登場した当初はロボットと呼ばれていた機械が、普及して当たり前になると、ロボットと呼ばれなくなる――。UX(ユーザーエクスペリエンス)を探究し、企業や政府へのアドバイザリーを行う藤井保文さんがお薦めするのは、 『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』 (松村圭一郎、コクヨ野外学習センター編/黒鳥社)。テクノロジーに対する価値観を突き崩されたといいます。

「働く」という価値観が転換

 今回紹介する『働くことの人類学【活字版】』は、「WIRED」日本版の編集長を務めていた若林恵さんがポッドキャストで公開している同名の対談をまとめたものです。この本を編集した松村圭一郎さんは岡山大学の文化人類学者で、若林さんと松村さんが、他の6人の文化人類学者をゲストとして招いて行った対談が収録されています。 連載第1回 で紹介した『チョンキンマンションのボスは知っている』の著者、小川さやかさんも登場します。

 対談のテーマは、各民族で「働く」ことはどう捉えられているのか。そこに切り込んでいくことで、僕らが考えている働くという概念が根本から崩されていくような価値観の転換を感じられる本ですね。

 収録されている対談はどれも面白く、貝殻が今でも貨幣として使われている社会の話や、『チョンキンマンションのボスは知っている』にも書かれている小川さやかさんのタンザニア人商人の話など、いろいろな切り口の話が入っているので多様な気づきを得られます。

 ビジネスやテクノロジーという観点で印象的だったのは、第6話の久保明教さんのパートです。久保さんは一橋大学社会学部教授で、「人類にとってテクノロジーとはいかなるものであり、いかなるものであり得るか」をテーマに研究しています。具体的にいうと、ロボットやAI(人工知能)を人類学の観点から研究しているんですね。久保さんのお話で面白かったのは、「ロボットという言葉が意味するもの」についての言及です。

『働くことの人類学【活字版】』には、働くという概念が根本から崩されていく
『働くことの人類学【活字版】』には、働くという概念が根本から崩されていく
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「ロボット」と呼ばれなくなるとき

 久保さんは、ロボットという言葉や考え方は、そもそも「人間の仕事を代替する機械」のことを指しているというんですね。例えば、自動販売機もかつては「ロボット」として扱われていたそうです。

 ロボットとAIは一般的には近い概念として語られますが、近年、「AIが労働者の仕事を奪う」といった言説がよく聞かれます。でも、これは当たり前の話で、今までもロボットによって同じことが繰り返し起きてきたと久保さんは指摘しています。

 登場した当初はロボットと呼ばれていた機械が、普及して当たり前のものとなり「労働者の仕事を代替している」という感覚が失われると、ロボットと呼ばれなくなる。こうしたことが、今までも何度も繰り返されてきたわけです。

 例えば、工場で何かを自動生産する機械もかつては「産業用ロボット」と呼ばれていましたが、現在ではそれをあえてロボットとは呼びませんよね。漠然とロボットと呼ばれていたものは、それが普及してなじむと、「自動販売機」「自動梱包機」といったように、それが持つ機能が名前として呼ばれるようになるのです。

 つまり、ペッパーやアシモのように今はロボットとして扱われているものも、社会になじみ、人間の仕事を代替しているという感覚が薄れると、ロボットと呼ばれなくなるはずだと久保さんは指摘しています。だから、AIが労働者に取って代わり、代替できないものだけが残る頃には、今でいうAIやロボットはそう呼ばれなくなり、恐れられることもなくなるだろう、と。

 反対にいえば、現在、AIやロボットと呼ばれているものがそう呼ばれなくなったときには、私たちが働くということの意味や定義も違うものになっているんですね。

 この本に登場する他の方々も、研究している専門分野をベースに、「時代と共に僕らの働くという考え方は大きく変わっていく」と、違う角度から同じことをいっているように思います。なかでも久保さんの対談は、僕のなかでロボットやAI、テクノロジーに対して抱いていた価値観を突き崩されたので、すごく好きですね。

直感的に本を選ぶ理由

 この本に書かれている内容は、前述のように、ポッドキャストで音声として公開されたもので、僕は本になる前からすべて聞いていました。ポッドキャストは、朝起きてまどろんでいるときや、食事の最中、皿洗いなどの家事、移動中など何かしながらでも情報を入手しやすいのがいいですね。最近はポッドキャストがメインの情報収集経路になっているくらい、よく聞いています。

 一方、読書に関しては、電子書籍ではなく紙の本が好きです。読みながら、気づいたことを気軽に余白に書き込んだりできるところがいいですね。ただ、読書量が大きく落ち込んでいた時期がありました。ある種の反動ですね。

 というのも、コンサルタントになった当初は、話題になったビジネス書などを義務感に駆られて結構読んでいたのですが、ふと気づくとそこで得た知識を一切使えていなくて。「知ったふうな顔をするために読んでいるな」と感じて、読まなくなってしまいました。

 ただ、その読みあさっていた時期に出合った一冊に、『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著/野津智子訳/きこ書房)という本があります。この本にはいろいろな読み方があると思いますが、僕が受け取った一番大きなメッセージは、「目標やゴールを明確に定め過ぎるのは、機会を逃すもったいない生き方だ」というもの。

 世の中や自分の状態がどんどん変わっていく中で、5年前に決めたようなことを追いかけていると、変化や進化に対応できなくなりかねません。その時々で、本能的に面白いと思ったことや気になっているものに飛びつけない可能性があります。

 「なるほど、目標に縛られたKPI(重要業績評価指標)至上主義みたいな状況に陥るのはよくないな」と思わされ、そこから本の読み方も変わりましたね。自分にとって今何が必要かや面白いと思えるかどうかを考えて、直感的に本を選ぶようになりました。

 本を読むのは、まとまった時間が取れる休日が多いですね。知的好奇心がおもむくままに本を選んでいることもあって、気楽に読むのが今の僕の読書スタイルです。

「面白いと思えるかどうかを考えて、直感的に本を選ぶようになりました」と話す藤井保文さん
「面白いと思えるかどうかを考えて、直感的に本を選ぶようになりました」と話す藤井保文さん
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取材・文/稲垣宗彦 構成/山田剛良(日経BP 技術メディアユニット クロスメディア編集部) 写真/加藤 康