『下町ロケット』や『半沢直樹』シリーズで知られる作家の池井戸潤氏が新作 『ハヤブサ消防団』 を出版した。池井戸氏と言えば、技術者や銀行マンなど働く人を描いた作品が多い中、今回は、主人公である作家が一見平穏な地方の町で起こる事件に向き合う田園ミステリーだ。物語の舞台は池井戸氏の郷里である岐阜の山間の町がモデル。ここで暮らす人の日常を読み進めるうち、思わぬ事件が起こり、それぞれが歩んできた人生が明らかになっていく。
 プロットを作らずに書き込んでいったという新作について、どのように執筆を進めたのか、また池井戸氏自身を育んだ幼いころの読書体験、さらに本作の一つのテーマでもある、地域とのつながり方について池井戸氏にインタビューした。後編では、第二の人生や、世代交代が進まない組織の問題へと話が広がった。

(前編から読む)

池井戸潤
池井戸潤
作家。「半沢直樹」シリーズ「下町ロケット」シリーズ『陸王』『民王』など人気作多数。映画『シャイロックの子供たち』が2023年2月に公開予定。

地域貢献をしたいなら、ぜひ消防団へ!

『ハヤブサ消防団』では、ハラハラする物語の合間合間に挟み込まれる豊かな自然や山のグルメの描写も魅力的です。

池井戸氏:こういう物語は、その町に生まれ育って、今も地元とつながりのある自分のような立場でないと書けないと思います。その意味では、オリジナリティーのある小説になったと思います。

 地元の人たちは、都会の人たちは知らないいろんなことを知っています。僕の地元では地蜂を食べたりするんですが、それがどこにいるのか、獲るときはどんなことに注意すべきか、といったノウハウは地元の人にしか分かりません。小説にも、主人公の三馬に田舎暮らしのあれこれを伝授する人々が登場しますが、彼らは僕の友人たちそのもの。今も祭りの手伝いなどには参加しているので、同世代の友人たちだけでなく、地域の人たちと広く付き合いがあります。

『ハヤブサ消防団』池井戸潤著 (1925円、税込)集英社。亡き父が暮らした田舎町に移住したミステリー作家。のどかなはずのその土地には、大いなる秘密が……。彩り豊かな〝田園推理〟小説。
『ハヤブサ消防団』池井戸潤著 (1925円、税込)集英社。亡き父が暮らした田舎町に移住したミステリー作家。のどかなはずのその土地には、大いなる秘密が……。彩り豊かな〝田園推理〟小説。

現役引退後は故郷や田園地帯へUターン、Iターンして、そこで地域貢献をしながら第二の人生を送るのも悪くないな……と想像してしまいました。

池井戸氏:地域貢献をしたいというくらい意識の高い方なら、答えはもう決まっています。「消防団に入る」!(笑)。会社の同僚や部下は引退後数年しか付き合ってくれませんし、同窓会だけでは世界が広がらない。その点、消防団なら、地元の様々な年代、職種の人たちと触れ合い、ネットワークを広げることができます。若者にとっては面倒くさいかもしれませんが、様々な理由で飲み会にも事欠かないのも、熟年世代にはうれしいところじゃないでしょうか。

地域の一員になるなら、「出羽守」は禁じ手

消防団員生活、確かにひかれます。

池井戸氏:都会の普段の生活ではなかなか活動を目にすることはありませんが、消防団は都市部にもありますし、女性も団員になれます。そして、あまり知られていないことですが、1年に3万円ちょっとの年額報酬がもらえるんです。そのほか、出動のたびにも手当が出ます。

それは初耳でした。

池井戸氏:新しく地域の中に入っていくときに注意したいのは、これまでの経歴などを自慢しないことです。いわゆる「出羽守(でわのかみ)」になってはいけません。「僕の会社ではこうだった」「××銀行ではああだった」というふうに、何かにつけ「~では(=出羽)」と言う人は出向先などで出羽守と揶揄(やゆ)されますが、地域活動でも同じです。コミュニティーの一員になりたいなら、周りの人の話をよく聞いて、その場の雰囲気になじむことです。

シニアこそ、実は起業の適齢期?

地域活動だけでなく、定年後の転職先などでも心がけたい指摘だと受け止めました。

池井戸氏:そうですね。でも、定年後の過ごし方として、圧倒的に多くの人が出向先に再就職するなどしてサラリーマン生活を続けようとしていることには、僕は少々驚いているんです。せっかくサラリーマンを辞めたのだから、自分のスキルを使って起業したらいいのにと。

シニアからの起業ですか?

池井戸氏:起業は、何も若い人だけのものではありません。シニア世代こそ、自分がこれまで培ってきた能力や技術、あるいは人脈を持っているわけですから、それを生かして、今の世の中に足りないと思う何かを生み出すことを考えたらいいんじゃないかと思います。

 もちろん、同窓会で楽しくやるのもいいし、消防団をはじめとした地域活動に勤(いそ)しむのもすばらしい。ですが、もっと世の中の役に立ちたいと思うのなら、自分の持つスキルやアイデアを新しい事業にして、積極的にかたちにしてみてはどうでしょう。NPOといったかたちでもよし、お金をもうけることだけが目的ではなく、必要とされるものをつくって雇用を生み出し、もしかしたら世界へも出ていけるような……そういう第二の人生設計こそが、地域や社会に対する本当の貢献なのではないでしょうか。

よりよい未来のため、組織は「若返り」革命を

これまで会社の中での出世といった目標を掲げ、競争の中で生きてきた人こそ、次は地域や世の中のために生きることを考える……。組織人を描いてきた池井戸さんならではの提案ですね。

池井戸氏:今、日本の競争力は、世界の中でどんどん下がってしまっている。会社や組織には目標があって、それに向かって皆が頑張ってきたはずですが、残念ながらやり方は間違っていたのかもしれません。

 社内や組織内、そうした小さな場所での競争より、本当に問われているのは国際社会の中での競争力です。そのためには、働き方や組織の仕組みまで見直す必要があると思います。

池井戸さんとしては、そのために何が必要だと考えますか?

池井戸氏:まずは、組織のトップにいる超年配者の方々にはすみやかにご退陣いただくこと。大企業でも、政界でもそうですが、超高齢のトップが長く君臨し、世代交代が妨げられていると感じます。そういう人たちに地位と権力を与えたままにしているその下の世代も問題です。

 旧態依然とした専制君主は要りません。もっと組織を若返らせて、全体の仕組みから変えていく……クーデターとは言いませんが、革命に近いような改革が、今、どの業界でも求められているのだと思います。

聞き手/大谷道子 写真/鈴木愛子

日経ビジネス電子版 2022年9月16日付の記事を転載]