ネットの新しい動きとして、「Web3(Web3.0)」に大きな注目が集まっています。NFT(非代替性トークン)、DAO(分散型自律組織)、暗号資産、スマートコントラクトといったキーワードが次々と登場し、それらに関するベストセラーも生まれています。ただ、この新しい潮流を捉えようとしても、Web3の概念自体が分かりにくく、どの本を読めばよいのかも悩ましいものです。そこで、 『アフターデジタル』 などの共著者であり、ネットの最新状況に詳しい尾原和啓さんにWeb3とは何か、今読んでおきたい本はどれかを聞きました。

「価値の相対化」にはSF小説を読むのが一番

 Web3によって中央集権型から非中央集権型へ社会が移行し、資本主義と民主主義が再構成されます。もっとも、これまでの資本主義と民主主義があまりに便利すぎたために、再構成に追いついていくには相当な努力と覚悟が必要です。

 こうした新しい社会に対応するには、まずは現在の資本主義と民主主義の価値を別のものと比べて相対化するプロセスが重要になります。ここで言う「価値を相対化する」とは、一面的、絶対的にある価値を正しいと考えるのではなく、複数の価値を比較することで多面的にその価値の本質を捉えるということです。

 そうすれば現状が必ずしもベストではなく、ワン・オブ・ゼムなんだと分かります。「価値の相対化」で現在の社会構造を客観視できれば、未来の社会をどうつくっていくかを考えられるようになります。

 では、価値の相対化はどうすれば学べるのでしょうか。一番簡単な方法はSF小説を読むことです。

 中でも「価値の相対化」に効果的なのが、SF小説の 『ハーモニー』 (ハヤカワ文庫)です。著者、伊藤計劃の作品を楽しむなら、最も有名な 『虐殺器官』 (ハヤカワ文庫)から読むのもよいでしょう。『ハーモニー』では個人が遺伝子レベルで管理されることが当たり前になったユートピア/ディストピアで育った子どもたちがどういう価値観を持ち、どう考え、どう生きるのかが描かれています。主人公自身が持つ価値観は、現代の我々が持っているものとかなり似ていて、だから作品の中で描かれる社会に違和感を抱いています。

『ハーモニー』からは、主人公視点から現実世界を俯瞰(ふかん)することができる。Web3の社会を考えるために現在と未来の価値を比較するのに役立つ
『ハーモニー』からは、主人公視点から現実世界を俯瞰(ふかん)することができる。Web3の社会を考えるために現在と未来の価値を比較するのに役立つ
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 この小説では極端に中央集権が進みすぎてしまった世界で育った人には、そうでない考えを持つ人がどれだけ異端に見えるのかが描かれています。

 つまり、読者は主人公の目を通して物語の中の架空の世界を体験し、僕らが生きる現実世界の価値観を相対化できるのです。 『ハーモニー』を読むことで、Web3によって訪れる分散型の社会に対して、今の中央集権を維持しようとする人たちはどう考えるのか、それにどう対応すべきなのかが見えてくるでしょう。

Web2.0からWe3への移行は、2つの文明が融和するSFで理解できる

 価値の相対化を知るうえで参考になるという点で言うなら、同じSFというジャンルに属する小説 『あなたの人生の物語』 (ハヤカワ文庫)と、その映画化作品『メッセージ』も素晴らしいと思います。 『あなたの人生の物語』/『メッセージ』は、SF作品のなかでも、人類が地球外の異文明と出合ったときに起こるさまざまな出来事を描く「ファースト・コンタクトもの」と分類される作品です。

 本書では、人類が抱える「物理的な制限」を受けない異星人との出会いが描かれています。 そうした制限を受けない異星人たちは、どうコミュニケーションを取り、どう思考し、どう文字を書き、どう移動し、どう生活をするか。

 たった1つの、しかしとても大きな違いが生み出す2つの文明の有り様を、徹底した整合性を持たせながら描写しているのが、『あなたの人生の物語』/『メッセージ』のすごさです。2つの文明が出合うときに、お互いに多大な混乱が起こるのですが、その混乱の中でどう融和していくかが物語の軸となっています。異文明の人から自分たちはどう見えるかが描かれることによって、逆に自分たちの価値観が相対化されていくわけです。

「SF作品を通して異文明の人からの視点を経験し、価値の相対化ができる」(写真=千川修)
「SF作品を通して異文明の人からの視点を経験し、価値の相対化ができる」(写真=千川修)
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 会社や社会の在り方が中央集権でいる、資本主義は資本と労働者を分断している、そうした色々な「当たり前」の中で僕らは今生きています。でも、その当たり前が当たり前ではない社会はあり得るし、今の社会が最善のものであるとは限らないということを、SF小説や映画は教えてくれます。

取材・文/稲垣宗彦