「再選すれば第3次世界大戦を防げる」。そう訴え、アメリカ大統領への返り咲きを決めたドナルド・トランプ氏。しかし外交・安全保障問題のエキスパートである秋田浩之氏(日本経済新聞社 コメンテーター)は、トランプ再選によって戦争の脅威が高まると見ています。民主主義陣営が警戒すべきロシアなどの「ハイブリッド攻撃」とはどのようなものか。激動の時代に日本はどう立ち回るべきなのか。『これからの日本の論点2025 日経大予測』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)に寄稿した秋田氏に考えを聞きました。その前編。

矛盾が生んだ自国第一主義の呪縛

アメリカ大統領選挙でのトランプ氏の圧勝という結果を、私たちはどのように受け止めたらよいのでしょうか。

 アメリカが抱える社会の矛盾は、外部から見えている以上に深刻な歪(ひず)みを生み出している──今回の大統領選の結果を見て、私は率直にそう感じました。

 確かにハリス氏の敗北は、移民の問題や、ここ数年のインフレ懸念に対し民主党政権が十分な手を打てなかったことが、その背景にあると思います。ただし仮にインフレが終息し、移民問題についても対処できていたとしても、格差や人種間の緊張状態など、アメリカの有権者が抱えている問題をアメリカが克服しない限り、恐らくトランプ氏の人気は揺るがなかったでしょう。

 アメリカにおける格差とは、短期的な所得差だけでなく、親の学歴が子供の生涯賃金を左右するといった階級差にまで根を張る深い問題です。現状の仕組みに対する不満が募った結果、その仕組みを大きく揺さぶり、いっそ壊してしまうような強権的リーダーを求める勢いに繫(つな)がったと見ています。

 こうした矛盾をアメリカが乗り越える日まで、誰が大統領になっても自国第一主義の路線からは抜け出せないのかもしれません。バイデン政権も世界の民主主義のリーダー役を買って出ようとしましたが、結果的には指導力を十分に発揮できませんでした。

 むしろ民主党政権下の4年間を振り返れば、ウクライナ侵略が始まり、南シナ海や台湾海峡で緊張が高まり、ロシアと北朝鮮が協力関係を結ぶ中、バイデン大統領にはこうした動きを止めることができませんでした。行動を約束し、実際に一部は実行に移したものの、国内で足並みを揃(そろ)えることができなかったともいえるでしょう。

 経済情勢を見れば、確かにインフレについては足元で沈静化しつつあるようです。ただし比較の対象が1期目のトランプ政権だとすれば、「昔の方が物価も安かったし、暮らしはまだ良かった」といった実感が有権者の間に残っていたのではないでしょうか。

アメリカの格差は深刻で、これを乗り越えることができない限り自国第一主義の路線からは抜け出せないという(写真:Brad/stock.adobe.com)
アメリカの格差は深刻で、これを乗り越えることができない限り自国第一主義の路線からは抜け出せないという(写真:Brad/stock.adobe.com)
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既に始まっているハイブリッド攻撃

戦火の拡大を心配する声もあります。今後についてどのようなシナリオが考えられるのでしょうか。

 第3次世界大戦の危険は、すでにロシアがウクライナに侵略した時点で生じていました。トランプ氏の再選によって、その現実味が高まってしまったと見ています。

 ウクライナが苦戦を強いられる中、近い将来に停戦や休戦が実現するかもしれません。戦争の決着が、ウクライナ領土の割譲などロシアにとって優位な格好となれば、それは終わりではなく、欧州とロシアとの緊張状態がそれから長い年月にわたって継続することを意味します。

 実際にロシアが北大西洋条約機構(NATO)への軍事侵攻に踏み切る可能性は、それほど高いとは思えません。ウクライナ一国を相手に勝利できないロシアが、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスを含めた約30カ国を相手に正面から戦いを挑むというのは考えにくいでしょう。

 とはいえロシアには、テロや暗殺、破壊工作、情報撹乱(こうらん)などの「ハイブリッド攻撃」という選択肢があります。ハイブリッド攻撃とは戦車などを送り込むことなく相手側の社会を破壊していく手段のことです。既にロシアは欧州に対し、事実上のハイブリッド攻撃を仕掛けているといえます。

トランプ氏の再選によって第3次世界大戦の危険が高まっているという秋田氏。既にロシアは欧州に対し、ハイブリッド攻撃を仕掛けている(写真:日経BP)
トランプ氏の再選によって第3次世界大戦の危険が高まっているという秋田氏。既にロシアは欧州に対し、ハイブリッド攻撃を仕掛けている(写真:日経BP)
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トライアングルの紛争連鎖、いかに止めるか

アジアにも戦火が広がる可能性はあるでしょうか。

 欧州で準戦時状態が長く続く場合に問題となるのは、北朝鮮や中国が間接的、あるいは直接的にロシアを支援するという事態です。

 既に北朝鮮はウクライナに派兵しており、中国は武器を大量生産するのに欠かせない電子部品や工作機械をロシアに供給し続けています。アメリカの推計ではロシアが調達している先端的電子部品・工作機械は、西側の制裁対象となっている品目を含め、その7割以上が中国から流入しているということです。

 見返りに、ロシアとしては北朝鮮や中国に対しても支援に踏み出さざるを得なくなります。そのことが北朝鮮や中国の軍事力を一層強め、彼らをより強気な行動へと駆り立ててしまうといった流れが考えられます。

 実際、既に北朝鮮は韓国を正式に敵国とみなし、ICBM級のミサイルを発射しています。中国は北朝鮮と違い物資の供給を受ける関係にはないものの、例えば今年は1~10月だけで10回以上、アジアでロシアと共同演習、共同パトロールを実施しています。

 ロシア側はウクライナ侵略で手いっぱいに近いとはいえ、中国の誘いに応じ、台湾海峡や南シナ海、そして日本を牽制(けんせい)するために相互に助け合うことを選び、その結果、欧州とアジアで同時に緊張が高まっているのです。

 加えて、ロシアとイランも協力関係にあります。イラン側がロシアにドローンや弾道ミサイルを供給し、ロシア側もまたイランに高度な軍事技術を提供しているとすれば、それはウクライナと中東の情勢が連動していることを意味します。欧州、中東、アジアと、トライアングルの紛争連鎖が生まれつつあるというのが、現在の全体の構図だと考えています。

 第3次世界大戦を決して起こさないことが、世界にとって極めて優先度の高い課題になります。そのためには、米国とアジア、欧州の米同盟国が結束し、中ロ、北朝鮮、イランに包括的に対応することが必要です。中ロ朝、イランが枢軸ともいわれるほど協力しているわけですから、西側諸国はそれを上回る結束が求められます。

ロシア、中国、北朝鮮、イランの連携が招くトライアングルの紛争連鎖に、いかに対処すべきか(写真:Ruma/stock.adobe.com)
ロシア、中国、北朝鮮、イランの連携が招くトライアングルの紛争連鎖に、いかに対処すべきか(写真:Ruma/stock.adobe.com)

※インタビュー後編では今後の国際情勢をさらに深掘りしたうえで、日本が取るべきスタンスについて考えを伺います。

(構成:川辺和将)

先行きが不透明な2025年のシナリオを、日本経済新聞社を代表するコメンテーターや編集委員らベテラン専門記者が、複眼的な視点から徹底解説。生成AIのソフトウエア活用、世界秩序の行方、「脱・歴史的円安」とこれからの見通しを特集テーマに、政治、経済、ビジネスについて22の論点を取り上げる。

日本経済新聞社編、日本経済新聞出版、2200円(税込み)