論文を書くまで自分の研究室で研究をすべて囲い込むというやり方もあるけれど、オープンな議論こそが大きな成果を上げるものと私は思います。議論をし、対話を重ね、切磋琢磨することで、結果として分野全体をも押し上げることになる。

 自然科学系の研究者というと、1人で黙々と実験を繰り返しているようなイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。かくいう私も、実は「人に会うこと」がこんなにも大切な仕事だとは、自分が研究者になるまで思ってもいませんでした(笑)。

 今回選んだ3冊、 『二重らせん』 (ジェームズ・D・ワトソン著、講談社) 、 『マリス博士の奇想天外な人生』 (キャリー・マリス著、福岡伸一訳、早川書房) 、 『精神と物質』 (利根川進、立花隆著、文藝春秋)には、ノーベル賞を受賞した科学者たちの研究生活が描かれていて、それがとても興味深いのですが、どの登場人物も本当によくしゃべるんです。

「研究者って寡黙に実験しているようなイメージがあるかもしれませんが、とにかくよくしゃべることが分かります」
「研究者って寡黙に実験しているようなイメージがあるかもしれませんが、とにかくよくしゃべることが分かります」
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 『二重らせん』(ジェームズ・D・ワトソン著、講談社ブルーバックス)では、著者のワトソンと共同研究者のクリックが周囲からうるさがられるほど議論に議論を重ねます。

DNAが二重らせんであることを解明したジェームズ・D・ワトソンとフランシス・クリック。『二重らせん』では、2人がひたすら周囲を巻き込み、とことん議論を交わし続けた様子が描かれている
DNAが二重らせんであることを解明したジェームズ・D・ワトソンとフランシス・クリック。『二重らせん』では、2人がひたすら周囲を巻き込み、とことん議論を交わし続けた様子が描かれている
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 議論中に突然ひらめいて、実験室に籠もってブリキの模型をいじり回し、また議論をし、テニスで気分転換をしたら、また議論。周囲の優秀な研究者たちにも話を聞きまくり、議論をふっかけ、重要なアイデアをもらったり、時にケンカをしたりしながら、DNAの二重らせん構造の解明にたどり着いていく。こういう対話の積み重ねが、世紀の大発見を成す、その過程のスリリングなこと。

 『精神と物質』(利根川進、立花隆著、文春文庫)の中で利根川先生も、最先端研究においては「最新の情報は全部口コミ」だと言っています。論文で発表されるのを待っていたら世界から遅れてしまう、と。

 ここで重要なのは、オフィシャルに論文を出す前になんとなく行われている情報交換です。

 その対話のなかでライバルはどこまで分かっていて、今何をやっているのかを知る。関連領域の最先端研究についてインフォーマルな情報交換ができる。こういう関係の研究仲間がいることが、非常に大きな意味を持つんです。

 研究仲間の存在によって、自分の研究が大きな影響を受けた経験は、私にもあります。

研究室で論文を書くことが研究ではない

 「 東大・藤井総長の人生を変えた本 なぜ専門外の分子生物学? 」でもお話ししたように、私は1990年代の半ばにマイクロ流体デバイス研究をほとんどゼロからスタートさせました。当初は世界でも研究者は数名しかおらず、全員顔見知り。

 研究の中心となったのは、オランダのトゥウェンテ大学とスイスのヌーシャテル大学で、その辺りで少しずつ研究が活発になっていく。そのネットワークのなかで「うちの研究室でこんなことができたんだけど、どう思う?」「うちでは今○○に取り組んでいるよ」というやりとりが日常的に交わされ、切磋琢磨(せっさたくま)しながら研究が進んでいきました。

 論文を書くまで自分の研究室で研究をすべて囲い込むというやり方もありますが、オープンな議論こそが大きな成果を上げるものと私は思います。議論をし、対話を重ね、切磋琢磨することで、結果として分野全体をも押し上げることになる。

 今、東大の総長として「対話から創造へ」を重視してさまざまな取り組みを行っていますが、その背景には、若い頃に出合った本の中での研究者の振る舞いや研究のなかで対話を繰り返してきたという私自身の経験の影響があるように思います。

東大が「対話」を重視する理由

 こうしてお話ししていて思い出すのは、『精神と物質』を書いた立花隆さんの言葉です。

 1950年代に地球の地殻の下にあるマントルを掘削しようという「モホール計画」がアメリカで立ち上がりました。1961年に実行されたものの海底を183メートル掘り下げるところまでしかできませんでした。それから、半世紀にわたって挑戦が続き、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が7000メートルまでの掘削を可能にしました。そのタイミングで、私は立花さんにお話を伺ったのです。

 1人の科学者の着想が研究仲間というリアルな集団の中で共有されて広がり、その「思い」が連綿と引き継がれ、50年たつと二重らせんの発見からヒトゲノムの解読へというストーリーになった。同じように最初は海底を183メートルしか掘れなかったけれど、7000メートルまで掘れる船を造ることができた。「人の科学的な興味や関心というものは、多くの人が『思い』をつなぐことで50年たつとこんなにもすごいことができるようになるのですね」――と、おっしゃったのです。

 人が集まり散じていく大学という場所は、まさにそんな「思い」の架け橋になれる場所です。社会への架け橋にもなりたいし、未来への架け橋にもなりたい。

「対話を通して思いをつないでいけたらいいなと思います」
「対話を通して思いをつないでいけたらいいなと思います」
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 ちなみに、私にとっての読書は、今お話しした「対話」と、実はコンセプト的に非常に近い位置にあると考えています。

「積ん読」でもワクワクする

 楽しみのためであれ、知識を広げるためであれ、専門性を深めるためであれ、読書は、自分の知識や思考、感覚などにはないもの、範囲外のものに触れる体験ですよね。未知のものに触れれば自分なりの問いが生まれてくる。その問いの答えをみつけるために人に聞いたり、調べたり、それをアウトプットする場合もある。これは対話の広がりにも似ていますね。

 私は、本も書店も大好きなので、ついつい買い過ぎてしまいます。

 ところが、読む時間がなかなか取れない。そこで、お手洗いなどあちこちに本を置いて、細切れ時間を活用中。英語の本をオーディオブックでBGM的に流しながら聞くこともあります。

「読みたい本がどんどん増えていくんですよね」
「読みたい本がどんどん増えていくんですよね」
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 日々、積ん読の山がどんどん高くなっていく。まあ、それも悪くないですよ。ここに楽しみの山がある、と思うだけでワクワクしてくるんですよね。

 そして、時間ができたら、これを読みふけってやるぞーと思う、プールサイドでページをめくっている自分を想像する。ああ、なんて幸せなんでしょう(笑)。

取材・文/平林理恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/洞澤佐智子