ここまで、48回にわたる「今井むつみ 認知科学の世界」の連載を通して、乳幼児の母語学習や学び、望ましい教育のあり方、私たちの記憶や認知バイアス、熟達といったテーマについて考えてきました。今回はこの連載の最終回として、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)の「おわりに」を抜粋します。
自分の足で、人生を歩んでいくということ
本書を読んでくださっている皆さんは、向上したい、成長したいという気持ちが強い方だと思います。そしてその気持ちは、人が働く上で、大きくいえば生きていく上でとても大切なものです。
強い思いを持ち続けられることは、それだけでひとつの大事な能力です。「明日は今日よりもっとよくなりたい」「今やっている仕事より次の仕事はいい仕事にしたい」。そう思えること自体が才能なのです。
本書では、「話せばわかる」「言えば伝わる」を切り口に、人の認知や記憶の仕組みについて、幅広くお話ししてきました。また、直観についても考察し、失敗の意義についても取り上げました。日常の生活の中で私たちの認知機能がどのように働いているかについて、その一端をつかんでいただけたのではないでしょうか。
私自身、本書を書き終えた今、理解し合うことの難しさを改めて感じています。世の中にこれだけの対立があるのには、理由があるのです。
この世界で生きていくということは、自分の芯を持ち続けながら、別のスキーマを持った人々の立場や考え方を理解し、折り合いながら暮らしていくことです。相手の中にも自分の中にも存在する認知バイアスに注意しながら、物事を一面的ではなく様々な観点から評価し、判断する。自分の所属する、帰属する集団の価値観を、一歩引いて見つめてみる。メタ認知をしっかりと働かせることを意識していく。しかし自分の芯はぶれさせない。
これは決して簡単な生き方ではありませんし、ぼんやりとしてつかみどころのない生き方のように思われるかもしれません。
長く果てしない探究の道へ
そんなときは、逆の生き方を想像してみるとわかりやすいかもしれません。
自分の芯を持たず、様々な立場の人を許容することなく、物事を自分の考えのみで判断し、所属する集団の中の価値観を正しいと信じて発言する。そういう人があなたの周りや言論空間にもいるかもしれません。
思い込みにとらわれたそのような生き方は、実はラクな生き方でもあります。
相手の意図を考える必要も、情報を精査することも、知識や教養を得ることも、自分を外から見つめ直すこともないからです。自身を見つめ直し、自己を批判することで痛みを感じることもありません。自分が思ったことが正しいし、情報は自分が思ったように解釈すればいいからです。
自分の認知のバイアスに埋没し、心地よいところだけで生きるのは、とてもラクな生き方でもあるのです。
その道を選ばなかった皆さんは、これからの日々も探究しながら生きていくことになるでしょう。1つの問題だけを取り出しても、相手の立場や信念に思いを巡らせ、それにまつわる知識を学び、自分が持つ偏見を見つめ、その背景を探り……。多くのことを俎上(そじょう)に載せてうなりながら、自分なりの結論を出していくのだと思います。
自分とは相容れない相手に対しても、「許せない」と切り捨てたり、「人それぞれ」と突き放したりするのではなく、「そういう考え方もあるのか」「そういう捉え方もできるかもしれない」と建設的にすり合わせをしていくことでしょう。
大変な世の中です。
自分のこと、家族のこと、仕事のこと、社会のこと。考えなければならないことはたくさんあります。そのような中、人の認知について知るためにこの本を手に取り、その知識を持って物事をより深く考えようとする皆さんの前には、長く果てしない道がのびていることでしょう。決してラクな道ではありませんが、その探究の道のりがよりよいものであることを、心から願っています。
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)
