「伝説のバンカー」と呼ばれた男がいる。その名は「大櫃(おおひつ)直人」。みずほ銀行の常務執行役員を務めた人物だ。NHKで放映された『プロフェッショナル 仕事の流儀』で大反響を呼んだ“リアル半沢直樹”の初の著書『「伝説のバンカー」と呼ばれた男 スタートアップを圧倒的に成長させる仕事術』が発売になりました。本書の抜粋・再構成でお届けする第1回では、最初に会ったメルカリ創業者の印象を紹介します。

 「この人、なんで穴だらけのジーパン履いてるんやろ。よっぽどお金がないんかな」これがフリーマーケットアプリを手がけるメルカリの創業者、山田進太郎さんと初めて会ったときの第一印象だった。若者のファッションにうとい私は、それが「ダメージジーンズ」というかなり高価でおしゃれなジーパンだったことを後になって知った。

 山田さんは最初に起業したソーシャルゲーム開発のウノウを米国企業に売却した後、世界放浪の旅を経てフリマアプリというビジネスモデルを見いだした。私が出会った2013年当時は、これからアプリのサービスを本格的に立ち上げようという時期だったと記憶している。

 「今度は会社を売ったりはしませんよ。最後までやり切って、何千億円、何兆円というビジネスにしてみせます」

 大きな目を輝かせながら語る山田さんの姿はとても印象的だった。私にとってはまだ何者でもない青年にしか見えなかったが、「すごいことを考えている人やな」といちいち感心した。

 「じゃあ今度ぜひ、会社にお邪魔させてください」
 そんなやり取りを交わしてから後日、支店の部下と一緒に名刺にあった住所を訪ねてみた。再開発で取り壊しが決まっていた六本木の古ぼけた雑居ビルで、入り口には夜の飲食店などから出されたゴミが大量に積まれていた。

 とてもオフィスがあるようには見えない怪しい雰囲気に若干、ひるんだ。「本当にここなのか」と部下に何度も確認したが、「住所は間違いなくここです」と言う。階段を上り、きしんだ音のするドアを開けたところ、狭い部屋の中で安っぽいパイプ椅子に座ってパソコンをたたいている山田さんを見つけた。

 そこはボロボロではあったが、起業家たちが入居するシェアオフィスだった。山田さんと同じフロアにいたのが、後に電子商取引(EC)サイト構築支援のBASE(ベイス)を立ち上げる鶴岡裕太さんだ。地位もお金もない若者が、夢や才能を武器に世の中を変えようとしている。そんな起業家たちの梁山泊(りょうざんぱく)のような場所だった。

 そうしたスタートアップの中でもメルカリはすでに頭一つ抜けた存在だった。2013年の夏にはフリマアプリ「メルカリ」のサービスを始めた。インターネットにおけるそれまでの不用品の売買はヤフー(現・LINEヤフー)のオークションサイトなどが主流だった。

 メルカリはそれをスマホを使って手軽に出品し、固定価格ですぐに取引できるようにした。その後、日本における不用品売買の市場を爆発的に広げることになる革新的なサービスだった。

 同じ年の12月には大和証券SMBC(現・大和証券)を経て、ミクシィ(現・MIXI)で最高財務責任者(CFO)を務め、メルカリの社長や会長を歴任することになる小泉文明さんを経営陣に迎えるなど、着実に経営チームを強化していった。

 さらに日本での基盤も固まりきらないうちに、2014年には早くも米国でサービスを始めた。ITは勝者総取りの世界であり、シェアを握るにはとにかくスピードが勝負だ──。こんな冷徹なゲームのルールを山田さんたちはよく理解していた。

メルカリの山田進太郎さん㊨は創業初期に小泉文明さん㊧を迎えるなど、早くから強い経営チームをつくっていた=同社提供
メルカリの山田進太郎さん㊨は創業初期に小泉文明さん㊧を迎えるなど、早くから強い経営チームをつくっていた=同社提供
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「お金の話はいっさいしない」「おせっかいおばちゃんを演じる」「提案は必ず3つ用意しておく」──。「伝説のバンカー」と呼ばれた男は、メルカリ、マネーフォワード、タイミー等、日本の名だたるスタートアップと出合い、成長を支援してきた。著者はどのように伸びる企業を見極め、また、経営者から何を学んだのか。その驚きの仕事術を余すところなく公開するとともに、日本の未来像についても語る注目の書。

大櫃直人著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)