『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』など、手がけるマンガが続々と大ヒットしている名編集者・林士平さん。集英社でジャンプ系の雑誌編集を経て、今は2400万ダウンロードを突破したアプリ「少年ジャンプ+」の編集部に所属しています。「10年くらいご一緒するつもりで」という作家さんとのやり取りから、ヒット作が生み出される背景について話を聞きました。
Twitterで出会う数が編集者のパワーに
インタビュー前編では「デジタル時代のマンガ作り」について伺いましたが、紙の雑誌で育った世代としては、紙に愛着がありませんか。
林士平氏(以下、林):もちろんありますよ。蔵書で、自分だけの図書館を作りたいくらいです。ただ、持っている本や雑誌が多過ぎて、もう物理的に家に置けなくなっています。今はKindleでも1万冊以上持っていますから。
どんな本を読まれるのですか。
林:マンガはもちろん、小説も何でも読みます。本屋大賞の最終候補は全て買って、頑張って半分ぐらい読んで、毎年順位当てをやります。作家友達に、今年の1位はこれだと言うんですけど、4年連続当てているんですよ。直木賞や芥川賞、「このミステリーがすごい!」あたりも時間が許す限り読むようにしています。
今年の本屋大賞の候補作も読んでいます。まだタイトルの半分しか読めていませんが、その中では、『方舟』(夕木春央著/講談社)と『汝、星のごとく』(凪良ゆう著/講談社)を推しています。
マンガ以外の読書から得ているものも多そうですね。さて後編では「大ヒット作家の見つけ方、育て方」について教えてください。新しい作家さんはどのように発掘するのですか。
林:TwitterのDMなどで、作品の持ち込みがめちゃくちゃ来るんですよ。作家さんと出会う数が編集者のパワーになると考えて、戦略的にTwitterのフォロワーを増やした時期がありましたから。持ち込みにひたすら打ち返して、数十人数百人に数人ぐらい担当になっていく感じです。もちろん、こちらから連絡することもあります。今は100人ほどの作家さんを担当しています。
『SPY×FAMILY』遠藤達哉氏とは15年
作品は作家さんの案をもとに作るのでしょうか。
林:作家さんからやりたい案を出されることもあれば、「何やりますかね」というところから一緒に話すこともあります。そして作品があがってきたら、分かりづらいところは全部お伝えして、より良くなるように議論します。
林さんが担当している遠藤達哉さんの大ヒット作『SPY×FAMILY』はどちらのタイプでしょう。
林:打ち合わせの前日に遠藤さんからプロットが来て、アーニャの設定が超能力者ということしか決まっていませんでした。でも、話の構成が面白かったので「ぜひやりましょう」と言って、「超能力は何にしますか」みたいな打ち合わせから始まりました。毎週、何しようかと話して、ゆっくり作っていきました。
2019年3月に連載が始まって、すでにコミックスは累計3000万部を突破し、数々の賞にも輝いています。
林:いろいろな賞を頂き、アニメまでたどり着いて、幸運なタイトルだと思います。遠藤さんとはもう15年ぐらいお付き合いしていて、感慨深いですね。
15年の積み重ねが今につながるのですね。
林:そうです、すぐに売れっ子作家さんになることはほぼなくて、皆様10年ぐらいご一緒するつもりでお付き合いしています。もちろん作家さんは早く売れたい気持ちが強いので、なるべくそうしたいけれど、焦ってもロクなことがないんです。
藤本タツキ氏は17歳から担当
同じくご担当の大ヒット作『チェンソーマン』の藤本タツキさんとはどんなお付き合いでしょう。
林:彼が17歳の時にマンガ賞がきっかけで担当になり、ずっと電話で打ち合わせをして、初めて顔を合わせたのは2年後ぐらいかな。もう13年ぐらいの付き合いになります。10代の頃から見ているので親戚のような感覚に近く、でもビジネスパートナーとして礼儀のある関係でありたいと思っています。
やはり頻繁に連絡を取っているのですか。
林:だいたい週1で会うか、忙しければ電話の時もあります。話題の半分ぐらいは作品の話で、半分は雑談みたいなもの。例えば、今のエンタメについて、何を見たか、どうだったかを聞かれたり、反対に彼が見て面白かったものを教えてもらい、次に会った時にその作品のことを話したり。僕は小説が好きだけど、彼は「もう読むヒマがないから、ネタバレOKなんで、プロット全部教えてください」と言われることも。あとはメディアの案件が多いので、アニメや舞台をどう進めるかという話をしたりしています。
林さんは、面白い作品を作ることに真っすぐですね。
林:面白い作品を作ることで、全てが解決すると思うんですよね。読者さんにとっても、作家さんにとっても、版元にとっても。
何より、作家さんには楽しく描いていただきたい。でも、努力しない人や考えない人にはしっかり言わざるを得ないですよね。作品が形になるまでの時間を考えると、少なくとも5年以上お仕事をご一緒することになるので、適当にせず、ちゃんと礼儀を尽くしたいと思っています。
純粋に作家さんに向き合い、いい作品づくりを追求すると。
林:その方が楽しいんですよ。売れるためと考え過ぎると、だいたいロクなことにならない。何が売れるかは正直分からないですし、面白ければ、そこまで売れなくても作品として残っていくでしょう。だから、いろんなことを気にし過ぎず、やれることをやり続けている感じです。
取材/木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 構成/佐々木恵美 写真/中西裕人