近代日本を築いた先人たちは、どのようにして危機を乗り越えてきたのだろうか。『渋沢栄一と明治の起業家たちに学ぶ 危機突破力』では、彼らの危機突破にまつわる事例が紹介され、現代を生きる私たちにたくさんのヒントをくれる。著者の歴史家・作家の加来耕三さんに、本書の読みどころについて聞いた。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

失敗を糧に時代を切り開いた先人たち

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上)  『渋沢栄一と明治の起業家たちに学ぶ 危機突破力』 を、2021年3月に出版されました。まずは、本書の概要を教えていただけますか。

失敗を恐れず、そして失敗しても、前を向く…渋沢栄一には突破力があった
失敗を恐れず、そして失敗しても、前を向く…渋沢栄一には突破力があった
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加来耕三(以下、加来) タイトルにもあるように、この本には渋沢栄一と明治の起業家たちが登場します。人は誰でも失敗をしますよね。かつて日本で成功を収めた彼らも、もちろんたくさんの失敗をしてきました。そうした失敗を、果たしてどのようにして乗り越えてきたのか。歴史をひもといてみると、失敗を糧にして大きく成功した例はいくらでもあるのですよね。

尾上 失敗を糧にする、というのがポイントですね。

加来 そうです。本書は、「この人物にはこうした失敗の事例があって、このようにして乗り越えた」という内容をまとめています。

 例えば、渋沢栄一という人がいました。NHKの大河ドラマ「青天を衝け」の主人公であり、新1万円札の肖像にもなる人ですね。近代日本資本主義の父ともいわれる彼は、いったいどのような人だったのか。実は、過激な尊王攘夷派であり、一度は幕府を転覆させようと試みたこともあったのです。しかしそれが失敗に終わって、次の展開としてなんと、一橋家の家臣になり、幕府側へと寝返ったのです。

尾上 なかなかない展開ですよね。このような人物は、歴史上でも珍しいのではないでしょうか。

加来 ここまで様変わりした人はまれだと思います。失敗をした後、政治犯として逃げたり隠れたりするのではなく、立場を180度転換させて幕府側につくというのは、なかなか考えられないこと。しかも後に功績を上げて、フランスに派遣されるという大役を任されています。

 そんな彼から、私たちは今、何を学べるのか。それは、失敗によってあらゆる状況が変わり未来が見えなくなったとき、どうすればいいのかということです。私たちはコロナ禍に巻き込まれ、先が見えなくなる状況を経験しました。今週や来週の予定が突然消えてしまったりしたわけです。そんな状況で果たして、どう行動すればいいのか。

 このコロナ禍で、それまで努力してかなえようとしてきた夢や希望が消えてしまった人もいるでしょう。そうしたときに、ぼうぜんとしてしまうのは仕方ないことかもしれません。しかし、「あったはずの未来」をいつまでも思い浮かべているだけでは、どうにもなりません。大切なのは、前を向いて一歩を踏み出すことです。

渋沢栄一の独善的なエネルギー

尾上 そこで、渋沢栄一の突破力がヒントになるというわけですね。その渋沢は、どんな人物だったのでしょう。

加来 渋沢の性格は、一言でいえば、非常に独善的であると思っています。

尾上 独善的、ですか。

加来 はい。非常に独り善がりです。討幕に失敗した後、そのターゲットの内側の人間になろうと考える。非常に独善的な発想ですよね。城を落とせると思っていたけれど、どうも無理らしいと分かった。そこで今度は、後の将軍である一橋慶喜を説得してみせようと考える。とんでもないことなのですが、彼はやれると思い込んで挑戦するわけです。しかし、それほどの独り善がりなエネルギーの持ち主だからこそ、彼はフランスへ渡り、近代経済学の基礎を学び得たのだと思います。

尾上 失敗を恐れることなく行動した、ということでしょうか。

加来 そうです。何が幸いするか分からない未来に対して、「どうするべきか」とためらうくらいなら、まずは一歩を踏み出せばいい。失敗の後に大胆な転換をし、大成功を収めた渋沢のような人物だっているのです。これからの日本人、特に若い方々に必要なのは、そうした姿勢ではないかと思っています。

 コロナ禍は「自分の失敗ではない」と考えるかたもいるかもしれません。しかし、もしあなたに「天変地異が起こっても生き残れる」という準備や自覚がなかったのなら、それはやはり失敗だと思うのです。

 たとえ数年後にコロナ前の経済状況や生活環境に完全に戻ったとしても、そのときにはもう以前の自分はいません。年も重ねていますし、コロナ前と同じ世界に戻ることはできない。つまり、前を向くしかない。ならば、失敗を恐れず、そして、たとえ失敗してもそれを糧にして進めばいいと思うのです。

疑問を持ち、立ち止まって考える

尾上 この本には、渋沢栄一をはじめ時代を築いた11人の人物が登場します。彼らのストーリーをどのように読んでほしいと思いますか。

加来 「成功したい」「先が見えない状況でも、負けない自分でいたい」と思うなら、疑問を持ち、立ち止まって考えながら読んでいただきたいですね。例えば、渋沢栄一にまつわる本や映像を見ていると、必ずと言っていいほど「近代日本資本主義の父」というフレーズがセットになっていますよね。まずはそれを疑ってみるのです。

尾上 疑問を持つことが大切なのですね。

加来 疑問を持たない人は恐らく、渋沢栄一が「近代日本資本主義の父」であるゆえんについて、彼が500もの企業をつくったことや、日本初の銀行である第一国立銀行の頭取を務めたことなどを挙げるでしょう。

 しかし、その事実を知っているだけでは、立ち止まって考えたとはいえません。彼はかつて、新政府ができたときに静岡へと追いやられた負け組です。その彼がなぜ、「近代日本資本主義の父」といわれるに至ったのか。当時は薩摩藩の五代友厚と並んで「東の渋沢、西の五代」といわれていたわけですが、五代友厚を「近代日本資本主義の父」とはいわないわけです。それはなぜなのでしょう。

 勝ち組である五代よりも、負け組の渋沢が評価される理由はどこにあるのか。負け組にもかかわらず、なぜ彼が第一国立銀行の頭取になれたのか。渋沢栄一から学ぶべきは、そういった部分です。疑問を持つことによってこうした部分を学ばなければ、いったい何を学ぶのでしょうか。

尾上 何ごとも、うのみにするのではなく立ち止まって考えるという読み方が重要なのですね。

加来 はい。疑問を持って読むかどうかで、理解力には大きな差が出ます。だからまずは、疑問を持つこと。疑問は素朴なもので構いませんから、「なぜそうなるのだろう」と立ち止まって考えてみましょう。そして、さらにその疑問に答えてくれるような本を選んで読むことですね。

構成/谷和美

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