著名なリーダーの成功は、たまたま正しい時代に正しい国に生まれたかどうかに左右されるのだろうか。実はチンギス・ハンの成功には「雨」が重要な役割を果たしたことが最近わかってきた。チンギス・ハンは同時代のモンゴル人のなかで最も有能だったかもしれないが、生まれるのが20年早かったらその才能も開花しなかったかもしれない。ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者、ジャレド・ダイアモンド博士が、「リーダーは本当に重要なのか」という問いに真正面から取り組んだ最新作『 商人・預言者・指導者・王 リーダーは本当に歴史を動かすのか 』(土方奈美訳/日本経済新聞出版)から「プロローグ」を抜粋・再構成し、5回に分けて公開する。今回は第5回。
第2回 もしヒトラーがいなかったら? ジャレド・ダイアモンド『商人・預言者・指導者・王』
第3回 リーダーを見きわめる2つの方法 ジャレド・ダイアモンド『商人・預言者・指導者・王』
第4回 CEOの高額報酬に根拠はあるか? ジャレド・ダイアモンド『商人・預言者・指導者・王』
第5回 チンギス・ハンはたまたま正しい時代に生まれた ジャレド・ダイアモンド『商人・預言者・指導者・王』「今はここ」
チンギス・ハンはたまたま正しい時代に正しい国に生まれた
著名なリーダーの成功は、たまたま正しい時代に正しい国に生まれたかどうかに左右されるのだろうか。その答えが「イエス」であることが、最近になってわかってきた人物がいる。
アレクサンドロス大王やカエサル、カール大帝やナポレオン、ヒトラーでも足元にも及ばない、歴史上最も偉大な征服者のケースだ。銃が発明されるまで数千年にわたり、中央アジアの草原地帯から出現した騎馬民族が中国、インド、中東、ヨーロッパの周辺地域をたびたび恐怖に陥れ、制圧した。この騎馬民族による帝国のなかでも最大、そして世界史上最大規模の領土を誇っていたのが、13世紀のモンゴルの王チンギス・ハンとその後継者たちだ。チンギス・ハンはまぎれもなく軍事および統治の天才だった。
だがフン族のアッティラ、ハンガリーのアールパード、そしてトルコのティムールなど、草原地帯出身の天才的リーダーは他にもいた。チンギスはその先駆者や後継者たちをはるかにしのぐような天才だったのだろうか。
必ずしもそうではない。チンギス・ハンの成功には軍事と政治の才能だけではなく、雨が重要な役割を果たした。近年、モンゴルの草原地帯の降水量が古い松の木の年輪から算出された。その結果、チンギス・ハンの台頭と成熟期にあたる数十年は、モンゴルの同地域の近代史において最も降水量が多い時期であったことがわかった。降水量が多ければ放牧された家畜のための草が増え、食用の羊やヤギの頭数や雌(めす)馬の乳が増え、戦闘用の馬の数が増え、大人になるまで生き延びて馬に乗るモンゴル人の赤ん坊が増える。
チンギス・ハンは同時代のモンゴル人のなかで最も有能な長(おさ)であったかもしれないが、生まれるのが20年早かったら、あるいは300キロメートル南方で生まれていたら、その才能も開花しなかったかもしれない。年輪年代学者ではないチンギス・ハンは、そうとは知らずに正しい時代と場所に生まれ落ち、そのうえ同時代の同胞の誰よりも才能と運に恵まれていたのだ。
正しい時代に正しい場所に生まれた偉大なリーダー
ボツワナ初代大統領のセレツェ・カーマ、イスラム教の救世主とされるマフディー、ビル・ゲイツをはじめ、他の多くの偉大なリーダーも正しい時代に正しい場所に生まれた。チンギス・ハンと違い、彼らは自分の幸運を認識していただろうか。
明らかに認識していなかったリーダーは多い。セレツェ・カーマに自分が大統領に就任した数カ月後にボツワナでダイヤモンドが見つかることは予見できなかった。イエスは自らの死から15世紀後に、自分が生涯を過ごしたローマ帝国の旧領から生まれた国々が世界の大半を征服し、それによって自分の宗教が世界に広まることは予見できなかった。
一方、行動を起こすタイミングを選択するのがどれほど重要かを理解していたリーダーもいる。ここぞというタイミングが来るまで行動を控え、好機が到来するとそれをつかんだ人々だ。本書で取り上げる一例がビル・ゲイツだ。
共同創業者のポール・アレンにパーソナル・コンピュータを開発するための条件はまだ整っていないと言いつづけたが、ひとたびインテルが新しい高速チップ「8080」を発売し、パーソナル・コンピュータが実現可能になると、ただちに行動を起こそうと促した。
同様に、シャルル・ド・ゴールはタイミングがすべてであることを何度も示した。二度にわたってフランスの指導者として自らの能力を最大限発揮できる機会を作り出し、また状況が自分に不利とみると二度とも辞任した。タイミングの問題は本書を通じて何度も見ていくことになる。
私と同じようにみなさんもリーダーシップの問題に興味を抱き、自らの人生に役立つと思っていただければ幸いだ。
歴史を変えるリーダーには特別な資質があるのだろうか。どんなときに、たった1人の人間が人類史を動かせるのだろうか。大ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者、ダイアモンド博士が企業、宗教、スポーツ、歴史の4分野で人類の謎を壮大なスケールで解き明かす。
ジャレド・ダイアモンド著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/2970円(税込み)

