってメッセージを出しているんですね。

エネルギービジネスが世界を変えていく

尾上 この本では、ゼロカーボンとは経済問題、産業革命、国家間の覇権戦争であると、いろいろな切り口で語られていますよね。

山根 この本のタイトルにある「ゼロカーボノミクス」は、「ゼロカーボン」と「エコノミクス」を組み合わせた井熊さんの造語なんです。ゼロカーボンと聞いて真っ先に思いつくのは温暖化対策や気候変動対策だと思います。水害や干ばつ、それによって暮らす場所や食料が足りなくなるという環境問題ですね。

 そして、そのために「化石燃料を使うのをやめましょう」「40年後までにすべての社会システムをつくり変えましょう」と社会が認識した瞬間、状況は動きます。巨額のお金がこのマーケットに流れ込むからです。街や車、エネルギーの仕組みなど、すべてつくり変えようとすると膨大なお金が動きますよね。それを誰が手にするのか、激しい競争になるわけです。

 だからこの本では、ゼロカーボノミクスはグローバルな経済競争であると伝えています。18世紀に起きた産業革命は「エネルギー革命」でした。石炭を使って一気にたくさんのエネルギーが使えるようになり、そこから経済が大きく発展しました。

 そして今、20世紀を支えてきた石油や石炭をやめて、新しいエネルギー革命が起きようとしています。これは200年ぶりの産業革命なんです。

 ただ、日本企業は海外に比べると危機感が足りない。この本には「大変なことが起きていると読者に伝えたい」という井熊さんの熱い思いが詰まっています。日本では2011年3月11日の東日本大震災で、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きました。その後、2012年に電力システム改革の基本方針が公表され、太陽光発電などの再生可能エネルギーが増えました。この10年を見ても、日本のエネルギー事情は大きく変わっています。

 もちろん日本だけではなく、世界も変化しています。そして脱炭素の大きな流れが重なり、エネルギービジネスが現実に世界を変えるところまで来ているんです。

構成/三浦香代子

音声でこの記事を楽しみたい人は…