新NISA導入や株高を受け、「お金の本」に注目が集まっている。そんななか、特に多くの読者の支持を集めているのが、2024年1月に刊行され13.8万部を突破した『 転換の時代を生き抜く 投資の教科書 』(後藤達也著、日経BP)と、2023年10月に刊行され19万部を突破した『 きみのお金は誰のため 』(田内学著、東洋経済新報社)だ。今回、東洋経済オンラインと日経BPの共同で著者の後藤達也氏、田内学氏の対談を企画。投資、経済、金融教育など、「お金のこと」について幅広く語り合ってもらった。

※この記事は、対談をまとめた記事の第3回。第1回、第2回の記事は、記事末のリンクから東洋経済オンラインで読めます

左/田内学さん、右/後藤達也さん それぞれが互いの著書を持って撮影
左/田内学さん、右/後藤達也さん それぞれが互いの著書を持って撮影
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今の「投資ムード」に危機感(田内氏)

「そろそろ投資を始めないと」と考えている初心者に、おすすめの方法はありますか?

田内学さん(以下、田内) 残念ながら、その質問に対して僕は的確な答えは持ち合わせていません。大前提として、みんながみんな投資をしたほうがいいとは思ってはいないんです。

 日本人の多くがお金のことをきちんと理解していないから、金融リテラシーは身につけるべきです。でも最近の風潮を見ると、「投資=自分の代わりにお金に働いてもらって、資産を増やす」と置き換えられてしまっているように感じているのです。そして、早く投資を始めなきゃ損するんじゃないかと不安をあおられています。

 世の中にはまっとうな投資話に見せかけて、お金をだまし取る詐欺まがいの手口も横行しているので、「世の中にはそんなおいしい話はない」ということを理解するためにも、焦らずに、まずはお金の勉強をしたほうがいいです。僕の本のサブタイトルにもありますが、お金の謎と社会の仕組みがわかっていれば、過剰な不安を抱くこともないし、だまされることも回避できます。

 仕組みがわかった上で、必要ならば投資でお金を増やすのはいいと思います。だけど、みんなが投資で自分のお金を増やすことしか考えないとしたら、どうなるでしょう。

 例えばギャンブルでも、研究を重ねて百発百中の必勝法を見つけることができたとしたら、その人は間違いなくお金を増やすことができるでしょう。でも、みんながそんなことをやっても、全員がお金を増やすことはできません。ギャンブルは基本ゼロサムゲームで、何も生み出さないので、全体に対してプラスが生じることはありえないのです。

 投資は全体がプラスになるといわれています。しかし、そのためには、資産運用のために投資したお金がきちんと生かされて、付加価値が生まれないといけません。投資してもらったお金をもとに、不便なことを解決しようとか、新しいものを生み出そうという意欲を持った人の存在が不可欠なのは言うまでもないですよね。

「僕は、こうした考えが今の教育現場に欠けているのを目の当たりにしているので、何とかして広めていきたいと切実に思っています」(田内さん)
「僕は、こうした考えが今の教育現場に欠けているのを目の当たりにしているので、何とかして広めていきたいと切実に思っています」(田内さん)
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 確かに、新NISAが始まったことで投資への関心が高まったのは、これまでお金について学んでこなかった多くの日本人のお金に対する関心が高まる、いいきっかけにはなると思います。

 でも、学校教育の現場では、「投資」という言葉を初めて耳にする高校生もいます。そこで、「投資というのは『自分がお金を出してお金を増やすこと』なんだ」と刷り込まれてしまうと、子どもたちは「お金は増やすことが大事なんだ」と思ってしまいかねません。

 一方で、「自分が投資してもらうことで何かに挑戦できる」という選択肢をそもそも知らない学生も多く存在しているのです。

 自分のお金が増えたほうがいいのは、確かにその通りなんですが、本来、お金は減ったときにこそ、幸せを感じるものだと思うのです。なぜなら、お金が減るというのは、物やサービスを買って対価が受け取れるからです。

 にもかかわらず、今、ちまたに広まっている投資に関する話は、「お金を増やす」ことに偏っているように感じられて、僕はひそかに危機感を覚えているのです。

田内さんの代表作『きみのお金は誰のため』は、投資や貯金だけじゃない、人生と社会を豊かにする経済教養小説として話題に。発売3カ月で異例の15万部を突破した
田内さんの代表作『きみのお金は誰のため』は、投資や貯金だけじゃない、人生と社会を豊かにする経済教養小説として話題に。発売3カ月で異例の15万部を突破した

「資産形成していないと老後が大変」という現実(後藤氏)

後藤達也さん(以下、後藤) 田内さんのお考え、素晴らしいと思います。その一方で、そこまで社会に関心がない人もいると思うんですよね。

 同時に、資産をしっかり形成しておかないと老後が大変なことになるというのは、多くの人が直面する現実です。例えば65歳で引退して80歳で亡くなる場合は老後は15年間ですが、これが100歳まで生きることになったら、老後は35年間と倍以上になるわけですよね。

 70歳になっても容易に職が見つかって活躍できる状況が、30年後の世界で広がっていればいいですが、そうならないとしたら、多くの人にとって老後の資産形成は非常に切実な問題として眼前に横たわることになると思います。

 田内さんがおっしゃるように、社会全体に関する問題意識を持つことはもちろん大事だし、理想的だと思います。ですが、それ以前の段階にいる人のほうが多いのが、日本の現状ではないでしょうか。

後藤 社会のことを知ることも、世の中をよくするために貢献することももちろん大事ですよね。ただ、私は素直に資産形成の重要性を訴えて、投資を始めることをお勧めしたいと思います。

「社会を知って貢献することもお金の教育のなかの理想としてありますが、老後に必要なお金をどう増やすべきかという切実な問題もありますよね」(後藤さん)
「社会を知って貢献することもお金の教育のなかの理想としてありますが、老後に必要なお金をどう増やすべきかという切実な問題もありますよね」(後藤さん)
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後藤 これまで投資に無縁だった人が、たとえ今50代・60代であっても、80歳まで積み立てれば20年以上の長期投資になるので、リターンを確保できる可能性は高いと思います。そういう意味で、基本的には投資はやったほうがいいと考えています。

投資を通じて得られものは何か。ビジネスパーソンが備えておくべき株式市場や経済の仕組みの最新知識を解説した後藤さんの著書『転換の時代を生き抜く 投資の教科書』
投資を通じて得られものは何か。ビジネスパーソンが備えておくべき株式市場や経済の仕組みの最新知識を解説した後藤さんの著書『転換の時代を生き抜く 投資の教科書』

田内 僕は、「貯蓄から投資へ」という政府スローガンから、「社会保障はもう厚くできないから、あとは自己責任でみんな頑張ってね」というメッセージが伝わってきてそこに違和感を覚えてしまうんですよね。

 おっしゃるように、投資の知識を身につけて資産を増やしていくこと自体はいいことです。でも、それを強いられてしまうという状況はどうなのかなぁと感じてしまいます。

 今後の社会や老後のことを考えたら、本当の弱者を救済するという意味で、もっと社会保障を考えたほうがいいのではないかと思うわけです。

「学校教育で資産運用を教えるのは適切なのか」(田内氏)

田内 投資の是非に関してもう1つ言いたいことがあるんです。それは、学校教育についてです。

 社会人になって自分から勉強しようと思って、お金のことや投資のことを学ぶのはいいと思うんですよ。でも、学校教育は、卒業後、社会に出てその後の人生を生きていく上で基礎となることを全員が学ぶところですよね。だから教育の現場においては、社会の仕組みを学んだ上で資産形成について教えるべきだと思うのですが…正論すぎるでしょうか?

後藤 そもそも論で言うと、「社会ってどう回っているの?」という話は、「金融教育」ではなく、公民科などで教えるべき話ですよね。家庭科のなかで「金融教育」という科目が担うには、あまりにも過大すぎる気もします。(編集部注:新しい高等学校学習指導要領によって、2022年から高校の家庭科で「金融教育」の科目が新設された)

田内 本当は、科目をまたがった教育が必要ですね。同じタイミングで新設された公民科の「公共」の中で社会の仕組みを学び、家庭科の「金融教育」では個人が力をつけるという意味で。

 僕は、この「公共」という科目の教科書も執筆しているのですが、「公共」という科目は、本来、「自分たちでこの社会のシステムをつくっていかなきゃいけない。問題があったら変えていかなきゃいけない」ということを学ぶ科目なんです。ところが、先ほど後藤さんがおっしゃったように、社会全体に関する問題意識を持っている学生は少ないんです。他の国に比べて日本は極めて意識が低いんです。

 彼らが主体的に考えるようにリードしてあげなくてはいけないと、僕は思います。そのためには、社会全体の視点と個人の視点をとうまくつなげてあげないといけません。いまは「社会というのはこういうものらしいよ」という話と、「資産形成」の話がつながってないんですよね。社会と自分をどうつなげるかが、僕が目下直面している問題なんです。一つの解決方法として、今回小説を書いたんです。

「社会の視点と個人の視点を教育を通じてどう子どもたちに伝えていくのか、それが切実な課題です」(田内さん)
「社会の視点と個人の視点を教育を通じてどう子どもたちに伝えていくのか、それが切実な課題です」(田内さん)
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田内 「金融教育」は、学校の先生たちも自分たちで直接教えるのが難しい科目だと思います。だから外部から講師を呼ぶという話になって、証券会社や銀行の人たちに声をかける。そうすると、彼らは当然、生徒に向かって「資産形成」をメインに講義をします。

 ニュースで「高校で金融教育が始まりました」と取り上げられたときも、ほとんどが「高校で投資教育が始まりました」「資産形成の話を教えています」という話ばかりです。本当は、「資産形成」の話というのは、投資を理解する上では、ごく一部のパーツにすぎないのに…。

 投資には、する側とされる側が存在するし、投資対象もリスク資産や起業家ばかりではありません。既存企業の新規事業なども対象になるので、サラリーマンとして就職したとしても、投資される立場になる人もいるわけです。

 そもそも投資は、投資する人が出すのと同じ金額だけ、投資される人や会社が存在しないと成り立ちません。その両者が増えないと、実体経済に対して影響が与えられない。

 高校生全員を対象にした学校の教育が「資産形成」に偏ってしまうと、投資される立場になろうというマインドが育たないので、このままだと危ないなと感じてしまうのです。

「社会はじっくり時間をかけて少しずつ変わる」(後藤氏)

後藤 今、田内さんがお話しされた状況は、1年や2年で実現できることではないと思います。最低20年くらい、世代が代わるぐらいの時間がかかるかもしれないですね。

 例えば、今、大学生ぐらいの人が新NISAで、オール・カントリーでも何でもいいから、リスク資産に投資を始めるとします。その人が40歳になったときには、今よりリテラシーが上がって、自分の子どもに投資について教えることができるようになりますよね。

 新NISAをきっかけにでも投資を始めれば、自分のお金に影響を与えそうな世の中の出来事に敏感になるでしょうし、考える機会も増えてくると思います。

「時間はかかりますが、長いスパンで考えると、今後は投資の話題を日常的に取り上げることのハードルも下がるでしょう」(後藤さん)
「時間はかかりますが、長いスパンで考えると、今後は投資の話題を日常的に取り上げることのハードルも下がるでしょう」(後藤さん)
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 また、高校の先生たちも、今では投資経験がないのに急に生徒に投資について教えなくてはいけなくなって、慌てている人がたくさんいるわけですが、20年くらい経てば状況の改善も期待できます。

 こういう、「じわっとしたゆるい変化」が社会で起これば、高校での授業もやりやすくなってくると思います。また、家庭でも、親が小学校高学年の子どもに、お金や社会について話せるような機運が高まっていくと思うのです。

 高校での「金融教育」で、どういうことを教えるかに関しては、多分、究極の正解はないような気がします。教師のリソースの問題もありますし、時間の制限もありますし、数学や英語など、高校で教えなくてはいけない大事なことがほかにもいろいろあるわけですから。

 とはいえ、まだ始まったばかりなので、試行錯誤することが必要ですよね。そのうちに、だんだんこなれていくでしょうし、時代とともに人も環境も変わるので、その都度アジャストしていくしかないんでしょうね。

田内 今、まさに、学校の先生たちともそういう議論をしているのですが、長期的なスパンで考えるにせよ、まずどの方向を向くかを決めるのは、すごく大事だと思うんです。スタートの時点で「金融教育=資産形成」と教えることになってしまうと、簡単には方向転換できなくなるのではないかと危惧しているのです。

 だからこそ、後藤さんの本を読んで、どうやったらお金が増やせるかを考えるのではなく、経済指標や株価に興味を持ち、そこから社会の仕組みについて学んでほしいし、僕の本を読んで、お金の限界を知ってもらって、自分たちが社会の中で何ができるのかを、当事者意識を持って考えられるようになってもらえればいいなと思っています。

構成/小関敦之 写真/今井康一

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※クリックすると、東洋経済オンラインのYouTubeで視聴できます
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第1回、第2回の対談はこちらから(東洋経済オンラインに掲載)
【第1回】
記事を読む→ 日本中が熱狂「新NISAブームの今」の不都合な真実
動画を見る→ 第1回動画
【第2回】
記事を読む→ 投資ブームを煽る「誇張や断定」とどう付き合うか
動画を見る→ 第2回動画