常勝集団だった帝京大学ラグビー部が2018年度以降、王者から陥落したのは、「心理的安全性」がうまく機能しなかったことが原因だった。「心理的安全性」がいくら高くても、メンバーに挑戦心や目標達成への責任がなければ単なる「仲良しグループ」となり、組織の成長は止まってしまう。前回の「大学ラグビー『絶対王者』が落ちた心理的安全性のワナ」に引き続いて、帝京大学ラグビー部前監督の岩出雅之氏の著書 『逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人の心を動かす心理術」の極意』 から一部抜粋して、組織再生の秘訣を紹介する。

(前回から読む)

2022年1月、帝京大学はラグビー大学選手権で優勝し、復活のV10を達成した(写真提供:帝京大学ラグビー部)
2022年1月、帝京大学はラグビー大学選手権で優勝し、復活のV10を達成した(写真提供:帝京大学ラグビー部)
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コロナ禍をピンチではなく「成長の機会」に

 2020年春以降、世界も日本も新型コロナウイルスに翻弄されています。多くの感染者や死者を出し、やや毒性が弱まったオミクロン株になっても、特に持病を抱えている高齢者の方々にとっては脅威です。この年の前半、ラグビー部の活動も中断を余儀なくされました。

 言うまでもなく、コロナ禍は大変な災いです。私たちも当初は対応に苦慮しましたが、この時期をどう過ごすかが非常に重要だと直感的に思いました。コロナ禍をピンチとして捉えるのではなくて、災いの中で自分たちがどれだけ成長できるか。2019年度、さまざまな壁に突き当たっていた私たちは、「活動がいったん停止したことは、それまでの自分たちを振り返り、見直すための絶好の機会だ」と180度切り替えて考えるようにしたのです。

 「ピンチはチャンス」とよく言います。今がその時だと思いました。

 2020年春、私は、コロナ禍を機に、組織づくりを土台から見直しました。

 私たちが長年取り組んできた「脱・体育会」は、コンセプト自体は間違っていないと思います。しかし、そのアプローチ方法に少し問題があったのではないかと、2019年度シーズンで敗戦を経験して感じました。

 帝京大学ラグビー部の「脱・体育会イノベーション」は、上級生が基本的に部内の雑用の大半をこなすことが最も画期的だったのですが、実はそれが1年生の成長を阻む原因になっているのではないか、というのが私の分析です。上級生が雑用をすべてこなすことで、1年生の心理的安全性は高まりますが、それだけだと図の「快適ゾーン」に入ってしまいます。和気あいあいとしていて居心地はいい仲良しグループではあるけれど、難しいことには挑戦しようとしないので、成長も期待できない。いわば「ぬるま湯的」な環境です。

(『逆境を楽しむ力』23ページに掲載)
(『逆境を楽しむ力』23ページに掲載)
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 従来の体育会組織のピラミッド構造をひっくり返し、特に1年生の心理的安全性の確保に取り組んだことまではよかったのですが、その先に思わぬワナが潜んでいたのです。心理的安全性は、目標達成の責任の重さが伴っていないと、自ら学び成長を目指す学習組織にはなりません。

 では、下級生にも責任を持たせるようにするにはどうしたらいいかと考えました。

「巻き込み力」を養成する

 上級生が実家の母親のように下級生のために雑用をすべてやってあげていたら、いつまでたっても仕事を覚えません。冷静に考えてみれば、部内のさまざまな仕事は、いずれは覚えてもらわないといけないことであり、習熟には時間がかかります。仕事の種類はさまざまですが、中には習熟するのに1年くらいかかる経理のような仕事もあります。

 その状況を変えるには、1年生に仕事を割り当てるのが手っ取り早いのですが、それでは安易すぎます。仕事(雑務)は、必要だから存在するのであって、押しつけ合うような性質のものでは本来ありません。理想を言えば、仕事をいちいち割り当てなくても、メンバーの誰かが必要性に気づいて、率先してやるという状況が望ましいわけです。

 人に言われてやるのも、係になったからやるのも当たり前です。それを、係にならなくても、必要性や目的を感じて、率先してやるようになったら理想的です。そこまでは難しいとしても、単に1年生に仕事を割り当てるのではなく、部内の仕事に1年生を巻き込んでいく形にできないかと考えました。

 「割り当て」と「巻き込み」の何が違うかというと、4年生が1年生にどうアプローチするかという点で大きな違いがあります。巻き込みは、4年生が1年生に対して、「この作業を一緒にやってみない?」と仲間に引き込むイメージです。引き込んだからには当然、手取り足取り、仕事のABCを一から丁寧に教えていかなければなりません。1年生は仕事を覚え、4年生には「巻き込み力」がつく。巻き込み力は、リーダーに欠かせない資質の一つで、大学を卒業後、社会に出たあとで必ず役立つ「武器」になります。一石二鳥の策だと思いました。

 1年生は上級生のリードで少しずつ仕事を身につけ、2年生になったら自立し、意義や目的を意識しながら仕事をこなす。3年生になると、もう少しレベルが上がってきて、何が必要か自分で考えて自発的にやるようになる。そして、4年生になったら「人を動かす」ことを意識しながら、自分の経験を1年生に教える。この循環をつくっていこうと考えました。

「逆三角形」から「ホームベース型」へ移行

 2019年度までの組織体制は、「逆三角形」でした。1年生は雑務から解放され、「自分づくりに専念」する環境ができました。しかし、その分、「面倒なことは誰かがやってくれる」という依存心が芽生え、上級生に対する「リスペクト」は高まらず、ぬるま湯的な空気感が醸成されてしまいました。そこで、2020年度からは、上級生が巻き込む形で下級生の役割と責任を少し増やし、ホームベース型に変えていきました。1年の時に上級生が全部雑用をやってあげて、2年になって「これからは自分でやって」と言っても、いきなりはできません。仕事を代々、高いレベルでしっかり継承していくためには、1年生のうちから少しずつ教えてあげて、徐々に手を離していくという丁寧さが必要です。

 それによって、下級生に責任感と「自分も部の運営を担っている」という意識を植えつけ、「快適ゾーン」から「学習ゾーン」への移行を図ろうとしたわけです。

(『逆境を楽しむ力』69ページに掲載)
(『逆境を楽しむ力』69ページに掲載)
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 ラグビー部内の活動に関しては、方針や運営の大枠は監督やコーチ、スタッフで考えますが、そこから先は、基本的に学生が自分たちで決めて運営します。活動の中心となるのは、健康安全委員会、体づくり委員会、風紀委員会、チームビルディング委員会など七つの委員会で、必要があれば臨機応変に新しい委員会を立ち上げます。これはいわば「職種別」のチーム編成で、各委員は自分たちに与えられたテーマを掘り下げるだけでなく、そのナレッジを部内に広めていくにはどうしたらよいかを考え、実行します。

 これとは別に、1年生から4年生をミックスして10グループに分けた「クラス」もあります。これは、小中学校の学級と似ています。4年生が担任の先生役になって、必要なことを伝えたり、あるテーマについてみんなで議論したりする小グループです。さらに、各学年には3名ほどの代表がいて、学年ごとのミーティングもあります。

「ホームベース型」への変革で、チームは「自律学習型組織」に進化した(写真提供:帝京大学ラグビー部)
「ホームベース型」への変革で、チームは「自律学習型組織」に進化した(写真提供:帝京大学ラグビー部)
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組織変革に終わりはない

 このように、部内を「タテ」と「ヨコ」でつなげていくことで、担当者が一人で頑張っているのではなく、責任を分担し、全員が当事者意識を持てるようになっていく。また、決めたこと、つまり計画や戦略の実行も、スムーズに進みやすくなります。こうした「タテ」「ヨコ」の組織は、体で言えば毛細血管です。いかに体の細部まで血液を行き渡らせることができるか。血流が不十分であれば、体の隅々まで酸素や栄養素が届けられず、いわゆる「冷え症」の状態になります。冷え症になれば、つらいだけでなく免疫力などが低下し、さらに他の病気につながるおそれもある。組織で言えば、逆境に弱くなる。そのため、組織(会社の組織も体の組織も)というのは、末端まで血のめぐりがいいことがとても大事です。

 「脱・体育会」を目指した「逆三角形型」の組織は、連覇が途切れた一つの要因をつくったかもしれませんが、チャレンジした意義は大いにあると思います。「快適ゾーン」にいることの怖さについて身をもって感じたのは貴重な経験でしたし、それを経験できたからこそ、組織構造を「逆三角形型」から「ホームベース型」に進化させるというアイデアが生まれました。

 組織や文化の改革に終わりはありません。そのため、「ホームベース型」は最終形ではないはずです。

 絶対的な権力を持つリーダーが集団を強引に引っ張っていく時代は過ぎ去ろうとしています。元マッキンゼーの経営コンサルタントで『ティール組織』(英知出版)の著者であるフレデリック・ラルーは、組織には「レッド(赤)」「アンバー(琥珀)」「オレンジ」「グリーン」「ティール(青緑)」の五つのフェーズ(段階)があり、最も進化した第5段階が「ティール(青緑)」組織だとしています。非常に簡単に説明すると、レッドは「恐怖による統治(マフィア、ギャング)」、アンバーは「厳密な上意下達、ピラミッド構造(軍隊)」、オレンジは「実力主義・能力主義に基づくピラミッド構造(企業)」、グリーンは「階層構造は残るが、個を重視した人間らしい組織(家族)」、ティールは「一つの生命体のように、平等に責任と権限が与えられ、進化を続ける組織」のことです。体育会組織に当てはめて考えると、昔ながらの体育会は「アンバー」、やや先進的な体育会は「オレンジ」という感じでしょうか。「オレンジ」の次は「グリーン」と考えると、これから進むべき方向が見えてくるかもしれません。

最強集団を築き上げた「心理学的手法」とは

 「学生ラグビーの最強集団」である帝京大学ラグビー部。その強さの秘訣は、26年間、監督を務めてきた岩出雅之氏のチームビルディング術とモチベーションマネジメント力にあります。
 心理的安全性、成長マインドセット、ナッジ、心理バイアス、フロー、自己肯定感、OODA(ウーダ)ループ、マズローの欲求5段階説、ハーズバーグの2要因理論、内発的動機(ときには脳科学も)――。これらの手法を、ラグビー部の組織運営や人材育成、組織文化の形成に次々と取り入れ、実際に大きな成果を出しています。岩出氏が常勝集団を築き上げたノウハウを、ビジネスリーダーや経営者向けに、実践的かつ分かりやすく解説しました。

岩出雅之(著)、日経BP、1870円(税込み)
6月13日『逆境を楽しむ力』出版記念オンラインセミナー開催!
岩出雅之氏が語るチームビルディングの極意

■開催日時:2022年6月13日(月)19:00~20:00(予定)
■募集人員:当日先着500人
■開催方法:Zoomによるオンライン開催
■参加料金:無料
 お申し込みや詳しい開催概要について
 →日経BOOKプラス 6月13日『逆境を楽しむ力』出版記念セミナー