ポーターは、競争相手に打ち勝つ方法は3つのパターンに大別できるとして、「3つの基本戦略」を示しました。3つを同時に追求することは難しく、どれか1つに絞るべきだと言います。経営戦略論の定番として40年以上読み続けられている『 競争の戦略 』(M.E.ポーター著/土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳/ダイヤモンド社)を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。

3つの基本戦略

 マイケル・ポーターの『競争の戦略』で有名になったものとして、「5つの力」の他にも、「3つの基本戦略」があります。企業戦略は自社を取り巻く競争要因に応じて異なるので、唯一の正解はありません。しかし、ポーターは競争相手に打ち勝つ方法は3つのパターンに大別でき、おのおのに一貫した原理があると示しました。

 1つめの基本戦略はコストのリーダーシップです。コスト面で優位であれば、競争が厳しくなっても、自社の利益性は相対的に守られるのです。ただし、コスト・リーダーシップは技術変化や新規参入などの環境変化のリスクに弱いともポーターは指摘しています。

 2つめの基本戦略は差別化です。製品機能やイメージなどで特長があれば、相対的な高価格が維持でき、同質的な競争も回避できます。この戦略でも、極端な低価格攻勢や、模倣をする競合に対しては、優位を守れなくなるリスクがあります。

 3つめの基本戦略は集中です。特定の市場に経営資源を集中して優位を達成すれば、その分野への新規参入は限定され、利益性が守られます。集中戦略は市場を限定するので、全体的に大きなシェアを取れるわけではありません。また、ターゲットとする市場の特異性が薄れれば、全体の市場で優位に立つ企業との競争に巻き込まれます。

競争に勝つための基本戦略は3パターンに大別できるという(写真:shutterstock)
競争に勝つための基本戦略は3パターンに大別できるという(写真:shutterstock)

 3つの基本戦略のどれも満たしていない場合、厳しい競争に巻き込まれ、利益率を低下させます。どれかを満たしていることが、地位を守る上で必要です。

 3つの基本戦略の複数を同時に追求するのは難しいとポーターは言います。特に、市場が成熟すると、一貫性のない戦略では競争できなくなります。かつて日本企業は「いいもの」(差別化)を「安く」(コスト・リーダーシップ)で海外市場を席巻しましたが、より低コストのアジア企業が台頭して苦戦を強いられています。どれか1つに基本戦略を絞らない限り、窮地からの脱出は難しくなっています。

コスト・リーダーシップ戦略の弱点

なぜコスト・リーダーシップ戦略は環境変化に弱いのですか?

 コスト・リーダーシップ戦略の基礎となっている主な要素は、 連載第2回 で紹介した規模の経済と経験効果です。経験効果とは累積生産量が増えれば増えるほど、製造などの経験則が蓄積されて、コストが下がるという効果です。

 ただし、経験効果に関していうと、現在の環境ではそれほどの優位性にはなりません。1960年代のように、ライフサイクル初期の製品が多く、生産技術が確立されていなかった時代は、累積生産量の多い企業の方がコスト効率を高めることができました。しかし、現在のように生産技術が確立されてくると、同業大手はすべてほぼ同水準のコスト効率を実現できていて、大きな差にはなりにくいのです。

 一方で、経験効果以外の要素で生産コストが大きく下がるのも現在の特徴です。デジタル製品などのように技術が大きく進歩した分野では、旧世代の技術で累積生産量を追求するよりも、新世代の技術を採用した方がコスト優位を容易に実現できる場合があります。また、人件費の低い国に立地をシフトすることでも、コスト低減効果は実現できます。

 かつて経験効果がコスト低減のカギであった時代は、既存の大手企業の方が優位であり、その地位はなかなか逆転しませんでした。当時は、経験効果は参入障壁としても意味があったのです。しかし、新世代技術を採用したり、新興国に立地したりすればコストが下がるという場合、むしろ新規参入企業の方が優位に立てる可能性が出てきます。

 日本企業の多くは、1970年代から80年代にかけて、人件費が低く、新世代の技術を採用したことで欧米企業よりも優位に立ち、さらにカイゼン活動で経験効果をフルに生かしたコスト低減を追求してきました。この時点ですでに、かつての欧米のコスト・リーダー企業の地位を逆転していたわけです。

日本企業はかつてコスト低減で欧米企業よりも優位に立っていたが…(写真:shutterstock)
日本企業はかつてコスト低減で欧米企業よりも優位に立っていたが…(写真:shutterstock)

 今はアジアの企業に地位を逆転されています。コスト・リーダーシップ戦略は、既存の業界内での相対的なポジションとしては有効ですが、まったく新たな競合の出現に対しては必ずしも盤石ではないのです。

差別化戦略で長期的に優位に

差別化戦略も模倣に対しては弱いのでしょうか?

 差別化戦略は、顧客に対して重要な価値を独自の方法で生んでいる限りは、価格競争に巻き込まれずにすむため、相対的に高い利益率を実現できます。例えば、ソニーなどの薄型ノートパソコンが十数万円していた時代は、その薄さとデザインと機能に顧客が価値を認めていたと言えます。しかし、台湾製などが5万円以下で売られるようになって以降は、多少の機能の差では価格差を維持できなくなり、実勢価格が低下していきました。

 かつて薄型・小型は日本メーカーのお家芸でした。しかし、それはアナログ時代の話です。トランジスタやダイオードを小型化して、それを斜めに取り付けるなどして薄いボディに収めるというのは、なかなか模倣できないことでした。大規模集積回路(LSI)の時代になってもしばらくは、相対的な優位性がありました。

 しかし、今では外部から安く買ってきた電子部品を取り付けるだけで、誰でも薄型製品は作れます。ハードウエアとしての機能は、顧客が買い替えるたびに最適なものをその都度選べるので、模倣によって追いつかれると、同じ土俵での価格比較に引きずり込まれてしまいます。

 ハードの機能が模倣されにくいのは、電子部品ではなく機械部品の方です。例えば、コピー機やプリンターにおいて日本メーカーがまだ優位を保てているのは「紙送り」を素早く、詰まらせずに行うメカニカルな技術が確立しており、その模倣が容易ではないためです。

 ハード以外の要素で差別化されている場合も、ユニークな価値を提供することができれば、顧客が「ファン化」して継続的に購入してくれます。米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」やタブレット「iPad」は、アンドロイド端末などに機能を模倣されても、むしろファンの数が増えています。

 模倣されにくい領域をコアとして差別化戦略を追求することができれば、長期的に優位を維持しやすくなるのです。

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