このコラムでは日経BPのメディアを率いる編集長に聞いたおすすめ本を紹介します。「専門性×編集長の人となり」が垣間見えるセレクトを、お楽しみください。今回は 日経メディカル Online の山崎大作編集長が、医学論文をどのように読み、解釈していけばよいかを解説した入門書を推薦します。

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 コロナ禍を迎えてから、科学論文に接する機会が増えたとお感じの方はおられないでしょうか。

 一般紙などのマスメディアで『Lancet』や『JAMA』といった医学誌の名前が掲載されただけでなく、「プレプリント」と呼ばれる査読前の論文まで取り上げられましたし、私自身、TwitterやFacebookなどのSNSで非医療者が論文のデータを紹介しているのを何度も目にしました。

 東日本大震災の際も放射性物質の健康被害に関する科学論文が各所で扱われていましたが、今回ほど新しい論文が次々に出され、議論されることはなかったと記憶しています。今回が特別な事態となったのは、新型コロナウイルスはどの程度感染力を持つのか、リスクはどの程度なのか。さらには、他国でどのような予防法、治療法が行われていて、それらはどの程度の効果があるのか。未知のウイルス、疾患でそれらの情報が何もない中、日々発表される新たな論文だけにそのヒントがまとめられていたからでしょう。

 一方で、個人やメディアが紹介する新型コロナウイルス感染症に関する論文やその解釈がばらばらで、何を信じればよいのか迷う方も多かったのではないでしょうか。

 既に研究が進んだ病気であれば、論文を専門家が読み込み、現場で使いやすいようにまとめたガイドラインという「ものさし」があるため、大多数の専門家は同じ方向を向いた解説をします。ですが、突然現れた新型コロナウイルス感染症にはものさしがなく、“自称専門家”からの発信も含めて情報が入り乱れました。そのような状況下では、聞き手が発信されている内容が正しいかどうかを判断するためには議論の基となった論文を読むしかありません。

 とはいえ、読んだことのない医学論文、しかもその多くが英語となると、どこから手を付けていいか分からない方も多いはずです。本書 『僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。』 (後藤匡啓著、長谷川耕平監/羊土社)は、そんな医学論文をどのように読み、解釈していけばよいかを解説した入門書です。

 医学専門出版社から出された医師向けの専門書で、「はじめに」にも「国家試験に出てくるレベルの単語(p値やオッズ比、感度・特異度など)はある程度知っているものとして解説しています」とありますが、書籍内に数式はほとんど出てきません。高校時代に文系を選択して数学に触れなかった人でも無理なく読めるのではないでしょうか。

『僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。』(後藤匡啓著 長谷川耕平監/羊土社)
『僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。』(後藤匡啓著 長谷川耕平監/羊土社)

 第1章は「論文を読む前に知っておきたいこと」と題して、論文の読み方を解説する前に、論文の探し方、論文が世に出てくるまでの流れ、論文の質についての考え方などを説明するほか、英語が苦手な方に向けて、Google翻訳やDeepL翻訳、さらにはPDF翻訳サイトの活用方法についても紹介しています。

 本書の他にも、論文の読み方を解説しているおすすめの本はありますが、論文の背景についても丁寧に書いてある点で、非専門家が1冊だけ手に取るには本書が一番向いていると思います。もちろん、メインのパートとなる第2章「論文の読み方」も非専門家に役立つはずです。論文がどのような構成になっていてどの部分を読めばいいのかといった基本的なことから、論文の外的妥当性(一般化できるか)について何を考えなければいけないか、バイアスとは何なのかなどについても分かりやすく説明されており、それぞれ難易度も★を使ってレベル分けされています。

 執筆したのは、後藤匡啓さん。福井大学医学部を卒業し、複数の病院で救急医として働いた後、米ハーバード大学公衆衛生大学院に進学。現在は東京大学大学院公共健康医学専攻臨床疫学・経済学講座で客員研究員を務めながら、救急医療のDX化を進めるベンチャーでデータ解析や臨床研究の指導をしておられる、いわば臨床研究や論文執筆の専門家です。

「薬に効果があるとはどういうことか」を知る機会に

 新型コロナウイルス感染症の流行では、初期から「作用機序を考えると効くかも」という医薬品が複数話題になりました。中には数人の患者に実際に投与したところ、実際に有効だったとされた薬もあります。ですが、これをもって医薬品が有効だとすることを「3た論法(使った、治った、効いた)」と呼び、科学的には意味を持ちません。

 なぜなら、投与しなかった場合にどうなるか分からないですし、他に治った理由があるかもしれないからです(日経メディカル Onlineでは時にこのような「3た論法」の状態にある医薬品や治療法をご紹介することがありますが、上記のことを知っている専門家向けの媒体であり、次の研究に生かしていただきたいとの思いで発信しています)。

 本書を読んだ後に有効な薬とは何かを考えると、ニュースの見え方も変わってくるかもしれません。

イラスト/shutterstock イラスト加工/髙井 愛


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