第14回 日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の栄冠に輝いたのはプロレス小説『散り花』でした。虚実入り交じる世界で「最強」を目指すレスラーたちの生きざまを、ハードボイルドタッチのたたみかけるような文章で描き切った受賞者の中上竜志さんに、作品への思いを語ってもらいました。武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也の「闘魂三銃士」の闘いぶりに熱くなっていた中上さんが描いたのは、同じく同期レスラー3人の物語でした。(敬称略)
リングに立つ同期レスラー3人の物語
『 散り花 』は、リング上の格闘シーンの描写が、日経小説大賞の選考で高く評価されました。最初からプロレスを題材にしようと思っていたのですか。
中上竜志さん(以下、中上) まず「プロレスを書きたい」という強い思いがありました。僕は今、45歳ですが、「闘魂三銃士」を見て育った世代です。新日本プロレスに武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也という3人の同期レスラーがいまして、2000年に橋本が新日本プロレスを解雇されてからは、橋本はZERO-ONE、武藤は新日本プロレスから全日本プロレスへ、と三者三様の道を歩み始めます。僕は「いつかまた3人が同じリングに立つときが来るのでは」と期待していましたが、05年に橋本が40歳の若さで逝ってしまった。もう一度、3人が同じリングに立つのを見てみたいという思いが小説に向かわせました。
私は中上さんよりも一回り上の年代で、小学生の頃は金曜夜8時と土曜夜8時、地上波のゴールデンタイムにプロレス中継がありました。当時は全日本プロレスにジャイアント馬場とジャンボ鶴田がいて、新日本プロレスにアントニオ猪木と坂口征二がいて、タイガー・ジェット・シンやスタン・ハンセンがいて……という時代。休み時間には誰かが教室の後ろでプロレス技の掛け合いをしていたものです。中上さんの年代ではどうだったんですか。
中上 僕もテレビでプロレスを見て面白いなと思っていたのですが、団体の相次ぐ分裂によって、老いも若きも誰しもが話題にするようなプロレスではなくなっていたかもしれません。それでも小学校時代を思い返してみると、夢中になって技の掛け合いをしている子どもたちはやっぱりいましたね。
男たちの生きざまを描き切れた
プロレスと小説、執筆のモチベーションはどちらが先だったんですか。
中上 もちろん小説です。もともと文章を書くのは好きでした。プロレスを描いた小説も見当たらなかったので、自分で書いてみようかと。
執筆歴が10年ほどだそうですが、影響を受けた作家はいますか。
中上 好きな作家は立原正秋と吉村昭です。この2人は10代の頃から読んでいます。ただ、一番影響を受けたのは……キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズのギタリスト)です。
キース・リチャーズ! そこは後ほど伺いましょう。吉村昭が好きだというのは『散り花』を読むと分かるような気がします。今まで何作ぐらい書かれていますか。
中上 最後まで書き切った作品は7~8作ですね。2011年の東日本大震災の後、直接自分が被害を受けたわけではないのですが、「やりたいことはできるうちにやっておかねば」と思い立って、以来、仕事をしながら書き続けてきました。
なるほど。「○○を読んで影響を受けて」「○○の文体を目指して」といった動機ではなく、意外なことが創作に向かうきっかけになるんですね。
中上 そういうものかもしれません。
プロレスを実際に小説に描いてみて、どのような手応えを感じましたか。
中上 なにより試合の展開を考えるのが面白かったです。レスラーが自分の思い通りに動くわけですから。
昔からプロレスは、真剣勝負なのか八百長なのか、といわれてきました。プロレスの興行的な部分といえばいいのか。そのディテールを、想像力を働かせて描いていて読ませます。選考委員の選評でも「プロレスを内側から描いている」という言葉がありました。
中上 本の中でも書いていますが、プロレスの本質は闘いであると思っています。台本はあっても痛みは本物です。一歩間違えれば死につながりかねない技を受けるのは、それに耐えうる技術と、鍛え上げた肉体と、覚悟が必要です。興行ですから勝敗は重要ですが、あくまでプロレスは闘いであるという前提に立って、プロレスという稼業に身を置いた男たちの生きざまを、自分なりに描き切れたのではないかと思っています。
『散り花』には主要人物として、立花、森、三島という同期レスラー3人が登場します。ずばり闘魂三銃士がモデルですか。
中上 3人それぞれのスタイルや技は全然違いますけど、立花のライバルである三島には亡き橋本真也の技を使わせました。
読む人が読むと分かるということですね。これはもう、読んで確かめるしかないですね。
(後編に続く)
取材/苅山泰幸(日経BOOKSユニット) 文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
虚実入り交じる世界で、最強を目指す。かつての輝きが薄れてしまっても、リング上で身体を張って闘い続ける男たちの生きざまを、乾いた筆致でハードボイルドに描き切ったプロレス小説。
中上竜志著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)