「誰でも足りないものがあります。でもその足りないものが見つかっても、必ずしも幸せになれるわけではありません」。東京カメラ部社長の塚崎秀雄さんが選ぶ、仕事に役立つ本。6回目は、ロングセラー『ぼくを探しに』(シェル・シルヴァスタイン著)。読み手の状況によってさまざまな見方ができる、大人向けの絵本です。

シンプルな絵とストーリー

 私たちは、自分自身に対して常に「何か足りない」という思いを抱いているのではないでしょうか。人によっては、それがコンプレックスになったり、「埋めなければ」という焦燥感に駆られたり。

 そんな人間の性(さが)を、これ以上あり得ないほどシンプルな絵とシンプルなストーリーで描いた絵本が『 ぼくを探しに 』(シェル・シルヴァスタイン著/倉橋由美子訳/講談社)です。

 一部が欠けた円で表現された「ぼく」は、その「かけら」を探す旅に出ます。きれいな円ではないので、早く転がることはできない。それでも苦労しながら前進し、いくつもの「かけら」の候補に出会いますが、小さすぎたり大きすぎたり形が違ったりして合いません。

ロングセラーの大人向け絵本『ぼくを探しに』
ロングセラーの大人向け絵本『ぼくを探しに』

 しかし最後に、ようやくピッタリと合う「かけら」に出会います。きれいな円になった「ぼく」は勢いよく転がり始めますが、勢いがありすぎて道中の楽しさを失っていることに気づきます。結局「かけら」と別れ、不完全な円に戻って、改めて「かけら」を探す旅に出る。そんなお話です。

 文字も最小限なので、もちろん子どもでも読めます。しかし、この話に共感したり啓発されたりするのは、「自分は何者なのか」と考え始める思春期以降でしょう。私も初めて読んだのは高校生か大学生の頃。自分には何もできないとか、ダメ人間だという思いにとらわれていたときに出合って、ずいぶん救われた覚えがあります。

 ここにはいろいろな示唆があります。まず完璧な人はいないということ。それぞれどこか欠けている部分があって、「かけら」を見つけたいという欲求に駆られますが、それを探す過程自体に意味があるということ。仮に完璧になったとしても、必ずしも幸福にはならないということ。この絵本は、読むときの自分の気持ちや環境によって、印象やそこから学び取れる内容がかなり変わってくる本だと思います。

続編は「かけら」が主人公

 その続編が『 続ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い 』(シェル・シルヴァスタイン著/倉橋由美子訳/講談社)。今度は三角形の「かけら」が主人公で、円のように転がることができないため、ずっと立ち止まったまま自分を拾ってくれる誰かを待ち続けます。いろいろな形のものが通り過ぎますが、やはりなかなか合いません。最初は合っていたのに「かけら」が成長して合わなくなったり、もしくは合わないと思う相手からは自ら身を隠したり。

 そこに現れるのが、「ビッグ・オー」。文字通り欠落のない大きな円です。彼はもともと「かけら」を必要としていませんが、代わりに「かけら」に対して一人で転がってみることを提案します。できないと答える「かけら」に、「やってみたことはあるの?」問いかけてビッグ・オーは去っていきます。

 また一人取り残された「かけら」は、なんとか自分で転がろうとする。最初はなかなか前に進めませんが、繰り返すうちに角が取れて丸くなり、やがて小さいけれど完全な円になってビッグ・オーに追いつくのです。

 私がこの話をふと思い出したのは、1990年代後半、東京証券取引所に勤めながらカリフォルニア大学バークレー校にMBAを取得するために留学していたときです。どうすれば東証がもっと良くなるかを真剣に考え、価値観をひっくり返すような大胆な改革案をまとめては、周囲の学生に意見を求めたりしていました。

 するとある学生から、「傲慢(ごうまん)じゃないか」と指摘されたのです。「お前はそうした方がいいと思っているかもしれないが、会社にいる人は今までのやり方が正しいと思って働いてきたはず。その人たちはどうなるんだ」と。正直なところ、そんなことは考えもしませんでした。

 学生はさらに追い打ちをかけます。「お前がその価値観を気に入っているなら、自分でそういう会社をつくればいいじゃないか」。

 当時の私は、自分で会社を立ち上げるなどまったく考えていませんでした。しかしバークレー校はベイエリアにあるので、周囲はベンチャーだらけ。時期的にも、ちょうどグーグルをはじめとしていくつものIT企業が誕生し、急成長を遂げていました。会社をつくることを最もリアルに感じられるのは、世界中を探してもこの場所以外にないでしょう。

「自分一人で転がってみようと思いました」と話す塚崎秀雄さん
「自分一人で転がってみようと思いました」と話す塚崎秀雄さん

起業をするきっかけに

 それで気づかされたわけです。もしかしたら自分は、そういう企業が駆け抜けていく姿をただ見送るだけの「かけら」になっているのではないか。自分一人では転がれないと思い込み、東証を救うふりをしながら、実は東証に転がしてもらうのを待っているだけではないか。それは少し情けないなと。

 ならば、自分の価値観に沿った会社をつくればいい。自ら動いているうちに角が取れて丸くなり、小さな円になって転がっていけるのではと思い始めたわけです。そんな発想のきっかけを与えてくれたという意味で、この本はとても印象に残っています。また大きな選択に迷ったときなど、自分の立ち位置を確認するために、きっと読み返すことになるでしょう。

取材・文/島田栄昭 写真/塚崎秀雄さん提供(人)、スタジオキャスパー(本)