在日中国人の中でも、来日時期や目的の異なる「新華僑」と「新・新華僑」では、日本でのふるまいや考え方がまったく異なる。大多数の「新華僑」は日本が好きで、日本社会に適応しようと努力をしてきた人たちだが、「新・新華僑」の中には、政治情勢などを理由に移住せざるを得なかった人もいるという。そうした在日中国人の間の相克を、日経プレミアシリーズ『中国人は日本で何をしているのか』(中島恵著)から、抜粋・再構成してお届けする。
「彼は典型的な成り金タイプです」
2025年のある日、都内でコンサルタント会社を経営する30代後半の中国人男性、羅偉さん(仮名)に話を聞いた。
「彼ら(富裕層)は、自分はお前を使ってやっている、お前より上だというえらそうな態度をあからさまに出すんです」
羅さんの怒りの矛先は、日本移住を予定している50代の男性、陳さん(仮名)。知人から紹介され、今後、日本で行うビジネスについて相談に乗ったのだが、来日前から態度が横柄だったという。
まず、面識のない羅さんに対し、成田空港への出迎えを要求、打ち合わせ場所として、都内・高級ホテルのラウンジを指定してきた。
羅さんの自宅は埼玉県で仕事も多忙なため、やんわりと出迎えを断ったところ、陳さんは激怒。仕方なく送迎を知人に頼み、ホテルまで出向いた。すると陳さんは自分で指定したホテルであるにもかかわらず、「日本のホテルの設備は古い。質素でゴージャスさが全然ない」と言い放ち、続けて日本そのものに対する不満を語り始めた。
「彼は典型的な中国の成り金タイプです。金持ち風を吹かせ、黙って金を払う人間の言うことを聞け、という態度です。私だけでなく、日本までバカにされたような気持ちになって、私はとても悲しかった」と羅さんは語る。
似たような話は別の男性、徐鳴さんからも聞いた。徐さんは東京・山手線の沿線に事務所を構え、法律関係の仕事を行っている。在日歴は20年以上。日本語も堪能で、長く在日中国人の相談に乗ってきた。
新型コロナウイルス禍が明けて以降、中国の富裕層の日本への投資相談にも乗るようになった。徐さんは当初、「仕事が増える」と喜んでいたが、次第に悩みが増えていった。
「上海の投資家は、私のワンルームの事務所を訪れると、『えっ、ここが徐さんの事務所なの? そんなにお金がないの? こんな狭いところで……』と言ったのです。私は外回りの仕事が多く、パートの事務員がたまに書類整理に来るくらいで、事務所はあまり使いません。投資家は半分冗談で言ったのかもしれませんが、初対面なのにずいぶん失礼な人だと思いました。その上、『自分と仕事をするなら、もっといいところに事務所を構えてよ。恥ずかしいからさ』とまで言ったのです」
確かに中国では、事務所の立地や外観を重視する。その影響か、中国の大手企業(といっても日本ではほとんど知名度がない)の日本支社の多くは、東京・大手町や銀座の中心地などに事務所を構えているケースが多く、訪ねてみて、その立派さに驚くことがある。
徐さんは悔しかったが、事務所があるビルは老朽化していて、以前から転居を考えていたこともあって、悩んだ挙げ句、少し広い事務所に移った。徐さん自身、「新しくきた中国人の影響をかなり受けている」と認める。徐さんは言う。
「中国にはもともと見えを張る人、メンツを気にする人がとても多い。成り金の経営者は特にそういう傾向があります。事務所の立地や広さ、乗っている自動車のブランド、自宅マンションの立地などで人を評価、判断します」
かつて「上から目線」の日本人も多かった
徐さんから聞いた話をコンサルタントの羅さんに伝えてみると、「私も彼ら(新・新華僑)の仕事を手伝いますが、今の中国は特に、とにかくお金を持っている人がえらいんだ、という感覚です。お金を払いさえすれば、何でも自分の思い通りになるという間違った考え方の人が多い。

しかし日本は価値観が違います。お金さえ払えば何でもサポートしてもらえると思ったら大間違い。でも、その違いをいくら説明しても通じません。なぜなら、彼らは中国の常識しか知らない、井の中の蛙(かわず)だからです。
彼らは海外旅行には何度も行っていますが、何も学んでいません。海外でも中国語で押し通すし、お金を払えば、最高の待遇が受けられるからです。店員から冷たい視線を送られているのに全然気がつかない。その国のマナーやルール、考え方を理解しようという考えやリスペクトは芽生えないのです。
もちろん、日本でもお金があればよい待遇を受けられますが、対等な関係の仕事相手に威張り散らす日本人はあまりいません。むしろ日本では、えらい人のほうが腰が低く、丁寧だという印象があります。私は長年日本に住んで、そういう日本人のよいところを学びました」と話が止まらない。
羅さんはまた、「かつての中国人は、経済発展している日本にやってきたら、えらそうな態度をするどころか、むしろ小さくなっていました。ですが、今は違う。日本より経済力がずっと上の中国からやって来たんだぞ、という自負が最近の中国人にはあるのではないでしょうか」と語る。
そういえば、1980~90年代、中国を訪れた日本人の中にも、中国人を「上から目線」で見下す人がいて、私はしばしばそれを目にしてきた。飲食店でサービスが悪いと「総経理を呼べ」と怒鳴る日本人がいた。ここ数十年間に起きた、そんな日中の逆転現象を思い出していると、羅さんはさらに話を続けた。
「彼ら(新・新華僑)は、日本人の前では、言葉の壁や遠慮があるので、頭ごなしにえらそうなことは言わない。静かにしています。ですが、同じ中国人同士では遠慮は一切ありません。だから中国から来たばかりの人と私たちの間に軋轢(あつれき)が生じるのです」
羅さんと私は東京・新宿の小さなカフェで話をした。私が探したケーキがおいしい店だったが、「中国の投資家と会うなら、ここは絶対にあり得ない場所ですね」といって2人で笑い合った。食事も、ミシュランの星つきレストランなどを指定してくる人が多く、それに従わなければ「自分をバカにしているのか」と彼らは怒るそうだ。
中国人というカテゴリーで一くくりにされる
しかし、新・新華僑の富裕層も日本への文句ばかりではないという。中国から距離を置くことができてホッとするのか、中国の景気の悪化、厳しい競争による精神的疲労などを嘆き、「これから日本に住み続けたい」「日本でゆっくりしたい」と口にしたり、打ち解けると弱音を吐いたりする人が多いそうだ。
彼らにも、彼らなりの苦悩がある。中国で懸命に働いて実績を上げたのに、政府の圧力により突然ビジネスを継続できなくなった人がいる。また、政府の通達により顧客の接遇が禁止となり、新しい事業を競合相手に奪われる、という経験をした人もいる。
従来はそれでも「うまい方法」を考えて、政府の規制をすり抜けることができたが、現在の中国の政治情勢ではいかんともしがたい。この先の事業拡大も見込めないだろうと悲観的に考えている。
前回「 高額でも日本の医療を望む中国人 医療通訳の養成講座が盛況 」の記事で述べたように、医療従事者も次々と中国から出国しようとしている。もともと給与水準が低いところに加え、「袖の下」がなくなり生活が苦しくなった人や、病院内のトラブルに巻き込まれて嫌気がさして、海外で医師になろうとした人、看護師もいる。
以前、ある不動産会社の中国人と新・新華僑の富裕層について話していると、「もともと日本に縁もゆかりもなく、海外に興味や関心もなかったドメスティックな人たちです。ところが、国内の政治情勢により、すべてを投げ捨てて日本に移住せざるを得なかった。一から出直さなければならない、その心情だけは理解してあげてほしい。私たちのように日本が好きで、コツコツ足場を固めてきた人間や、日本人には理解できない部分がある」という。
一部の傍若無人な富裕層は、日本人から、そして在日中国人からも疎(うと)ましく思われているが、彼らなりの理屈や苦しみがある。私が知るある富裕層は、その政治思想から中国を追われるようにして一家で出国。日本である事業を始め、わずか5年間で成功を収めた。だが、中国から父母は会いに来るものの、自分たちは中国に帰れない。
日本では、新華僑と新・新華僑が区別されることはなく、全員同じ「在日中国人」と一くくりにされるが、その内訳は千差万別だ。日本国内の報道やSNS(交流サイト)で「中国人」に対する反感や偏見を目にして、忸怩(じくじ)たる思いを抱き悔しい気持ちになるのは、日本語が理解でき、日本社会に適応しようと努力をしてきた大多数の新華僑の人たちなのである。
中島恵著/日本経済新聞出版/990円(税込み)
