企業の新卒採用が大きな変化を迎えています。慢性的な人手不足、AIの普及、そして学生自身の意識が変わることにより、企業が従来の方法に依存することにリスクが生じているのです。採用側と応募側の双方にとって望ましい就活のあり方を、学生が大学で取り組む「学業」の情報を活用することで模索する『 コツコツがんばる人の就活内定戦略 「学業」でわかるあなたの強み 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。今回は、採用で定番の質問になっている「ガクチカ」がどのような経緯で生まれ、そして、大学生活に大きな影響を与えたのかについて取り上げます。
企業は昔からガクチカを聞いてきたわけではなかった
就職活動をする学生が、必ず一度は聞かれる質問があります。
「学生時代に力を入れたことは何ですか?」
これが、いわゆる「ガクチカ」です。
今では、大学1年生や2年生でさえ、ガクチカを当然のことのように知っています。さらに言うと、入学直後からこの質問に備えてガクチカを語れるように準備しておく、というのが就活を攻略するための前提となっているのです。3年生になり就活が始まってから考えるのでは遅いというわけです。
そして、その「力を入れたこと」は、ほとんどの場合、残念なことに学業ではなく、アルバイトやサークル、学生団体、インターンシップなどの活動の話になってしまっています。
言うまでもなく、学生の本分は学業です。これは建て前などではありません。大学受験のときは、自分の学びたい分野や研究内容、あるいは将来目指したい専門分野を基に進学先を選んだはず。「アルバイトをするためにこの大学に行く」「サークルに入るために進学する」と考える人は、決して多くはありません。それなのに、なぜ就活では課外活動の話ばかりするのでしょうか?
せっかくの学生生活なのに、「どの活動なら就活で語りやすいか」「面接官の印象に残りやすいか」という基準で自分が取り組む活動を選ぶのは、本末転倒です。
現在の学生生活において、最も長い時間を占めるのは学業です。親の世代が学生だったときは、代返を友人にお願いして、先輩からもらった過去問を丸暗記すれば単位が取れたかもしれません。ですが今では、授業の3分の1(15回の授業であれば5回)を休むだけで単位がもらえない時代です。毎週のようにグループワークをしたりレポートの提出を求められたりする授業も増えてきました。
しかし、その活動は就活ではあまり語る対象にはならないのが現状です。なぜこのような状況になっているのでしょうか。「ガクチカを聞かれたら、バイトやサークルの話をしましょう」と誰かが指示しているわけではありません。それでも、先輩の体験談、就活サイトの記事、キャリア講座のアドバイスなどを通じて、暗黙の前提として共有されてしまっているのです。
そもそも、なぜ企業はこれほどまでに判で押したようにガクチカを聞くようになったのでしょうか。少し歴史をひも解いてみましょう。
企業は昔からガクチカを聞いてきたわけではありません。1980年代頃は、企業と大学の結びつきが強く、「ゼミの教授の推薦」や「体育会OBの紹介」といった、強固な人間関係をベースとした採用が行われていました。
例えば、教授が「○○さんは目立つわけではないけど、きちんとやりきってくれる」と言ってくれたり、OBが「○○さんのリーダーシップは背中を見せて引っ張るタイプではなく、一人ひとりと話しながら進めるのでメンバーからの信頼は高かった」と言ってくれたりするなど、間に立つ信頼できる人が学生の実際の行動に基づいた“評判”を提供していたのです。
つまり、採用担当者は、学生本人を直接は知らなくても、「信頼できる紹介者」から寄せられる情報によって、その学生がどんな人なのかを知ることができていました。面接も、紹介者が教えてくれた通りの人物であるかを「確認する場」となっていました。
しかし、90年代後半に入ると時代は変わり、就活をナビゲートするサイトが登場します。バブルの崩壊とそれに続く経済の低迷において、効率的な採用活動による確実な費用対効果が求められるようになりました。人材の多様化も進み、全国から学生を集めるのが一般的になっていったのです。
すると企業には、一度に何千、何万という応募が来るようになりました。

就活で語るためにバイトやサークルをやる矛盾
それまでは面接官が学生の背景や評判をある程度事前に知っていたため、たとえ面接時間が短くても選考を進めることができました。ところが、事前の情報がエントリーシート(ES)のみになり、30分からせいぜい1時間の面接で「人物の中身」を見抜いて選抜しなければならなくなったのです。
言い換えれば、採用担当者は、全く接点のない、初めて知る大量の学生を、短時間で公平に評価しなければならないというわけです。これは、新卒採用を大きく変えるパラダイムシフトになりました。
そんな中、誰にでも共通して回答が可能な質問であり、すべての大学、学部、学科の学生に対して公平に適用できる評価軸として“発明”されたのが、「ガクチカ」です。接点のない学生と面接官の隔たりを埋めてくれる存在だったのです。
学生は、ガクチカの質問に対して語る内容を自由に選べます。サークルでもアルバイトでも、趣味や留学でも、自らが最もエネルギーを注いだ活動について話をすることができます。自分がどんな壁に直面し、どう乗り越えたのか。そしてどんな成果を手にしたのか。面接官はそのエピソードから、学生の行動特性や価値観、そしてポテンシャルを読み取ろうとしていました。
そんな中、バイトやサークルのエピソードを語って内定を勝ち取った先輩の体験談が共有され、それが「ガクチカ対策」として定着していったのでしょう。そして、就活ナビサイトを通じて、これまで接点のなかった大学や学部の学生からの応募が年々増加する中、効果的に候補者を絞り込む「スクリーニング手段」としてESが広まり、ガクチカがお決まりの質問として定着した結果、大学生活に奇妙な「逆転現象」が起きました。
つまり、ガクチカの浸透によって、「面接時間の中で語られる」「真実かどうかの判別が難しい」「たった一つのエピソード」で評価することが新卒採用の中心になってしまい、学生はそれを意識して大学生活を送るようになったのです。
学生は、「就活で聞かれることは決まっている。だったら、そこから逆算して行動しよう」と考えるようになりました。まだ入学したばかりの1年生や2年生の頃から、「就活で語れるエピソード(ネタ)作り」が必須の準備として定着していきました。
「このサークルに入って代表になれば、リーダーシップが語れるかもしれない」
「長期インターンに行けば、課題解決のエピソードを作れるかもしれない」
純粋な好奇心よりも、「就活で有利になる」「面接で語りやすい」が、行動を選ぶ基準になっていく。言うなれば、「就活で話すために行動する」というスタイルが、大学生活の当たり前になっていったのです。
[日経ビジネス電子版 2026年7月23日付の記事を転載]
辻太一朗、曽和利光、細谷修平、矢矧春菜(著)/日経BP/1980円(税込み)
