無心の自己修養と克己心が、人間をどこまでも前進させます──。英国の作家、サミュエル・スマイルズが書いてベストセラーとなった 『自助論』 を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕』 (高野研一著、日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。

向上意欲の前には限界はない

 大きな成功をもたらす好機・幸運は、常に手の届くところで私たちを待っています。問題はそれが見えるかどうか、それを機敏に捉えて実行に踏み出すかどうかです。そのために必要なものは「常識や集中力、勤勉、忍耐力のような平凡な資質」であるとスマイルズは指摘します。

 例えば、ニュートンは重力の問題に長年専心してきたからこそ、目の前にリンゴが落ちるのを見てひらめき、万有引力の法則を理解しました。大航海でなかなか陸地が見つからず、船内が険悪化する中、コロンブスは船尾に漂う海草から陸地が近いことを発見し、船員の心を静めました。

 これらの事例を踏まえて、『自助論』は「賢者の目は頭の中にあり」と言います。思慮の浅い人間には何も見えなくても、聡明(そうめい)な洞察力を持つ人、独力で活路を開こうと努力を続ける人は、目の前の事物に深く立ち入り、その奥に横たわる真理にまで到達し、好機を手にできると言うのです。

 向上意欲の前には限界はありません。無心の自己修養と克己心が、人間をどこまでも前進させます。万人に平等な機会が与えられている学校教育などより、苦行と呼べるほど自ら一心不乱に打ち込んだ自己修養の方がはるかに才能を高める役に立ちます。成功に必要なのは「道なくば道を造る」という意志と活力、そして意志に与えられた正しい目的・方向性であると同書は結論づけています。

 意志は善悪を問わず突き進むため、そこに正しい方向性を与えることが必要です。「不可能という言葉は、愚者の辞書に見ゆるのみ」と言ったナポレオンは、強い意志と活力の塊でしたが、善と結びつかない権力であったがゆえに、自らを破滅させました。対照的に、探検家でアフリカの奴隷解放にも尽力したリビングストンの意志、活力、功績は、今も世界の人々から称賛されています。

聡明な洞察力を持つ人、独力で活路を開こうと努力を続ける人は好機を手にできるという(写真/shutterstock)
聡明な洞察力を持つ人、独力で活路を開こうと努力を続ける人は好機を手にできるという(写真/shutterstock)
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「一意専心」で圧倒的支持を獲得

 目の前の事物に深く立ち入り、その奥に横たわる真理にまで到達し、好機を手にする──。こうした事例は、企業経営においても見ることができます。例えば、スポーツ用品メーカーのアシックスは、より機能に優れたシューズの開発と提案のために、人間の足の研究を続けていることで知られています。同社の直営店を訪れると、経験を積んだスタッフが足のサイズや走り方を計測して、顧客によりフィットしたシューズを提案してくれます。

 それ自体が顧客を深く理解し、顧客に合った製品の価値を深く伝えることにつながりますが、これは日本人の足のデータを蓄積する過程でもあります。そうして計測された膨大な足のデータは長年にわたって蓄積され、同社が協賛するマラソンイベントなどで収集されるアンケート調査結果とともに、新製品や新技術の研究開発に生かされています。

 神戸市にあるスポーツ工学研究所では、シューズの構造設計や材料などの研究と並んで、そうしたデータ収集に象徴される人体の特性やその経年変化に関する研究も行われています。

 一例を挙げると、同社では日本人の筋力低下の原因の1つが、幼児期の運動量や歩数の低下にあるとの考えに基づいて、成長過程を踏まえた子どもと大人の足の構造や歩き方の違い、子どもにあったシューズの柔軟性などの研究をしています。

 その結果を基にして、少しでも子どもが運動しやすく、また、運動が正しい発育につながるようにと開発された同社の幼児用シューズ「スクスク」は、同カテゴリーでは圧倒的な顧客支持を得ています。

「天才的ひらめき」を呼ぶ顧客との対峙

 結論だけ聞けば、「子どもと大人の足が違うのは当たり前じゃないか」と思われるかもしれません。しかし、ニュートンの万有引力発見のエピソードと同様に、それは日本人の足のことを考え続けてきた同社だからこそ着目でき、ビジネスにつなげることができた真理なのではないでしょうか。

 同様のことは、米アップルの製品開発にも言えることです。同社は直営店「アップル・ストア」に持ち込まれる製品への質問、使い方の相談、修理依頼などを蓄積し、それを真摯に分析することで、顧客がどこにどのような不満を感じているか、何を求めているかを深く追究し、製品の改良や開発につなげています。

 創業者のスティーブ・ジョブズ氏に象徴されるように、一部のカリスマが天才的なひらめきで作ったように見える同社の製品も、実は目の前の「顧客」という事物とその行動様式を深く探究し続けた結果得られた示唆の結晶なのです。

 正しい目的と方向性を持って、「道なくば道を造る」という意志と活力で成功を成し遂げた経営者は日本にもたくさんいらっしゃいますが、代表例の1人は松下電器産業(現・パナソニック)を創業した松下幸之助氏でしょう。

 著書『道をひらく』でも書かれているように、執念をもって初志を貫き、常に自ら能動的に考え、学び、行動して、先駆開拓していくことの重要性を同氏は説き、また実践してこられました。

 誰もが無理だと思ったことに挑戦し、無数の失敗を繰り返しながら成功を収めてきた同氏の生き方、「こけたら、立ちなはれ」というようなシンプルながら厳しい同氏のメッセージは、まさに意志と活力で成功を収めた最たる例でしょう。

成功の条件はシンプル

 また「水道哲学」と呼ばれる同氏の「水道の水のように電化製品や物資を潤沢に供給することにより、物価を低廉にし自社の製品を消費者の手に容易に行き渡るようにしよう」というビジョンは、ナポレオンの例とは異なり、人として普遍的に正しい方向性を指しています。これも同氏の成功が第2次世界大戦をまたぐ実に長い期間にわたって継続し、同氏の意志、活力、功績が、今も世界の人々から称賛される理由なのではないでしょうか。

 以上のように、勤勉の中にこそ「ひらめき」があり、幸運は常に手の届くところで待っています。独力で活路を開こうと努力を続ける人だけが、それを手にすることができます。無心の自己修養と克己心が、人間をどこまでも前進させてくれます。

 そして、成功に必要なのは「道なくば道を造る」という意志と活力、そして意志に与えられた正しい目的・方向性です。それらがあれば、あとはそれに従って誠実に生きるだけで、豊かな人生を歩むことができるでしょう。

『自助論』の名言
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