「『前にやったよね』、確かに使っていました。授業の仕方を反省しています」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本書の背景にあるのは「人は、聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるもの」という考えであり、これは認知科学における「常識」だと今井むつみさんは指摘します。この常識を知らないばかりに、多くのトラブルや悩みが起こっているというのです。本パートでは引き続き、同書から抜粋して、子育てや教育の現場で起こりがちな「伝わらない」の本質的な原因に迫ります。2回目は、「丁寧に説明してもわかってもらえない」のはなぜか。

「言えば伝わる」の試練──記憶力の問題

 例えば講演会に行き、登壇者の話に大いに感銘を受けることがあるでしょう。あなたはその話の詳細を、1年後はもとより、1カ月後に覚えているでしょうか? きっとかなり難しいと思います。それは私も同じです。「感動した」「いい話だった」ということは覚えていたとしても、詳細な中身は悲しいくらい忘れています。

 子どもたちの勉強も同じです。例えば1年前や2年前に習った平面図形の知識をもとに、立体図形の学習に入るとします。しかし、立体図形を習う頃には、平面図形の基本的な知識をすっかり忘れている子どもが、かなりの数います。そしてそれは、仕方のないことです。

 一方で学校の先生は(ちょっとは復習するかもしれませんが)、
「皆さん、覚えていますね」
 という前提で、立体図形の授業を始めます。立体図形の授業自体は実によく準備されているのですが、先生に「人は忘れる」という認識が薄いために、つまずいてしまう子どもがぼろぼろと出てくるのです。

 この「人は忘れる」という前提が問題なのです。

言った側は覚えている。言われた側は忘れている

 「覚えている、覚えていない」ということに関しては、情報への接し方も大きく関係しています。講演者も、学校の先生も、言った側はよく覚えているのですが、言われた側は忘れてしまいます。
 あるいは、情報の種類によっては、言った側は忘れているが、言われた側はよく覚えている、という場合もあります。

 それは、言った側と言われた側で、その情報の重要度が違うからです。
 先の例で言えば、学校の先生は「平面図形」を教えたことを明確に覚えています。クラス全員に理解してもらわなくてはならないという使命感もあることでしょうから、先生にとって平面図形の重要度は「高」となり、教えた記憶は明確に残ります。

 一方、小学生の中で、その単元が始まる前から「ぜひとも平面図形について学びたい」と思っている子どもは、どれだけいるでしょうか? きっと多くの子どもは、ある日突然先生から、
「今日から平面図形に入ります」
 と宣言され、三角形や四角形についての説明を聞く中で、興味を持ったり、持たなかったりするでしょう。

 平面図形に初めて触れる子どもならば、最初はその重要度は自然と「低」となりがちです。あることを覚え、使おうとする強い意志がない限りは、教えられてもなかなか記憶には残りません。自分にとって重要でない物事が記憶に残らないのは当然です。

ハラスメント問題がなかなか解決しない理由

 反対に、「言った側は忘れているが、言われた側はよく覚えている」情報として代表的なものは、近年、問題視されている様々なハラスメントです。

 ハラスメントが問題となるのは、多くの場合、言った側に取り立てて悪意があるわけではないからです。そのため、言った側は、その発言をしたことすら覚えていません。
 一方、言われた側は不快な思いをしたり、傷ついたりすれば、忘れたくても忘れられない、という事態にすら発展しかねません。これもまさに、両者の情報の重要度の差によって生じたギャップといえるでしょう。

 私たちは普段、自分のスキーマ(認知や思考の枠組み)のフィルターを通して世の中を見て、知識や情報を得ています。
 世の中のすべてを見て吸収していくことはできませんから、自分が必要だと思うこと、興味のあることだけを無意識のうちに優先して取り込んでいきます。それに重要度の低い情報を覚えておけるほど、記憶の容量があるわけでもありません。

 ですからいくら先生が一生懸命説明したとしても、聞いている生徒のスキーマに受け入れる準備がなければ届くことはないですし、ハラスメントを受けた人が訴えても、ハラスメントした側に「ハラスメント」のスキーマがなければ聞き流されたり「自意識過剰だ」と言われたりしかねないのです。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)