近代日本を築いた先人たちは、どのようにして危機を乗り越えてきたのだろうか。『渋沢栄一と明治の起業家たちに学ぶ 危機突破力』では、彼らの危機突破にまつわる事例が紹介され、現代を生きる私たちにたくさんのヒントをくれる。著者の歴史家・作家の加来耕三さんに、本書の読みどころについて聞いた。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

ナポレオン3世の時代にフランスへ

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上)  『渋沢栄一と明治の起業家たちに学ぶ 危機突破力』 では、渋沢栄一のエピソードがたくさん紹介されていますね。今回も、彼の偉大さについてお聞きしたいと思います。渋沢はフランスへと派遣されたわけですが、その期間はわずか1年半。その間に、いったい何を得てきたのでしょうか。

渋沢栄一は、分からなくても、捗遣り主義でとにかく前進するタイプだった
渋沢栄一は、分からなくても、捗遣り主義でとにかく前進するタイプだった
画像のクリックで拡大表示

加来耕三(以下、加来) 当時のヨーロッパで勝ち組だったのは、産業革命に成功したイギリスのみ。後れを取っていたフランスからは、何も学ぶところがないような状況でした。しかし渋沢にとって幸運だったのは、ナポレオン3世の時代だったこと。ナポレオン3世の活躍によって、フランスは一流国へと一気に格上げされています。

尾上 ナポレオン3世は、どのようなことをしたのですか。

加来 彼は、フランスの近代化を一代で成し遂げてしまいました。下水道も完備されておらず、まともな道路すらなかったフランスを見事に整備し、一流国へと押し上げたのです。そのとき彼が取り入れたのが、「サン=シモン主義」です。

サン=シモン主義と合本主義

尾上 サン=シモン主義とはどのようなものなのでしょうか。

加来 労働者のための理想的な国づくりを目的としたキリスト教の考え方です。この国の主人公は誰なのかというと、それは労働者である、と。しかし当時のフランスは、決して労働者にとって住みやすい国ではありませんでした。そこで持ち出されたのが、後の渋沢の言葉でいう「合本主義」という考え方です。

尾上 どのような考え方なのでしょうか。

加来 各家庭が持ち合わせているのは、わずかなお金かもしれません。しかし、それらを集めれば小さな流れができます。さらに、この流れを広げていけば、やがては大河になります。

 大河になったお金を公共投資すれば、道路をつくり、さらにはその上に鉄道を敷くことができます。蒸気機関車を走らせることもできるようになる。そうすれば鉄の需要が生まれ、鉱山も必要になります。このようにしてどんどん産業が広がっていくわけです。近代的な都市づくりをすれば、そこに住む労働者たちに恩恵がもたらされ、お金が循環していく。こうした考え方が、当時のフランスに登場したのです。

尾上 渋沢栄一は、そのタイミングでフランスに渡ることができたのですね。

加来 渋沢の渡仏がこのタイミングでなければ、後の日本の近代化が一気に進むことはなかったでしょう。そして着目すべきは、このサン=シモン主義に啓発されて日本の近代化を推し進めたのは、渋沢1人だったということです。

好奇心の強さと、本質を見極める力

尾上 使節団として、たくさんの人が渋沢と共にフランスに渡ったわけですよね。なぜ渋沢1人だったのでしょうか。

加来 彼の好奇心の強さが突出していたことが、その理由かもしれません。フランス滞在中、他の大多数の日本人は「ホテルの部屋から出たくない」「現地のものを食べたくない」と考えていたようです。当時の日本にはなかったコーヒーを出されても、ほとんどの日本人は見向きもしないし、口に入れようともしなかった。しかし、そこで渋沢はしっかりとコーヒーを飲んだといわれています。

尾上 好奇心を持って、何ごとにも臨んでいたということですね。

加来 そうですね。また、物事の本質を見る力も優れていました。例えば彼は、スエズ運河の開削を見て、「これは人類の仕事だ」と感じたそうです。アジアとヨーロッパをつなぐこの事業は、国家の仕事ではない。もはや、人類の仕事である。なんと素晴らしいことだろう、と。

尾上 渋沢だけが唯一、その本質に気づいて日本に持ち帰り、広めたのですね。

加来 はい。しかし、後世の人間として検証してみると、やはり失敗も多いのです。それもそのはずで、わずか1年半という滞在期間ですし、フランスの大学で経済学を学んだわけでもありません。日本でいう総領事に相当する人物からいろいろと教わったものの、実感がつかめないことばかりだったでしょう。何しろ当時の日本には、銀行すらないわけですから。そこで彼は、「捗遣(はかや)り主義」で前へと進んでいきました。

尾上 捗遣り主義とは、どのような考え方なのでしょうか。

加来 分からないことは分からないまま進めていく、という考え方です。例えば、幼いときに『三国志』を読んでも、よく分からない固有名詞ばかりでしょう。渋沢自身にもそのような経験がありました。しかし、分からないことを分からないままにして、とりあえず先へと読み進めていく。すると、同じ言葉が何度も出てきたりして、そのうち次第に「こういうことなのかな」と意味をつかめるようになっていく。これが渋沢のやり方なのです。

尾上 面白いですね。理解できていなくても、とにかく進めていく。その過程には、たくさんの失敗もあるのでしょうね。

加来 そうなんです。そして、失敗してもめげることがない。彼は、何度も失敗を繰り返しながらも、最終的にはそれを上回る利益を上げ、ついには成功者として後世に名を残すことになる。すごいことだと思います。

尾上 失敗しても、どんどん先へ取り組んでいったわけですね。

加来 渋沢は、過去にとらわれることもなく、物事を良いように考える人だったのでしょうね。そうしたところが彼の強さではないでしょうか。面白がってどんどん挑戦をするけれど、結果には期待をしない。そして、たとえ失敗しても懲りることなく、うまくいくまで明るくやりきってしまう。そうした姿勢から、現代を生きる私たちは大切なことを学べるのではないでしょうか。

構成/谷和美

音声でこの記事を楽しみたい人は…