米澤穂信著『 談話室米澤 』(日本経済新聞出版)は、今年デビュー25周年を迎えたミステリ作家・米澤穂信さんのエッセイ集です。タイトルにもなっている第一章「談話室」は、2022年に日本経済新聞に連載したエッセイで構成。記事の第2回では、新聞連載時の担当記者・日本経済新聞・くらし経済グループの河井萌さんが選ぶ、米澤穂信の素顔を感じた一篇を紹介します。
データを見ると平成三十年のこと、私は集英社と共に、ある本の刊行作業を進めていました。
作家が原稿を書き上げ、それが印刷所に送られますと、印刷所からはゲラ刷りというものが出てきます。活字が正しく組まれているか確認するための試し刷りのことですが、技術が進歩した昨今、活字組みの誤りはほとんど発生しません。それなのに、ゲラ刷りのチェックは、今日に至るも出版手順の一大事であり続けています。何故でしょうか。
それは、作家や編集者、校正者など幾人ものプロフェッショナルが幾度原稿に目を通しても、明白なミス、誤字、思い違いがゲラ刷りになるまで見つからないという奇妙な現象が、この世には厳然として存在するからなのです。というわけで私はその時もゲラ刷りに修正指示を書き連ね、それを集英社に持参しました。ふだんこうした書類は配送をお願いするのですが、直接出版社へとお届けしたのは、刊行までのスケジュールに余裕がなくて、一日でも早くお届けしたかったからです。
担当編集者さんはゲラ刷りを受け取り、そのチェックを始めました。私は、もう帰ってもよかったのですが、何か問題があるかもしれないのでいちおう待ちます。といってもこの段階で出てくる問題というのは、指示漏れやチェック漏れ、何らかの理由で指示が読み取れないなど、軽微ではないにしても対応が難しいものはほとんどありません。
しかしこの日は、その例外でした。編集者さんが首を傾げて口にした疑問は、百人の読者がいれば九十五人ぐらいは気にしないであろう、あまりに些細な――しかし問題に気づいた五人はこの小説そのものを失敗作と断じるであろう、決定的な矛盾だったのです。
ここに至るまで問題が見過ごされてきた不思議さよ。私は、ぎりぎりで修正の機会が得られたことに感謝しつつ、さっそく修正作業を始めました。一ヶ所の矛盾は、単純にそこを消してしまえばいいというものではありません。話の流れを妨げないように、また、小説の登場人物たちの振る舞いや考えが自然に流れていくようにしなければならないのです。
はじめは軽微な修正で充分に対応できると思っていたのですが、数行の直しではせいぜいその場を取り繕えるぐらいで、問題解決にはほど遠いことがすぐに判明しました。こうなると場面を一つ追加するか、さもなくば矛盾を来たしている箇所を大きく切り取ってしまうか……いずれにしても、そこそこの大手術です。
幾つもの修正案を考え出しては却下していくうち、三十分、一時間と時間が過ぎていきます。二時間、三時間、やがてとっぷりと日が暮れました。
私はその日、ゲラ刷りを編集部に届けるだけで、あとは家に帰るつもりだったのです。問題解決まで力を尽くすことに全く異論はありませんが、人体には限界というものがあります。つまり平たく言うと、私は腹が減り始めたのです。
はじめは気づかないほどだった空腹感はやがて目眩へと変じ、ポケットにキャラメルかチョコレートがひとかけらでもないものか、と遭難者のようなことを考え始める始末。私はたまりかねて、隣で別の仕事をしていた編集者さんにSOSを発しました。私が空腹だと聞くと、編集者さんはぱっと顔を輝かせて立ち上がりました。
「米澤さん。実は、編集部にマイセンがあるんです。すぐに持ってきます!」
そうか、マイセンがあるのか、と私は思いました。マイセンはドイツの名窯で、ことにカップ&ソーサーがよく知られています。マイセンのティーカップに、お茶を淹れて下さるのでしょう。何とありがたい。紅茶を頂けるなら、きっと角砂糖もついてくることでしょう。いまの私には、その砂糖こそがご馳走です。お茶に砂糖をたっぷり入れることが出来たなら、きっと、まだしばらくは大丈夫でしょう……。
やがて編集部から戻った編集者さんが、私に小さな箱を差し出しました。
「どうぞ、マイセンです!」
私はそれを見て目を瞠り、二の句が継げませんでした。
編集者さんが持っていたのは、何たることか「とんかつ まい泉」のカツサンドだったからです。私には、わかりませんでした。どうして編集部にカツサンドがあるのか。ふつう職場には、誰のものでもないカツサンドが置いてあったりはしないものです(しませんよね?)。
しかし疑問に思っている場合ではありません。私はカツサンドに力を得てさらに幾つかの案を練り、ついに、満足いく解決を見出しました。数週間後、小説は書店に並び、無事、読者の手に届けられたのです。
――自分の本棚にその本を見ると、私はいまでもあの夜のことを思い出すのです。最後の一瞬まで小説を磨こうとあがき続けることが許された最良の時間と、忽然と出現した、まい泉のカツサンドのことを。そして少しだけ、恐れてもいるのです。あのカツサンドは実のところ、誰かの夕食だったのではないか、と。
河井さんが「米澤さんっぽさ」を感じたのは、改稿への熱意、ですか。
河井 えっと、私だったら「まいせん」と音を聞いたら、まずトンカツのほうを思い浮かべるのですが…。米澤さんはカップ&ソーサーの「マイセン」なんだなあと。そこに米澤さんらしさを感じまして。
確かに! たとえばこんなイメージでしょうか。
河井 まさに私がマイセンの回で思い浮かべた米澤さんのお姿です!!
念のためこの写真、生成AIで作成したものはございません。著者のユーモア精神と器の大きさ、そしてフォトグラファーのセンスのたまものです。
河井 ほかにも、米澤さんのキャラクターを感じるものとしては〈井の頭の恋〉がおすすめです。〈哲学の道と何かの道〉は、私の大好きな『氷菓』をはじめとする古典部シリーズもこうやって生まれたのかな、と感慨深いものがありました。
ぜひ本を手に取って、いろいろ読んでいただきたいですね。河井さん、ありがとうございました。
河井 ありがとうございました!
文/桂 星子(日本経済新聞文化グループ兼日経BP 日経BOOKSユニット)構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)写真/鈴木愛子
米澤穂信/日本経済新聞出版/1980円(税込み)


