カメラや半導体露光装置などの事業を展開する大手メーカー、ニコン。同社CFO(最高財務責任者)でビジネス書作家でもある徳成旨亮(とくなり・むねあき)さんに、ニコンの事業や最新作『CFO思考 日本企業最大の「欠落」とその処方箋』(ダイヤモンド社)について聞きました。徳成さんは、日本には「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」(アニマルスピリッツ)が欠けていると指摘します。

カメラ事業の業績が回復

 私は大学を卒業後、三菱信託銀行に入社してキャリアをスタートし、三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、アメリカの銀行の取締役を経て、2020年4月からニコン専務執行役員CFO(同年6月から取締役)を務めています。

 ニコンは日露戦争後の1917年(大正6年)に日本光学工業として設立され、今年107年目を迎えました。もともとは顕微鏡や望遠鏡などを製造していましたが、第2次世界大戦後にカメラを作り始めました。

 カメラは、現在も、日本企業が世界シェアの上位5社を占めています。日本が誇る産業ですが、私がニコンのCFOに就任した2020年4月の時点では、カメラ事業は2年連続で赤字決算となっていました。他社ではオリンパスさんがカメラ事業を譲渡すると発表し、一時期は「カメラ事業は先行きが危ういのでは」と心配されたこともあります。

 その後、ニコンはハイエンドにフォーカスするなど製品開発を見直し、カメラ事業の業績を回復しました。他にも、半導体やフラットパネルディスプレイ(FPD)の露光装置、再生医療・遺伝子治療に使われる細胞生産の受託・開発、レーザー光によりサメ肌のような微細な凹凸を物体表面に加工することで空気や水の抵抗を減らし、エネルギー効率を向上させるリブレット加工など、カメラ以外のビジネスも展開しています。

ニコンCFOでビジネス書作家の徳成さん
ニコンCFOでビジネス書作家の徳成さん
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徳成旨亮(とくなり・むねあき)
ニコン取締役専務執行役員CFO
慶応義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO、米国ユニオンバンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国インスティテューショナル・インベスター誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に4年連続で選出される。

アニマルスピリッツが欠けている

 ところで、みなさん「CFO」と聞くと、「数字に厳しい」「守りの姿勢」「業績を優先しろと言われる」といったイメージがあり、「会社の中であんまり付き合いたくない人」と思っておられるのではないでしょうか。

 私はそういった意味では、旧来の日本的なCFOではありません。もちろん、会社を存続させるため「金庫番」としての役割はしっかり果たさなければなりませんが、私の考えるCFOとは「冷徹な計算と非合理的なまでの熱意を併せ持つ者」であるべきだと考えています。

 「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」は「アニマルスピリッツ」とも言えます。イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは彼の著書『 雇用、利子および貨幣の一般理論 』(間宮陽介訳/岩波文庫/上下巻)の中で、「企業活動が将来利得の正確な計算にもとづくものでないのは、南極探検の場合と大差ない。こうして、もし血気(アニマルスピリッツ)が衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待に頼るほかわれわれに途がないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」と書いています。

 私は過去に何度も海外の投資家から、「君たち(日本の企業・経営者、日本人)にはアニマルスピリッツがないのか」と言われてきました。今の日本人には、「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」が欠けています。

 ビジネスで実現したいことがあるなら、がむしゃらに取り組む。私はCFOとして、「今なら予算があるから、前にやりたいと言っていた研究開発ができるよ」「夢があるなら、もう一度チャレンジしてみたら」と社員の背中を押す存在でありたいと思っています。

 社員も会社も生き物です。将来に対する夢がないと枯れてしまい、人も組織も永続できません。そうしたエールを込めて、『 CFO思考 日本企業最大の「欠落」とその処方箋 』(ダイヤモンド社)を書きました。私が先ほど述べたようなことに加えて、私がこれまでのキャリアで経験したCFOの仕事の実態と面白さ、そして、個人と日本経済が成長するためにやるべきことを1冊にまとめています。

徳成さんが初めて実名で書いた『CFO思考』
徳成さんが初めて実名で書いた『CFO思考』
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シニアと女性を含む若い実務者にお薦め

 実は私は今まで、北村慶というペンネームで著作を発表し、新聞のコラムも執筆してきました。今回の『CFO思考』は初めて本名で書いた本になります。なぜ、本名で書いたかというと「某CFOが語る」では説得力がないからです。ペンネームで書けたら、どんなに楽だったことか(笑)。本書は実名を明かしてギリギリのところまで踏み込んだ内容となっています。

 私はこの本を、シニア経営層の方々や女性を含む若い世代、実務をやっておられる皆さんに読んでもらいたいと思い、執筆しました。会社内である程度の地位まで昇ったシニアは、「無事是名馬」とばかりに、このまま定年後は子会社の役員になってのんびり過ごそうなどと思っていませんか。また、実務に携わる皆さんは、「与えられた通りに」あるいは「前例踏襲で」仕事をしていればいい、と考えていませんか。

 でも、皆さんはそれぞれの領域のプロですから、「この一線を超えると危ないけれど、そこまでは新しいことにチャレンジできるな」という境界線が分かっているはずです。守りに入らず、半歩を踏み出して境界線に近づいてほしいのです。潜在能力の高い若手担当者はたくさんいます。CFOを目指してくれる人がたくさん出てくるとうれしいですね。

 実は、本を読んだ感想を寄せてくれる方は、大企業で働く方々ばかりでなく、学生や起業家、NGO(非政府組織)の設立者やベンチャー企業のCFOも多くいます。皆さん、アニマルスピリッツを発揮せよ、という私の主張に刺激を受けたようです。

 私は、「インフレはアニマルスピリッツの発揮を加速する、後押しする」と考えています。今後、日本はデフレからインフレへと変わっていくでしょう。現金をため込んでも、貨幣の価値は下落していきます。100万円が数年後には97万円や95万円の価値になってしまう。それならば、企業なら人的資本や設備に投資し、個人は学びに自己投資し、存在価値を上げていくことが重要になります。

 これまでは現状維持が正解でしたが、これからは同じ仕事、同じ毎日を過ごすのではなく、自ら成長していくことが必要になります。本書を読んでそれに気づいてもらえたら、と思っています。

(後編に続く)

「同じ仕事、同じ毎日を過ごすのではなく、自ら成長していってほしい」
「同じ仕事、同じ毎日を過ごすのではなく、自ら成長していってほしい」
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取材・文/三浦香代子 写真/洞澤佐智子