経済学のビジネス実装が話題になっています。しかし、すべての企業が経済学の学知(学問的知識)を取り入れることでプラスとなるわけではありません。どんな企業ならば経済学でレバレッジをかけることができるのか。どうすれば経済学を活用していけるのか。どう活用したらいいのか。新刊 『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』 の著者で経済学者の星野崇宏氏と安田洋祐氏が、経済学のビジネス実装に取り組んできた自身の経験から語ります。対談第3回は、「これからのビジネスパーソンに求められる視点と経済学」について。

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「AIが出した答え」はまだ、当てにならない

安田洋祐氏(以下、安田氏):僕は、大学の外の仕事はメディアや政府系のものが多くて、民間企業のコンサルテーションの経験はまだ浅いです。星野さんはエコノミクスデザインを共同創業する前から、ずっと個人としても多くの企業のコンサルティングをしてきましたよね。

 そこでぜひお聞きしてみたいのは、どういう企業だと、より経済学を有効活用できるかということです。この対談の第1回では、日本企業はKPI(重要業績評価指標)・KGI(重要目標達成指標)など、はやりのマーケティング理論のコンセプトに飛びつく傾向があるという話がありました。一方で、経営学と経済学、それぞれに強みがあって、企業は双方を補完的に活用することで利益を最大化できるんじゃないか、という気がします。

星野崇宏氏(以下、星野氏):そうですね。例えばウェブ系で特定のサービスだけを提供しているなど、資源の投入先はほぼクリエーティブだけで、売り上げの何%が利益になる、というようなシンプルなビジネスだったら、KPIやKGIを導入してうまく回るということがあるかもしれません。

安田氏:なるほど。ただ、多くの企業はもう少しビジネスの構造が複雑かもしれませんね。

星野氏:広告宣伝部もあれば販売部もあり、営業部もあり、というように、複数の部門が予算の取り合いをする。そこで感覚的に「とりあえず今年は、広告に5億円、営業に3億円」みたいに決めるのではなくて、単一の指標で考えるという発想を持つだけで戦略が変わってくると思います。

安田氏:それぞれの部門や部署で、それなりに部分最適はできているけれども、全体のバランスを取るために何かしら標準となる視点が必要だ、という問題意識のある企業には、経済学者のコンサルティングがフィットしそう、ということですね。

 そしてその場合は、やはり全体を見渡しながら利益、あるいは利益に代理されるような変数を見いだして総合的に勘案していくわけで、それには一定の時間がかかるはずです。

星野氏:確かに特定の指標を改善する結果を得るよりは、ずっと時間がかかるでしょう。

安田氏:そうですよね。例えば「クリック率の改善」であれば、何か新しいアルゴリズムを導入して改善されたらよしという具合に、かなり短いタイムスパンで結果が分かります。でも、利益に直結するような統一的な指標で各部門のバランスを変えていったときに、それほど短期間では「これが最適なバランスだ」「これが利益を最大化する、あるいは改善するアプローチである」というのは見いだせないかもしれないですよね。

 そうなると、やはり時間軸的にちょっと余裕があるような企業のほうが、経済学者のコンサルティングは向いているんじゃないかなという気がします。

星野氏:そういった本質的な利益改善を全社的に行うには、時間もですが、経営者のコミットが必要ですよね。

 ただ、全体的な最適化ではなくても、工学的なデータサイエンスのアプローチで大失敗したことで、私のところに持ち込まれる案件は多いです。ビッグデータをとりあえずAI(人工知能)に放り込めばいいという発想で行われた施策の多くは、因果関係、つまり本当の変数間の関係が分からず、失敗してしまいます。例えば「どういうウェブ広告にしたらクリック率が上がるのか」をAIに考えさせると、全然うまくいかないことがあるんです。

安田氏:データ解析で簡単に最適化できるかと思いきや。

星野氏:そうなんです。というのも、ウェブ広告にはもともとクリック率が高い分野と低い分野があります。例えば「ゲームのウェブ広告のクリック率は高いけれども、投資信託など金融のウェブ広告はクリック率が低い」。そして、「ゲームのウェブ広告にはアニメ画像がよく使われる」。そこで、金融のウェブ広告のクリック率を上げるにはどうするかをAIに解析させたら、何が出てくるかというと……。

安田氏:なるほど、「アニメを使えばいい」となるわけだ。でもゲームのウェブ広告ならアニメを使うのは自然かもしれませんが、金融のウェブ広告にアニメを入れたところで恐らくクリック率は上がりませんよね。見る人が求めているものが違いますから。

星野氏:つまり業界によって適しているクリエーティブは違うはずなのに、そこを無視して単に表面的に見えているものだけで考えてしまうと、変な相関があたかも合理的であるかのように思えてしまうんです。それで、「アニメ画像を使えばクリック率が高くなるから、金融のウェブ広告でもアニメを入れましょう」みたいな話になってしまうんですね。

 その点、経済学者は、見た目の関係の背後にある因果の網を丁寧に解きほぐして見ていくということを徹底的にやってきたので、表面的な相関に惑わされずに、より精度の高い判断を下す助けになれると思います。

経済学で伸びる会社、伸びない会社

安田氏:企業側で具体的な問題が明確になっていると、経済学のコンサルテーションがうまくいく確率も高くなりそうですよね。

 経済学をビジネス活用するといっても、経済学者に相談さえすれば企業が抱えている問題が一挙に解決するとか、経済学者がすべて問題を把握して解決へと導き、利益が増えたり無駄なコストが抑えられたりする、といったイメージを持たれてしまうと、お互いにハッピーではないと思います。

星野氏:そこまで丸投げされても、恐らく、できることは少ないかと……。

安田氏:ざっくり言ってしまうと、「組織のポテンシャルが最大限に発揮されていない」という場合は、経済学の学知を取り入れるよりも、まず個々のモチベーションを高めてパフォーマンスを上げ、最大限の発揮に近づけていく必要がありますよね。そこではむしろ、経営学的なアプローチが役に立つと思います。

星野氏:利益を上げるための戦略というより、個々がどんなマインドで働くかという組織運営が問われていますからね。

安田氏:一方、「すでにできることはやりきっていて、ポテンシャルが最大限に発揮されている。そこを超えていくには、もう努力だけでは難しそうだ」という場合には、経済学の力でポンと抜け出る可能性が高い。要は、自らの上限を超え、さらにポテンシャルを引き上げていくためにやりたいことが明確であるかどうかで、経済学の学知の生き方が変わってくるのではないかと、星野さんのお話を聞いていて感じました。

 言うなれば、経済学は「目標達成型」ではなく「上限引き上げ型」の学問であり、企業の生産活動の上限であるフロンティアを外へ外へと広げる方向に活用するほうが、筋がいいんだと思います。

優秀な人材は、どうすれば集められるのか?

安田氏:最後にもう1つ、お話ししたいのは、日本企業はいかに経済学の学知を血肉としていけるか、についてです。

 今の日本企業に共通する問題意識として、よほど高いオファーを出さないと優秀な人材を確保できない、せっかく育てた新人が数年で辞めてしまう、人材の入れ替わりが激しくてノウハウが蓄積されない……といった人材確保の難しさがあると思います。

 だけど人は辞めても、学知によって構築された仕組みは残ります。例えば基礎的なプログラムのコーディングなど、仕組みの土台をつくる段階では属人的な部分が生じますが、データを基に半ば機械的にアップデートできるような仕組みを確立してしまえば、あとは人が入れ替わろうと運用していけますよね。

星野氏:世の中は常に変化しているので、一度つくった仕組みがずっとそのまま使えるかといったらそうではなくて、やはり改善し続けるというのは必要ですけどね。

安田氏:それでも学知は遺産となるものなので、人材流出で悩んでいる企業や、なかなか従来のように人を雇えない企業が仕組みづくりに目を向けて、そのために学知にコストをかけるというのは正しい意思決定ではないかと思うんですよね。

星野氏:確かに、それはそうですね。

安田氏:かといって社員にいきなり経済学を勉強させようとするのはハードルが高いですし、学知を身につけるだけ身につけて人材としてのバリューが上がったところで、外資系に転職されてしまうリスクもあります。

星野氏:あちこちの日本企業で起こっていることですね。

安田氏:だから社員に経済学を学ばせるよりも、そこはやはり、経済学をはじめとした専門家に学知に基づいたコンサルティングをしてもらうとか、コンサルティングまでいかなくても簡単な相談をするという発想を持つと、人材確保が難しいというピンチをチャンスに変えられると思います。

「グーグルに引き抜かれる社員」を育てよう

星野:例えばAI人材とかDX(デジタルトランスフォーメーション)人材という点で言えば、どれだけ業務の場で実験をして改善していけたかがスキルに直結します。ですから、業務をフィールドとした実験を行うことができる場を提供するのも、一つの方法かもしれません。確かに給与面ではなかなか外資系にかなわないというのはありますが、若い人の中には、3年や5年という年月をかけて、自分の知見やスキルを伸ばしたいという欲がある人も多いんじゃないかと思います。

 だから、米グーグルや米アマゾン・ドット・コムのような会社にはなれなくても、学知を用いた実験ができるなど「学びに寛容な環境」を整えておけば、例えば将来はグーグルやアマゾンからオファーが来るような人材が、「いったんこの会社で知見やスキルを身につけ、自分のバリューを上げよう」と考えて来てくれる可能性がある。

安田氏:若くてモチベーションの高い有能な人材が、キャリアのごく初期に能力を発揮できる場を準備するということですね。

星野氏:「学びに寛容な環境」をつくる余裕なんてないと思うかもしれませんが、実は、極めて費用対効果は高いと言えます。

 学知の背景には過去の膨大な研究の蓄積があります。例えばABテストをしようというときに、いろいろな可能性がある中で何をAとして何をBとすれば一番意味があるか、結果につながりそうかを考える際、仮説を立てるために先行研究や理論はものすごく役に立ちます。

安田氏:この「仮説を立てる」能力は本当に大切ですよね。

星野氏:経済学をビジネス活用するというのは、過去の膨大な蓄積を踏まえて、いわば最初から「打率の高い策」を選ぶということです。「学びに寛容な環境」をつくって勉強意欲の高い人材を集めるのは、企業にとってもメリットが大きいのです。

 実際、すでにそういうことを試みている日本企業は増えていますね。ただし結局は、こうして自社でバリューが上がった人材を、超高額オファーを出してくる外資系に取られちゃうケースが多いです。最近も、私の顧問先企業の方がグーグルに2倍の給与で引き抜かれていきました。

安田氏:最終的には給与の高い会社に引き抜かれてしまうとしても、自社で働いている3年間なり5年間なりは、ちゃんと学知を生かして成果を出してくれる可能性が高いわけですよね。もし本当に、自社の数倍の給料でオファーが来るような人材だったとしたら、本来は数倍の給料を払わなくてはいけない人材を、格安で、しかも若くてモチベーションが高い時期に活用できることになります。

星野氏:これは非常に大きなアドバンテージです。

安田氏:能力もモチベーションも高い若い人がいると、組織全体の雰囲気も良くなるものです。そう考えると、終身雇用前提ではなくて、有能な人材が若いうちの数年間を高いモチベーションで働くことを前提にした組織が増えていくと、日本のビジネス界はもっと面白くなりそうです。私たちの新刊『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』が、その役に立つといいですね。

日本企業がグーグルやアマゾンのように「働きたい企業」になるための条件とは(写真:Benny Marty/Shutterstock.com)
日本企業がグーグルやアマゾンのように「働きたい企業」になるための条件とは(写真:Benny Marty/Shutterstock.com)
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構成=福島結実子

「経済学のビジネス実装」第一人者の経済学者&実務家が贈る
「現場で使える」ビジネス教養


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実は、最新の経済学は、マーケティング、データ分析、財務管理などの限られた分野だけでなく、商品開発や企画立案、販売戦略、ESG(環境・社会・企業統治)対策、さらには、日ごろの会議、SNSの新しい活用などあらゆるビジネス現場で活用できる段階に達しています。

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気鋭の経済学者5人[安田洋祐氏(1章)、坂井豊貴氏(2・6章)、山口真一氏(3章)、星野崇宏氏(4章)、上野雄史氏(5章)]と、ビジネスにすでに経済学を実装している実務家[今井誠氏(終章)]が語る、「ビジネス×経済学」の決定版です。