競争相手の存在しない新しい市場「ブルー・オーシャン」をつくり上げる。ベストセラー 『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』 (W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著/有賀裕子訳/ランダムハウス講談社)を、慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授の清水勝彦さんが読み解きます。第1回は、「ブルー・オーシャン戦略」の考え方。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』から抜粋してお届け。

※本書は「新版」が2015年に刊行されていますが、本稿は2005年刊行の初版に基づいて書かれています(本の写真は初版のもの)。

競争をしないために

 「競合との正面対決でへとへとになっていませんか」。本書の基本メッセージを一言でまとめればこうなります。こうした状態を仏ビジネススクールであるINSEADのキム、モボルニュ両教授は、「血みどろのレッド・オーシャン」と呼びます。その上で、そこから抜け出すために新しい市場「ブルー・オーシャン」を生み出すことの必要性を説くのです。

 2005年にベストセラーになった本書の骨格は、1990年代後半から2000年代前半までにハーバード・ビジネス・レビュー誌に掲載された3本の論文です。連載第1回ではまず「ブルー・オーシャン」そのものについて考えます。

 企業戦略の源はクラウゼビッツ、毛沢東で有名な戦争論です。結果として「戦略とは一定の限られた土地をめぐって敵と向き合うことを意味する」と思い込んでしまうのだと著者は指摘します。つまり、境界の決まった市場で競合相手と正面対決することを前提とし、戦略といっても結局消耗戦に陥ることが多いというわけです。企業はそうした「レッド・オーシャン」では労力の割に利益が上がりません。

 したがって、競争をしないこと、少なくとも当面は競争相手の存在しない新しい市場をつくり上げることが必要だというのです。それは多角化とは少し違います。多くの場合の多角化とは、自社にとっては新しい市場であっても、すでに市場として存在し、競合相手もいるからです。

「レッド・オーシャン」では利益は上がらない(n_defender/shutterstock.com)
「レッド・オーシャン」では利益は上がらない(n_defender/shutterstock.com)

 ただ、「へとへと」になるのは単に消耗戦になるからだけではありません。どこに行くのか分からない、つまり「夢」とか「希望」がないときに「へとへと」になるのです。「レッド・オーシャン」であっても、企業の目標が明確でそれが共有されているとき、喜々として競争に向き合う社員がいることも忘れてはいけません。「戦略より戦闘」を合言葉にしていたリクルートは、その実例といえるでしょう。

多角化で「レッド・オーシャン」に

 企業の多角化については1980年代には多くの研究がなされ、実際に多くの企業が多角化をしていたのですが、その後「集中が大切だ」ということになり、かなりすたれました。

 しかし、多角化を新事業の創造というところまで含めていえば、その在り方が再び経営者から注目されているように思います。特に日本でいえば、国内市場の成熟ということだけでなく、新興国への進出が日本のモデルを持っていくだけではなく、かなり新たな要素を取り入れた「新規事業」的な色彩が濃いという点が認識され始めているからではないでしょうか。

 逆に「日本で成功したから、アジアでも当然成功するはずだ」と“上から目線”で行って、返り討ちにあっている有名企業も少なくありません。

 一方で、米アップルがつくり出したといってもいいスマートフォン市場、タブレット市場はアップルを「世界で最も価値のある会社」に押し上げる原動力となりました。

“上から目線”で参入すると返り討ちにあう(Lewis Burnett/shutterstock.com)
“上から目線”で参入すると返り討ちにあう(Lewis Burnett/shutterstock.com)

 少し古いですが、ロンドン・ビジネス・スクールのコスタス教授のハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文(「To diversity or not diversity」1997年)は多角化、特に「成長市場への参入」に関していくつも重要なポイントを指摘してくれています。

 まず、よくいわれるシナジーに関して、既存事業の資産、ノウハウは、「あるか、ないか」ではなく、競争相手に比べて「強いか、強くないか」で評価されなくてはなりません。

 しかし、往々にして企業は「何が強いか」よりも「何をやっているか」の方に視点が行きがちで、「当社はエンターテインメントビジネスである」といった漠然とした領域設定をして手を広げてしまいがちだとコスタス教授は指摘します。

 さらに、新規事業の競争に勝つためには、そのために必要なすべての条件をそろえなければなりません。ところが、往々にしていくつかを満たしただけで、必ず成功するつもりになってしまう企業が多いと警鐘を鳴らします。

 野球で優れたバッターがそろっていても投手力や守備が弱ければ勝てないように、技術が転用できてもチャネルが弱かったり、ブランド力はあっても商品力が弱かったりすればやはり勝てないのです。

 さらにいえば、こちらは「新規事業」の一つかもしれませんが、迎え撃つ競争相手にとっては生き死にのかかる本業です。すべての条件をそろえて、しかもそうした競合と同等以上の実行があって初めて成功に結び付くのです。

 多角化、特に大手企業のそれを見る場合、いかにも「(人も含めた)遊休資産」の活用ではないかという場合が多いように思います。「放っておいても無駄だから、少しでも貢献してくれれば」という甘い考えでの新規事業参入では、真剣勝負の競合に勝てるわけはありません。

 そう考えてみると、結局「あっちの水は甘そうだ」ということで参入する新規事業の成功可能性は、そもそもそうした発想からして甘い場合が多いといえるでしょう。本書の立場からいえば、「ブルー・オーシャン」をつくるのではなく、「レッド・オーシャン」に自ら足を踏み入れているようなものです。甘い匂いに誘われて、食虫植物にからめ取られる昆虫のようです。

カードの組み合わせを変える

 話を元に戻します。キム、モボルニュ両教授は「ブルー・オーシャン」戦略を「reconstructionist=再構築主義」の見方だと指摘します。つまり、何か新しいものを考えるときに、まったくゼロから発想するのではなく、既存の事業や資源をもとに、見方や組み合わせを変えることで新しい市場を生み出し得るということです。

 これはシュンペーターのイノベーション論、つまり「イノベーションとは既存の要素の新しい組み合わせである」とも通じるところがありますし、作家の塩野七生氏がローマの長い歴史から見て組織の改革という点に触れた次の言葉とも呼応するのではないでしょうか。

 大切なのはまず自分たちが置かれている状況を正確に把握した上で、次に現在のシステムのどこが現状に適合しなくなっているのかを見る。そうしていく中ではじめて「捨てるべきカード」と「残すべきカード」が見えてくるのではないかと、私は考えるのです(『ローマから日本が見える』<集英社文庫>より)。

 「ブルー・オーシャン」戦略においても、世の中で何がはやりそうだ、どのようなトレンドがあるかといたずらに騒ぐのではなく、自分の組織に何があるか、つまり「手持ちのカード」をよく見ることこそが重要ではないかと思い当たります。

 天下国家については一家言持っていても、自社の社員のことについてはあまり知らない経営者は、意外に多いような気がします。

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