その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は細谷功さんの『 具体と抽象の組織論 会社の成長と老化のメカニズム 』です。

【はじめに】

会社は、成長しながら老いる

 会社は、人間と同様、生まれた瞬間から老化へ向かう不可逆過程を歩み始める。この流れそのものを止めることは、誰にもできない。

 これが前著『会社の老化は止められない。』(日本経済新聞出版)の主張であり、本書でもこの前提は動かさない。

 本書がいう老化とは、会社に負の影響をもたらす、後戻りのできない変化のことである。たとえば、こんな形で現れる。

  • 誰も読まない資料が、毎週きちんと作られている
  • 何を決めるにも、承認の判がいくつも要る
  • 肩書が長くなり、社外の人には何をする人か伝わらない
  • 前例のないことは、判断できないので基本やらない
  • 「できない理由」を挙げるのが得意な社員が増えた
  • 会社全体より、自部門の利害が優先される
  • 他社との違いを、社員の誰もが簡潔には言えない

 どれも、それ単体では誰も悪くない。例えば規則が増えたのは、トラブルが起こったからである。承認が増えたのは、失敗を防ぐためである。肩書が増えたのは、報いるべき人がいたからである。一つひとつには、そのつど、もっともな理由があった。

 だが、それらは決して自然に減ることはない。増やす理由はいくらでもあるが、減らす理由はほとんどない。この非対称が積み上がった果てが、老化と呼ばれる状態である。より網羅的なリストは、第1章の冒頭に20項目として載せた。

 ここまでは前著の話である。本書は、そこから先へ進む。老化は止められない――しかし、遅らせることはできる。そして、系を新しくすることで「生まれ変わる」ことすらできる。

 止められない、遅らせられる、生まれ変われる。この3本柱が本書の全体であり、以下のすべての章は、この3本柱を一つのモデルで説明するために書かれている。

 ただし、その3本柱に入る前に、前提として理解していただきたい一行がある。本書がいう老化は、成長が終わったあとに始まるものではない。

 会社は、成長しながら老いる。

下りはタダで、上りは有料である

 成長の裏で老化が進行している、とも少し違う。組織の中で起こっていることは一つしかなく、その一つが、あるときは成長と呼ばれ、あるときは老化と呼ばれる。

 なぜそうなるのかを、先に解説しておこう。

 筆者は長年、「具体と抽象」という思考の軸を論じてきた。具体とは個別バラバラの事象であり、抽象とはそれらを束ねる関係性・構造である。一つの抽象の下に、複数の具体がぶら下がる。この関係が幾重にも積み重なって、私たちの認識はピラミッドの形をとる。

 ピラミッドを下りる操作が、具体化である。一つのものを複数に分ける。理念が方針に、方針が制度に、制度が規則に翻訳され詳細化されていく。上る操作が、抽象化である。複数のものを一つに束ね直す。この座標軸を先に1枚にしておく(図0-1)。

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 操作としては、この二つはちょうど裏返しの関係にある。従来の著作で、筆者はこの軸をいわば静止画として――思考の座標軸として――描いてきた。

 本書はこの軸に、時間軸を加えるとともにそれを組織に適用する。

 鍵になるのは、裏返しであるはずの二つが、進みやすさにおいてまったく対等ではないという一点である。分けることは、放っておいても進む。分けるにはそのつどもっともな理由があり、誰も反対しないからである。束ね直すことは、意図して力を注がなければ決して起こらない。しかも、いったん分かれたものを畳み直すには、分けたときには要らなかった決断が要る。

 具体化という下りはタダで、抽象化という上りは有料である。

 組織が大きくなるとき、裾野は広がる。広がった裾野を束ねるには、頂点のほうも高くならなければならない。ところが、裾野が広がるのはタダで、頂点が高くなるのは有料である。タダで増えるものと、有料でしか増えないものを競争させれば、勝敗は初めから傾いている。裾野を広げ続け、増殖がタダのままであるかぎり、頂点が追いつかなくなる日が、いずれ来る。

 これが「成長しながら老いる」ということであり、前著が「止められない」と書いた構造の中身である。したがって本書には、成長期と老化期を分ける線は引かれていない。ただし、いま自分の組織が頂点の追いついている側にいるのか、追いつかれた側にいるのかは、観測できる。その見分け方は第3章で与える。線が引かれていないのは時間軸の上であって、状態の上ではない。

 そして、そのコストの「安さ」――下りが自然に進んでしまうこと――の根はどこにあるのか。物理法則ではない。人間の心理である。苦痛を避け、いま在るものを手放さず、もっと大きくを望む――この三つが、分ける側にだけ追い風を送る。本書の立脚点は最後までここにあり、このあと借りる物理の言葉は、非対称性を記述するための言語であって、土台ではない。

その有料の上りは、誰が担うのか

 ここで、本書の全体が一文に凝縮できる。

 個人においては、それが「考える」ということである。組織においては、それが「リーダーシップ」ということである。

 バラバラの事象を前にして、共通の構造を見いだす。前例を疑い、目的に立ち返る。1人の人間がこれをやるとき、私たちはそれを思考と呼ぶ。同じ運動を組織の規模でやるとき――散らばった活動を一つの目的の下に束ね直し、「要するに我々は何をする集団か」を言い直すとき――私たちはそれをリーダーシップと呼ぶ。動機づけや人心掌握までを含む世にいうリーダーシップより狭く、本書ではこの上りを起こす働きだけをそう呼ぶ。呼び名が違うだけで、していることは同じである。どちらも、放っておけば決して起こらない上りを、意志によって起こしている。

 だから本書は、組織の本でありながら、同時に個人の思考の本でもある。裏を返せば、思考停止とリーダーシップの不在は、同じ一つの現象の、規模違いの現れである。

なぜ「エントロピー」という言葉を借りるのか

 増える一方の区別を、本書は「組織エントロピー」と呼ぶ。部門、階層、規則、承認段階、会議体――組織の中で区別できる状態の数が、どれだけ積み上がっているか。この量が一方向にしか進まないことを言うために、物理学の言葉を一つ借りる。放っておけば必ず増大し、決して自然には減らないという性質を名指しで持っている量が物理学には存在するからである。

 この借用は、思いつきの接ぎ木ではない。エントロピーという言葉は、前節の「具体と抽象」と、はじめから地続きである。

 情報理論や統計力学でいうエントロピーは、対象をどれだけ細かく区別しているかで決まる量である。動物、哺乳類、犬、ゴールデンレトリーバー、ラッキー――同じ1頭を指す五つの語だが、「動物」の層で世界を見れば区別は一つしかなく、「ラッキー」の層まで下りれば個体の数だけ区別がある。層を下りるほど、この量は大きくなる。上るほど、小さくなる。抽象は低エントロピー、具体は高エントロピー。組織の話をする前の、素のエントロピーの時点で、すでにそうなっている。本書がしたのは、この軸の上に組織を載せることだけである。

 表記の約束を一つ置く。本書が「組織エントロピー」と書くときは本書独自の概念を、単に「エントロピー」と書くときは物理学・情報理論における一般的な意味を指す。「組織」の二文字の有無で、いまどちらの世界の話をしているのかを読み分けていただきたい。これに抗う力も同様で、正式には「組織ネゲントロピー」と呼び、文脈が明らかなかぎり略す(表記の細則は付録の冒頭にまとめた)。

 なお本書の組織エントロピーは、組織の変化の向きを捉えるための概念であり、厳密な物理量ではなく、単位もなければ、絶対値を測る方法もない。あるのは「増えたか減ったか」という方向だけである。物理学との対応と限界は、付録1にまとめた(後述する組織ベクトルに関しても同様である)。

2枚の絵

 本書全体の見取り図を、2枚の絵で予告しておく。1枚目は形の絵、2枚目は時間の絵である。

 1枚目は、読者の多くがすでに見たことのある三角形である(図0-2)。頂点に抽象、裾野に具体を置いたピラミッド。若い組織のそれは、細く、高い。層の数も末端の数も少ないが、頂点は明確である。時間がたつと、この三角形は横に広がり、頂点のほうは鈍っていく。高く尖った形から、低く平たい形へ。本書が老化と呼ぶのは、この形の変化のうち、頂角が開くほう(と、のちに述べる頂点の位置のずれ)である。

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 この絵で読むところは、まず二つである。裾野の幅と、頂点の角度である(のちに、頂点の位置がもう一つ加わる)。幅は、組織の中にいくつの仕切りが引かれているかを表す。部門、階層、規則、承認の段、役職名――数えられるものである。頂角は、その区別の下で、人がいくつの目的を向いているかを表す。数えるのではなく、そろいとして測るしかないものである。本書はのちに、この二つへ名前を与える。幅が量的側面、頂角が質的側面。本書の背骨になる二つが、最初のこの1枚に、もう入っている。

 高さはこのあと繰り返し出てくるが、それは読むための量ではなく、動かすための量である。頂角を閉じたければ、幅を狭めるか、高さを伸ばすかしかない。老化の主たる現れは、幅の広がりに高さが追いつかなくなり、頂角が開くこと。まずはこの一行を頭に置いて、読み進めていただきたい(三角形の読み方の細かい約束は、第3章にまとめて置いた)。

 2枚目は、その形の変化を時間の順に並べたものである(図0-3)。

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 横軸に時間、縦軸に組織エントロピーをとる。一つの組織の曲線は、右上がりに増大しながら、ところどころで小さく戻る――のこぎりの歯のような形を描く。右上がりは組織エントロピーの増大であり――その増大に平たん化が伴えば、老化として働く――、歯の戻りが「遅らせる」努力である。しかし歯をいくら刻んでも、戻れる下限は上がり続け、曲線は元の低さには戻らない(この意味は第1章で定める)。これが「止められない」の意味である。

 そしてこの図には、曲線が一本ではなく複数描かれている。古い曲線が高止まりする傍らで、新しい曲線が低い位置から生まれる。これが「生まれ変わり」である。個々の曲線は不可逆でも、曲線の集合として見れば、世界は若さを更新し続けている。

 ただし、その若さにも底がある。新しい曲線の出発点そのものが、世代を追うごとに上がっていく。今日生まれる会社は、五十年前に生まれた会社より、はじめから多くの区別を抱えて始まるからである。上端が上がり、下端も上がる。この二つを併せて見ることが、第三の柱を正しく読むための条件になる。

 2枚は別の話ではない。2枚目の縦軸に写るのは、1枚目の三角形の状態――裾野の広がりと、目的のそろい方――であり、それを時間の順に点で打っていけば、2枚目の曲線になる。1枚目の高さ――束ねる力――は、2枚目では曲線の傾きに効く。頂点が伸びている間は傾きが寝て、伸びが止まると傾きが立つ。形の絵が地図を与え、時間の絵が運動を与える。本書の中核はこの2枚の間にあり、つなぎ方の正式な説明は第2章と第3章に置いた。

 用語の定義はすべて後の章に譲る。いまはただ、この2枚――平たくなっていく三角形と、老いながら局所的に若返り、やがて新しい系に生まれ変わる曲線――を頭の片隅に置いて、読み進めていただきたい。

本書の読み方

 本書は四部構成をとる。第Ⅰ部【具体】で老化という現象を観察し、第Ⅱ部【抽象】でなぜ老いるのかをモデル化し、第Ⅲ部【具体】でそのモデルから処方箋を導く。この【具体】【抽象】は扱う内容の分類ではなく、記述の高さの推移である。同じ一つの対象を、低いところから、高いところから、そしてもう一度低いところから見る。章の並びにも同じ対応があり、第2章で示す。第Ⅳ部【拡張】は、この往復の外側に置いた。できあがったモデルを、モデルが作られた時点にはなかった新しい現象――AI――にあててみる部である。

 本書の心臓部は第Ⅱ部にある。なぜその処方箋が効くのか、いつ効かなくなるのかは、抽象のモデルを経由しなければわからない。しかも第Ⅲ部の言葉――組織エントロピー、組織ベクトル、系、のこぎり曲線――は、すべて第Ⅱ部で定義される。第Ⅱ部は飛ばさずに読んでいただきたい。ただしその中の第3章は、第2章で示した道具の根拠を示す章なので、先を急ぐ読者は第4章へ進み、「なぜそう言えるのか」と感じたときに戻る読み方でよい(第3章の冒頭にも同じ案内を置いた)。

 ただし第Ⅱ部は、一段抽象度が上がる。一度読んだだけで腹落ちしなくても構わない。むしろそれが普通である。まずはさらっと流して見取り図だけを頭に入れ、第Ⅲ部の事例との間を往復しながら読み返していただきたい。抽象は、対応する具体と行き来するたびに、少しずつ像を結んでいく。二度三度と往復するうちに、同じ具体が最初とはまったく違って見えてくるはずである。

 最後に、本書のタイトルについて一言述べておきたい。本書には二つの入り口がある。「具体と抽象」――筆者がこれまで論じてきた思考の軸。そして「会社の老化」――前著で観察した無数の不可逆過程を、今度は一つのモデルで貫いて説明する試みである。この二つは別々の企てではない。一言で表現すれば組織が老いるとは具体の側へ一方通行に進むことであり、それに抗うとは抽象へ上り返すことである。二つの系譜が同じ一点で合流したので、その合流点そのものを題に置いた。どちらの入り口から入ってこられた読者にも、もう一方の入り口が見えるように書いたつもりである。

 副題は「会社の成長と老化のメカニズム」とした。メカニズムというのは、本書が提供するのが処方箋の目録ではなく、なぜそうなるのかを説明する仕組みだからである。処方は第Ⅲ部に置いたが、目録として並べたのではなく、第Ⅱ部の原理から導いたものとして置いた。効く理由が言えるということは、効かなくなる条件も言えるということである。

 本書が読者にとって、組織という不思議なメカニズムと付き合っていくうえでの良きパートナーとなることを期待している。


【目次】

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