新連載「あの話題書の著者が今、伝えたいこと」。最初の登場は著書 『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』 (日本経済新聞出版)が13万部のベストセラーとなった北野唯我さん。刊行から少したった今、北野さんは何を考えているのか。3回目は我が国の現状やこれから書いてみたい本について聞いた。

学生起業家に期待

──編集部(以下、──) 『天才を殺す凡人』を刊行されたのが2019年。その後、新型コロナウイルスの流行、ロシアによるウクライナ侵攻と世界は大きく変わりました。今の日本の状況をどう思いますか。

北野唯我さん(以下、北野) 生きづらい世の中になってきていると思います。でも、ネガティブなことばかり言っていても始まらないので、1つ明るい可能性をお話ししましょう。これからの時代、日本でも「学生起業家」が注目されると思います。

 世界を見ると、新しいイノベーションは学生起業家から生まれています。GAFAMではジェフ・ベゾス以外すべて学生起業家が創業しています。日本では江副浩正さんや孫正義さんがいますね。

 これまでの日本だと、いくら優秀な学生起業家が出てきたしても、「悪目立ちしてつぶされる」状態でした。まさに凡人が天才を殺していました。しかし、今は国内のベンチャー投資家のレベルが上がり、学生起業家やスタートアップに対する風向きが変わりました。日本からまったく新しいビジネスが生まれる可能性もゼロではないと思います。

 日本はもっと変わっていかないと、優秀な学生が海外や外資系に流れてしまいます。僕が取締役を務めるワンキャリアの就活サイトでも、多くの学生が外資系コンサルティング会社を第1志望にしています。

「日本企業と外資系企業の待遇に大きな差が生じています」と話す北野唯我さん
「日本企業と外資系企業の待遇に大きな差が生じています」と話す北野唯我さん
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日本企業と外資系に大きな差

北野 日本経済の低迷が長期化し、日本企業が初任給として支払う給与と、外資系がグローバルな水準で支払う給与とでは、明確な差が生じています。待遇と職場で得られる経験値の両面を見れば、外資系コンサルにとどまらず外資系の方が魅力的になっています。

 僕は「キャリアのメジャーリーグ問題」と呼んでいますが、日本のプロ野球では、安い年俸で獲得した選手を育成し、5年間ぐらい活躍したら、メジャーリーグに移籍させるという流れがあります。

 同様のことが日本の雇用システムで起きています。新卒で日系大手企業に入った人が会社で成果を出しても、給与がなかなか上がらないので、GAFAMへ転職してしまう。すなわち日本の企業が「キャリアの育成場」と化している。

 ここ半年ほどは円安が加速し、外貨のパワーがさらに強まっています。すると、「物価の安い日本で、グローバル基準の給与がもらえるなら、めちゃくちゃコスパがいい」と、合理的に考える人が増えるでしょう。日本にいながら外資系企業で働く──「リモート出稼ぎ」が加速するかもしれません。

 日本企業の意欲のある採用担当者は、「どうやって外資に勝つか」と危機感を強めていますが、気づいていない人も多いと思います。

仮想空間が希望になるかも

──学生起業家や新卒者ではないビジネスパーソンにとっては、どんな世の中になるんでしょうか。

北野 まだまだ生きづらい世の中が続くかもしれません。社会格差もありますし。そんな中でWeb3や仮想空間は希望になるかもしれません。

 最近、聞いた話で面白かったのは、「今の地球には3つの世界がある」ということ。1つは「地球」、2つ目は「火星(宇宙)」、最後が「仮想空間」です。今の若い世代から見ると、地球上のゲームの勝敗は生まれながらにして勝敗が決まっている。誤解を恐れずに言えば、例えばGAFAM創業者の子どもたちは間違いなく経済的には勝ち組となります。

 しかし、仮想空間においては、人種や性別、年齢、外見、社会的地位から自由になれます。若い世代が仮想空間に向かいたくなるのも分かる気がします。

「SFを書いてみたい」

──今後、書いてみたいジャンルや作品はありますか。

北野 SFです。SFというのは社会に対するインパクトがすごく大きいと思います。「SFで書かれていることは実現する」ともいわれています。村上龍さんの『希望の国のエクソダス』(文春文庫)はSF的小説で、現実を先取りしました。映画『マトリックス』の世界はまさに実現しようとしています。SFでまだ実現していない未来を描くことは、チャレンジに値すると思います。

 まずSFのような書物が近未来図を描き、それにインスピレーションを受けた企業が、未来と現実の差分を埋める技術を開発していくことを繰り返し、社会は進化してきたのだと思います。

「SFは社会に大きなインパクトを与えている」と話す北野さん
「SFは社会に大きなインパクトを与えている」と話す北野さん
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 僕はよく「どうして本を書くのですか」と聞かれます。その答えは、本は自分の寿命を超えて残るものだから、です。いい本は社会に大きな影響を及ぼし、未来のテクノロジーの姿を導いていきます。そんなすごい本を、一生のうちに1冊ぐらいは書いてみたいのです。

 そして、企業のリーダーに求められる役割の1つも「差分を埋めること」です。受験生が「〇〇大学に合格したい」というコンセプトを持ったら、そこから合格と自分の間にある差分を埋めようとします。

『天才を殺す凡人』も、犬がしゃべるなど、SFっぽい物語だ
『天才を殺す凡人』も、犬がしゃべるなど、SFっぽい物語だ
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 企業においても同じです。「コンセプトをチームに注入すること」、つまり「インセント」(incent)することが偉大なリーダーの役割の第一歩です。「我々の目指す道はこれ」とコンセプトを決めたら、そこに至るまでの差分を技術やマネジメントで埋めていく。それを行うために、『天才を殺す凡人』で示したように、やはり「創造性」を失わずにいたいです。

──最後に読者へのメッセージをお願いします。

北野 『天才を殺す凡人』では、「天才」「秀才」「凡人」の3タイプに分けて説明しましたが、実は誰の中にもそれぞれの一面が存在しています。人は生まれた瞬間はみな「天才」のはず。それなのに「自分はしょせん凡人」と決めつけ、自ら才能を殺してしまうのはもったいないことです。失敗を恐れず、どんどんチャレンジを続けてほしいと願っています。

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 撮影/木村輝

あなたは凡人? 秀才? それとも天才?

人間の才能とは何か。なぜ人はすれ違ってしまうのか。私たちは自分の中にどのように才能を見いだし、どうやって伸ばしていけばいいのか。注目のビジネス作家が90分で読める物語にまとめた、超・問題作。

北野唯我著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)

>>こちらから【音声】声優・梶裕貴が朗読する『天才を殺す凡人』の「はじめに」をお聞きいただけます。