古今の名著200冊の読み解き方を収録した新刊 『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』 の著者・堀内勉氏が、古典を題材に識者と対談を重ねてきた当連載。第3回のゲスト、Mistletoe創業者で連続起業家の孫泰蔵氏が選んだ「読むべき1冊」は『後世への最大遺物』だった。本書から何を学ぶべきか。さらに著者・内村鑑三の名著を含む「3大日本人論」について『読書大全』収録の書評を抜粋・再編集して紹介する。孫氏との対談と併せて、より多角的な読書体験へ、ようこそ。

改めて、読むべき古典この1冊
『後世への最大遺物』

日本のキリスト教思想家である内村鑑三の講演録。後世に残す価値があるものについて論じる。

気骨の人は何を残したのか

 『後世への最大遺物』は、キリスト教思想家の内村鑑三(1861~1930年)が、日清戦争の起きた1894年に箱根の芦ノ湖畔のキリスト教徒夏期学校で行った、日本人学生に向けた講演の記録です。

 本書ではまず、「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない」との思いを語り、後世に遺(のこ)していく価値あるものとして、金、事業、思想を順番に説明していきます。

 そして、最終的に誰にでも遺せるものとしてたどり着いた「本当の遺物」は、「勇ましい高尚なる生涯」であるとして、次のように語っています。

 「後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。(中略)この世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。」

 勇ましい高尚なる生涯であれば、金や事業のように時に有害になることもなく、後世の人々の生き方に最も良い影響を与えることができるというのです。

 内村は、本講演に先立つ1891年、教育勅語に最敬礼せずに降壇したことを糾弾された「内村鑑三不敬事件」で第一高等学校を追われています。その後も、足尾銅山鉱毒反対運動や日露開戦を巡る非戦論展開など、キリスト教思想に基づく社会・文明批判を続けた気骨の人でした。本書の序文では、内村自身にとっての「後世への最大遺物」は、本書そのものであると述べています。

英語で書かれた「3大日本人論」

 そんな内村が世界に向けて英語で書いた著作が、『代表的日本人』(Japan and The Japanese 1894年刊/ The Representative Men of Japan 1908年刊)です。

 西郷隆盛(1828~1877年)、出羽国米沢藩9代藩主・上杉鷹山(ようざん 1751~1822年)、報徳思想の経世家・二宮尊徳(1787~1856年)、近江聖人と称(たた)えられた陽明学者・中江藤樹(とうじゅ 1608~1648年)、日蓮宗の開祖・日蓮(1222~1282年)という歴史上の人物の生き方を通じて、西欧に向けて日本の精神性の深さを説いたものです。

 当時の日本は、日清・日露戦争に勝利して世界から注目を集めていましたが、鎖国を解いて50年ほどで、まだ一面的な捉え方がされていました。そこで内村は、欧米人にも分かりやすいように聖書の言葉を引用したり、西洋の歴史上の人物を引き合いに出したりしながら、代表的日本人の生き方を通じて、日本にキリスト教文明に勝るとも劣らない深い精神性が存在することを示したのです。

 本書は、新渡戸稲造の『武士道(Bushido)』、岡倉天心の『茶の本(The Book of Tea)』と並び、英語で書かれた「3大日本人論」のひとつに数えられています。

 せっかくなので、この2冊についてもご紹介しましょう。

武士道は「日本の魂」

 『武士道』(Bushido: The Soul of Japan 1899年刊)は、教育家の新渡戸稲造(1862~1933年)が、武士道の精神を欧米に紹介するために英語で書いた著作です。アメリカに次いで日本で出版され、その後、ドイツ語、ポーランド語などに次々、翻訳・出版されました。

 本書の執筆は、新渡戸がドイツ留学中、ベルギーの法学者から、「宗教教育がない日本はどのようにして子孫に道徳を教えるのか」と問われたことがきっかけでした。新渡戸は、武士道を「日本の魂」として捉え、「武士道(シヴァリー)はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である」「武士がその職業においてまた日常生活において守るべき道を意味する。一言にすれば『武士の掟』、すなわち武人階級の身分に伴う義務(ノーブレッス・オブリージュ)である」といいます。

 そして、武士の価値観としての「義」「勇・敢為堅忍の精神」「仁・惻隠の心」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という7つが、近代日本人の道徳観として残されているとします。

 新渡戸は、武士道の究極の理想は「平和」であるという理想に基づいて、日本が戦争への道を突き進む中で「非戦」を訴え続けますが、1932年、第一次上海事変についての軍部への批判を契機に、軍部やマスコミから徹底的に非難され、失意の晩年を送ったとされています。

「不完全なもの」を崇拝

 『茶の本』(The Book of Tea 1906年刊)は、ボストン美術館で中国・日本美術部長を務めていた岡倉天心(1863~1913年)が、茶道の精神を欧米に紹介するために英語で書いた著作です。

 茶道を仏教(禅)、道教、華道との関わりから広く捉え、欧米の物質主義的文化と対比して、日本人の美意識や文化を解説した文明論です。ジャポニズム(日本趣味)の流行や日露戦争で日本への関心が高まる中、欧州各国で翻訳されました。

 本書は、「人情の碗」「茶の諸流」「道教と禅道」「茶室」「芸術鑑賞」「花」「茶の宗匠」の7章からなります。

 岡倉は、茶道について、「日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々(じゅんじゅん)と教えるものである。茶道の要義は『不完全なもの』を崇拝するにある。(中略)それはあらゆるこの道の信者を趣味上の貴族にして、東洋民主主義の真精神を表わしている」といいます。

 岡倉は、ボストン美術館に勤めてから、欧米社会に対して日本文化の奥深さを伝えることを自らの使命と考えるようになりました。そして、新渡戸稲造の『武士道』の影響で、日本人の「武士道――わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術」のみに焦点が当たることに違和感を持っていて、平和的で内省的な文化である茶道にこそ日本精神の神髄があると訴えたのです。

日経ビジネス電子版 2021年6月22日付の記事を転載]

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