リーダーシップ研究には伝記と自然実験という2つの手法がある。よく使われるのは、伝記によってある人物の特別な資質を説明し、それが歴史を変えたと主張し、同時代に同じような結果を達成できた者はいなかったと断定するものだ。だが、それでは「リーダーになれたはずの人」を特定し、彼らなら何を成し遂げたか検証するのは難しい。最近開発されたそれほど知られていない方法が、いわゆる自然実験を活用するものだ。ベストセラー『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド博士の最新作『 商人・預言者・指導者・王 リーダーは本当に歴史を動かすのか 』(土方奈美訳/日本経済新聞出版)から「プロローグ」を抜粋・再構成し、5回に分けて公開する。今回は第3回。


唯一無二のリーダーを見きわめる「ハムレット・テスト」

 リーダーシップの問題を研究する方法は、大きく分けて2つある。伝記と自然実験だ。

 伝統的な、そして最近まで最も広く使われていた方法は、リーダーとされる人物の伝記を書くことだ。ある人物の特別な資質を説明し、それが歴史の帰趨(きすう)を決定づけたと主張し、同時代に同じような結果を達成できた者はいなかったと断定する。

 ただ伝記という方法では、現実にリーダーとなった人の代わりにリーダーになれたはずの人をすべて特定し、彼らなら何を成し遂げたか検証するのは難しい。

 この問題について、私が「ハムレット・テスト」と呼ぶ方法によって解決できるケースもある。エリザベス朝のイギリスで、シェークスピアが10歳のときに天然痘で亡くなっていたら、それに匹敵する劇作家は他にいたのか、そのうち『ハムレット』のようなすばらしい作品を書けた者はいたのか。

 『ハムレット』は未熟で無名な劇作家の処女作ではない。シェークスピアは38の作品を残したとされ、そのうちハムレットは22作目にあたり、デビュー作から約10年後に書かれている。すでに『ロミオとジュリエット』や『ジュリアス・シーザー』など初期の傑作も書いており、実力は折り紙つきだった。また5~6年にわたって最高の劇場と役者を擁するロンドン有数の劇団の看板作家として活躍していた。このため『ハムレット』のような戯曲を書けたかもしれない他の劇作家も、同時代の何千人といる無名作家ではなく、有名で実績のある劇作家でなければならない。

 シェークスピアと同時代のエリザベス朝の劇作家が誰であったかはわかっている。当時の戯曲の多くが保存されているので、評価することもできる。同時代の作家のうち、シェークスピア以外で最も優れているとされるのがベン・ジョンソン、クリストファー・マーロウ、ジョン・ウェブスターの3人だ。

 だが3人の最高傑作でも『ハムレット』をはじめとするシェークスピアの傑作の足元にも及ばない。3人の作品が今日上演されることはほとんどない。シェークスピアが早世しなかったことで彼らの執筆能力が阻害されたわけではない。たとえ彼が幼くして天然痘で亡くなっていても、3人の同世代作家がより良い作品を書くことはなかっただろう。

 このケースではシェークスピアには特別な能力があったと、説得力のある主張ができる。シェークスピアが書いていなければ、他のエリザベス朝の劇作家が『ハムレット』のような傑作を生み出すことはあり得なかったと断言できる。それはシェークスピアの商売敵(しょうばいがたき)であった少数の劇作家をすべて特定し、評価することが可能だからだ。この「ハムレット・テスト」は本書で取り上げる他のリーダーにも当てはまるか、おいおい見ていくことにしよう。

 ただエリザベス朝の有名な劇作家のように、他の少数のリーダー候補を特定できるケースは稀(まれ)だ。ビル・ゲイツと同時代のアメリカ、イスラム教の救済者とされるマフディーと同時代のスーダン、西ドイツ首相のヴィリー・ブラントと同時代のドイツに、この3人のリーダーと同じような偉業を成し遂げられる立場にあった人がどれくらいいたかはわからない。

 3人は同時代人の誰よりもはるかに優れた能力の持ち主だったのかもしれないし、単に正しい場所に正しいタイミングで居合わせる幸運に恵まれただけかもしれない。だがシェークスピアのケースのように、彼らの代わりにリーダーになりえた人々をすべて特定し、評価することは不可能だ。

自然実験を活用し、リーダーシップを研究する

 このように「ハムレット・テスト」によって補強することも可能な伝記という手法は、リーダーの重要性を評価する伝統的方法であり、なじみがある。一方、最近開発されたそれほど知られていない方法が、いわゆる自然実験を活用するものだ。

 この方法は化学者や分子生物学者が用いる厳格な操作的実験から着想を得ている。操作的実験では「実験群」の試験管に1つの物質を加え、その物質以外はまったく同等の「対照群」の試験管との違いを比較する。

 もしタイムマシンを使ってドイツ現代史をリプレイできるなら、そのうち10回はヒトラーを1930年3月13日の事故で死なせ、残りの10回は生き延びさせ、計20回の結果を比較することで、ドイツ現代史におけるヒトラーの重要性を統計的に検証できる。残念ながら現時点でタイムマシンは存在しないので、厳格な操作的実験は不可能だ。

 次善の策として、今日のリーダーの何人かを暗殺して、その結果を調べることも考えられる。だが実行は難しいだけでなく、非倫理的で違法だ。方法論としても不十分だ。というのも暗殺をした実験例があるだけで、その人物が暗殺されなかった対照例が存在しなければ、暗殺自体がその後の出来事の原因なのかはわからない。暗殺がなくても、その後の出来事は同じように起きたかもしれない。

 だが自然とそのような実験に近い状況が生じることもある。現代の政治リーダーで暗殺された者は数十人いる一方、暗殺されなかった者は何百人もいる。

 毎年何千人ものスポーツの監督がクビになったりならなかったり、あるいは別のチームに移籍したりしなかったりする。

 毎年何千人という企業のCEO(最高経営責任者)が亡くなったり亡くならなかったり、クビになったりならなかったり、病気になってさまざまな日数の入院をしたりしなかったり、さまざまな関係の親族が亡くなって気もそぞろになったりならなかったり、他の会社に移ったり移らなかったりする。

 ここ数十年、社会科学者は歴史、ビジネス、スポーツの分野でこのような自然実験の分析を大きく発展させてきた。宗教分野での研究も1件、行われている。自然実験は天文学、地質学、野外生物学、疫学など科学として認められているさまざまな分野においても、疑問に答える唯一あるいは主要な方法として以前から使われてきた。

 天文学者は星を実験的に明滅させることはできないので、観察および比較によってのみ研究を進められる。地質学者は氷河を実験的にとかしたり凍らせたりするのではなく、観察および比較によって目的を達する。野外生物学者は通常、鳥の個体群を絶滅させるような実験をすることは許されないが、観察と比較によって理解を深めることに成功してきた。

 私の過去62年にわたるニューギニアの鳥たちの研究も、すべてそんな手法で行ってきた(ただそれに加えて、野外生物学者は知恵を絞り、植物や多くの動物種について倫理的に許容される範囲で非破壊的で操作的な野外実験を設計するようになった。昆虫などさまざまな生物については、倫理的に許容される破壊的実験も行うようになった)。

 疫学では有名な自然実験によって、かつて恐れられていたコレラという流行病が水を媒介に感染することが明らかになった。1854年、医師のジョン・スノウはロンドンでのコレラ流行の最中、新規感染者はロンドンのブロード・ストリートにあるたった1つの公共ポンプの水を使っている人に集中していることに気づいた。

 そこからポンプの水が汚染されていることを正しく推測し、操作的実験としてポンプのハンドルの交換を地域の議員に求めた。すると驚いたことに地域の流行はすぐに収束。ジョン・スノウの自然実験の結果が正しかったことが確認された。

 このように近年社会科学で活発に使用されるようになる以前から、自然実験には長く輝かしい歴史があったのだ。

人類史を変える者の誕生は 偶然か、必然か。

歴史を変えるリーダーには特別な資質があるのだろうか。どんなときに、たった1人の人間が人類史を動かせるのだろうか。大ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者、ダイアモンド博士が企業、宗教、スポーツ、歴史の4分野で人類の謎を壮大なスケールで解き明かす。

ジャレド・ダイアモンド著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/2970円(税込み)