以前は、自分の知っている経営者や尊敬している方が書かれたビジネス書やノウハウ本を読むことが多く、本を「その人の人生に会いに行くツール」と捉えていた時期もありました。

 前回の記事 「秋元里奈 経営の壁ぶつかるたび『南場さんなら』と開く1冊」 でお話しした 『不格好経営』 (南場智子著、日経BP)はまさにその代表で、最初は、南場さんの人生を追体験するような感覚で読んでいたのかもしれません。

 しかし、自分と向き合うための本もあるんだと、古典を読んで気付きを得ることができました。以前、お話しした 『人生の短さについて』 (セネカ著、光文社古典新訳文庫)などがそれですね。

 古典を読むときは、そもそも、時代背景が違うので、より咀嚼力が求められますし、抽象的かつ自分が知らない世界だからこそ、「現代に置き換えるとどうなんだろう?」と考えることができる。読書を通して自分ごと化する必要があることに面白さを見出しているような気がします。今、こうした本に興味関心が高くなってきたのは、より、自分の内面に矢印が向いてきたことの顕れかもしれません。

本は「丁寧にきれいに」読む

 もともと私は、熱心な読書家というわけではないんです。

 というのも、身の回りのものも「大事に使わなくてはいけない」「汚してはいけない」と思うタイプなので、本に対しても「きれいな状態で読まなくてはいけない」と思ってしまうんです。

 だから、マーカーを引くとか、ページを折るとかできない(笑)。本を開くときは、丁寧に、1ページずつ読んでいきます。

「本はきれいに読んで本棚で保管しています。常にバッグに入れておいて隙間時間に気軽に読書をするという習慣もあまりありません」
「本はきれいに読んで本棚で保管しています。常にバッグに入れておいて隙間時間に気軽に読書をするという習慣もあまりありません」
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 最近、面識のある経営者の方から本を贈ってくださる機会が多く、本を手に取る機会も増えてきました。どの方も創業期にはドラマがありますね。しかも、スタートアップだからといって、みんな同じような経験を経ているかと思えば、困難にぶつかったときの解決策が違ったりするんです。とても面白い。

 ただ、一時期、あえて本を読まないようにしていたことがありました。

本と距離を置いた理由

 事業の大きな決断をするとき、方向性について考えを整理するとき、本を読むと、どうしても影響されてしまうと感じたからです。いろいろな人の思想に触れると、全体のバランスがとれた優等生になって、自分らしさが失われる気がしたんです。

 新規事業を立ち上げるとか、前例のないものにチャレンジするときって、独特の推進力が必要なんですよね。だけど、いろいろ知識を得て引き出しがたくさんできて前提条件がそろってしまうと、「これはうまくいかなさそうだ」とためらってしまったり、常識に縛られてしまったり。結果的にどこをとっても無難な、平均点を取るような決断しかできなくなって、どうしても、とがった新しいものを生み出せない気がしました。

 実際、自分が今持っている知識や価値観で食べチョクを始めていたら、うまくいかなかったときにすぐピボットしていたかもしれないと思うんです。創業時は、どう考えても大変な道のりであることが分かっていたのに、無理やり数年やり続けたられたのは、盲目的に突っ走って、「私はこれをやる!」と夢中になっていたから。

必要なときに出合った本を読めばいい

 だから、その人が置かれているフェーズによって必要な知識や言葉も違うし、どんな本も、自分にとって一番いいタイミングで会えるのがいいなと思っています。

 私はいま哲学・思想系の本にハマっていますが、だからといってみんなが古典を読むべきだとは思わないんですよね。読書って、気になる本を読んでみてハマらなかったら、そこでストップしてもいいんじゃないかなと思うんです。必要なときに、必要な情報を得られたら、それで十分。「読了」は目指さなくてもいい。

「今の自分に、必要な情報を必要な時に得る。最後まで読まなくていい。そのほうが、本を手に取るハードル、下がりますよね!」
「今の自分に、必要な情報を必要な時に得る。最後まで読まなくていい。そのほうが、本を手に取るハードル、下がりますよね!」
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 そう考えられるようになってからは、私自身も本との距離を取りやすくなりました。

トライアスロンと読書

 今年、私はトライアスロンデビューをして大会に初めて出場したのですが、昨年12月くらいからトレーニングを始めていました。練習で走っている最中にオーディブルで「聞く読書」を楽しんでいます。たまに2倍速にして聴きながら走っていると、隙間時間を使いながらも色んな本が読めるようになりました。

 『人生の短さについて』では、「学問が全てを幸福にする、本を読むことが大事、過去の人たちの学びを得ることが真の時間を作る」ということが書かれています。

 今は、紙の本以外にもオーディブルや動画サイトなど情報収集のツールがたくさんありますよね。昔の人が一生をかけて培った知識を効率的に得られるのは現代ならではのメリットですし、本という手段ではなくても自分に合った形でインプット量を増やしていくことができると思います。

 トライアスロンに挑戦しようと決めたのは、その場の勢いだったのですが、トライアスロンをやっている経営者ってとても多いんですよね。トライアスロンは、みんなでゴールを競っているわけではなくて、それぞれが完走すればいい。ゴールが個人それぞれで違うんです。「練習すれば、誰もが達成感を得られるものなんだ」と、ある経営者が言っていたことは印象的でした。

 本を読んでいても、つまるところは自分自身と向き合うことに帰着します。本も読めば、たとえ読了はしなくてもその分詳しくなりますし、絶対にプラスになる。もちろん、読んだ内容を忘れてしまっても、読んだという事実は残るから、ちゃんと積みあがっていくものなんじゃないかと思うんです。

 私自身、正解のない経営に向き合う毎日だからこそ、達成感を味わい続けられることが心の安定につながっていくのかなと考えています。

取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/品田裕美