リーダー職は、「なって終わり」ではなく「リーダーとして成長すること」も求められます。その一方で、仕事の量や、関わる関係者が増え、自分の成長にコミットすることに課題を感じている人も少なくありません。そんな状況を打破するにはどうすればいいのでしょうか? 『選ばれる人の100の習慣』(日経BP)がビジネスパーソンをはじめ、10~20代の若い世代にもよく読まれている、歯科医で著者の井上裕之さんと、シリーズ累計28万部突破の『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』(日経BP)の共著者で、同書籍の執筆にあたりリーダー本の名著100冊を読み込んだ小川真理子さんが対談を通して考えていきます。
ビジョンを描き、未来の「選ばれる自分」を準備する
小川真理子さん(以下、小川) 井上さんは、歯科医師として地元の北海道・帯広にクリニックを構えられていて、患者さんの中には、紋別や函館から車で7、8時間かけて来られる方や、東京、広島、鹿児島から飛行機で、さらにはニュージーランドやオーストラリア、アメリカのサンフランシスコから通院される方もいるそうですね。どのようにして、多くの方から選ばれるクリニックを築かれていったのでしょうか?
井上裕之さん(以下、井上) 開業したのは1994年で、最初の患者さんは、最寄りの方がほとんどでした。ただ、当初から、「世界中から患者さんが来てくれる歯科医師になる」というビジョンを掲げていました。だからそうなれたんです。何も思い描いていなかったら、ここまで来られたかどうか分かりません。
小川 思い描いたビジョンがあったから、今の状況に到達できたのですね。
井上 私は東京歯科大学大学院を修了後、世界レベルの技術を学ぶためにアメリカのニューヨーク大学、ペンシルベニア大学、スウェーデンのイエテボリ大学で研鑽(けんさん)を積みました。そしてクリニックを開業するとき、自分は世界中に勉強しに行っているのだから、世界から患者さんが来るようにしたい、と思ったんです。人が集まる東京や関東圏のどこかに開業する、という発想はしませんでした。地元の帯広でしたら、最も自然体で力を発揮できる場所であることに加え、地元で世界に通じる歯科医療ができたら地域に貢献できると思ったからです。だから、人が多く、集客しやすい所に出て行くのではなく、自分はやりたい所でやりたいことをやり、その自分を選択してもらえるようになることを思い描いたんです。

小川 ご自身の価値観を変えずに、選ばれる人になろうとしたわけですね。えてして、選ばれたいという思いが強いと、自分を変えて相手に歩み寄ろうとしがちですが、それはされなかった。
井上 ええ、自分自身を変えてまで歩み寄ろうとするのは一種の媚(こ)びになりますからね。自分の価値が下がってもいいから気に入られたい、という気持ちが無意識のうちに相手に伝わって、信念や軸がない人、と受け取られてしまいます。そういう人を、誰も選びたいとは思いませんよね。
小川 確かに、できれば避けたい人になってしまいます。互いを認め合うための歩み寄りは必要ですが、ただ相手に合わせて自分を変える、というのは過剰で、健全な関係になり得ないんですね。
井上 だから、軸は自分の中にしっかり持ったままで、選ばれる自分になるには何をしたらいいのか、何が足りないのか、と考えるべきなんです。
「自分次第」と考えれば、自由も成長も手に入る
小川 井上さんは、歯科医として選ばれる自分になるために、どういうことをされたのですか?
井上 歯科医向けの講演会をすると、「高額な診療を契約するときは、どれぐらい細かい治療計画を立てて、どれくらい時間をかけて説明するといいですか」といった質問をよくされます。しかし、その営業的な手法に終始する考え方がそもそも違います。患者さんは不安や恐怖を抱えています。それを乗り越えて、任せたいと思ってもらうには、人としての器量も求められます。だから、高額な診療に限らず、患者さんとの向き合い方で重視すべきは「治療計画の立て方」や「説明する時間の割き方」ではないわけです。
僕なら、いくらでもいいから先生にお任せしたい、と思ってもらえる自分になるにはどうしたらいいんだろう、と考えます。おととし、「ゴッドハンド(神の手)」と呼ばれた脳神経外科医の福島孝徳先生が逝去されましたが、先生は世界のどこにいても患者さんが来られました。端的に言えば、自分も福島先生のような絶対的な信頼を築くにはどうしたらいいのか、ということです。
小川 井上さんの考え方は、常に能動的ですよね。「どうしたら患者さんが来てくれるか」ではなく、「患者さんが来てくれる自分になるにはどうしたらいいか」。「どうしたら任せてもらえるか」ではなく、「任せたいと思ってもらえる自分になるには何をすべきか」と。そうした課題を一つひとつ解決しながら、実力と信頼を磨かれている印象を受けます。

井上 そう、僕は自責思考なんです。何か問題や失敗、望まない結果が起きたとき、その原因や責任は自分自身にあるという考え方です。自責思考と自己否定を混同する人がいますが、まったくの別物です。自責思考になると、人生を自由自在に描けるようになるんです。例えば、チャンスに対する考え方。「どうしたらチャンスに恵まれるだろう」ではなく、「チャンスに恵まれる人になるにはどうしたらいいだろう」と考えます。能動的になる分、人生を自由自在に描けるんです。
小川 「どうしたらチャンスに恵まれるだろう」という考え方だと、運やタイミング、人の厚意などの外部からのチャンスの到来を待つことになりますね。一方、「チャンスに恵まれる人になるにはどうしたらいいだろう」という考え方だと、スキルや知識などの能力開発、人との関係性構築のために主体的に動けて、自由度も高まりますね。
井上 前者の場合、不確実な運任せになりやすく、またチャンスがきても準備ができていなければ、結果として機会損失になります。後者は自己成長が促されるので、チャンスを棒に振ることがありません。
やっぱり根性はあるほうがいい
小川 自責思考とは反対の他責思考だと、あれもこれも人のせい、会社が悪い、自分は悪くない、と言って、自分が成長する糧や気づきを得られませんよね。結果、外部要因に流されるだけの人生になってしまいかねません。

井上 ずばり、根性が足りないですよね。根性論を持ち出すと時代にそぐわないという人や、古めかしいお説教のように捉える人がいますが、僕が出会ってきた選ばれる人には例外なく根性があります。根性の源は気持ちの強さで、「そこまでやるか」と周りを圧倒する熱意、熱量と言い換えることができるでしょう。
意外なことに、20代の人が多い講演会でも一番ウケることは何かといったら、根性論だったりします。今は働き方も二極化していると言われますよね。熱意や熱量を持って仕事に取り組みたいという人と、プライベートを充実させたいから仕事はそこそこでいいですという人の二極化。もっとも、プライベートの充実をはかるにはお金が必要になりますよね。だったら仕事を頑張ったほうがいいのでは? と思わずにはいられません。
小川 根性って物事を形にしていくときや、事を成し遂げるときに必要不可欠な力ですよね。井上さんの近著『選ばれる人の100の習慣』にも、根性の重要性について書かれています。特に、「スポーツの試合で、途中から根性を出しても試合には勝てません。ゲーム開始前から気合を入れて、根性を発揮することが勝敗を左右します。ビジネスも同じです。最初から全力で向き合える人が最後までやり遂げます」というところが印象的でした。
しんどいからこそ、まずは「聞く」
小川 初歩的な質問になりますが、「選ばれるリーダー」になることに難しさを感じる、部下に慕われない、そもそもうまく関係を築けないという現実に直面している人がいるとします。その人が『選ばれる人の100の習慣』を読むとしたら、まずどの項目を読んだらいいでしょうか?
井上 3章の「感じのいい聞き上手になる」をはじめ、相手の話を聞くことに関する項目から読むことを推奨します。とくにリーダーになりたての時期は責任やプレッシャーを感じ過ぎて、ついつい自分の意見を言っちゃうんですよね。そうすると押しつけがましくなってしまいます。そこに、慕われない理由があるかもしれないので、まずは聞くことに徹するといいでしょう。
小川 慕われるためには、何よりも「まず聞く」ですね。
井上 小川さんの近著『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』にも、聞くことの重要性について書かれていますよね。「信頼されるリーダーは『話す』より『聞く』」というのは、全くもってその通りだと思います。
小川 信頼できるマネジメントの古典として世界中で読み継がれている『マネジャーの全仕事』(ローレン・B・ベルカー、ジム・マコーミック、ゲイリー・S・トプチック/佐々木 寛子・翻訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)に、次の記述があります。
「マネージャーとして結果を残したいなら、しっかり人の話を聞くべきなのだ。とりあえず、自分が話す量の少なくとも2倍は人の話を聞くように心がけたい」。これを読んだとき、2倍もか、と思わずにはいられませんでした。
井上 黙って聞く、というのは、本当にしんどいことなんですよ。僕は過去に一度、スタッフの研修期間中に、終日スタッフの話を聞くだけの日を過ごしたことがあります。マネジメントを学ぶためにドラッカー塾へ行ったときに「聞くだけの日をつくる」と教わって、どんな効果があるのか興味を持ったんです。
スタッフの数は15人、宿泊施設の会議室で、何を言われてもひたすら聞き続ける。みんな好きなことを言うわけですよ。しかも、僕がしゃべらないから、どんどん調子に乗り出して。それは絶対違うだろう、という話もあったけれど、反論できず……。ずっと黙って聞いていると病気になると思いましたね(笑)。

小川 実践されたからこそわかる「聞くの労力」ですね。
井上 それぐらい、聞くというのは大変なことなんです。同時に、相手は聞いてほしいことがいっぱいあるということです。正しいとか、正しくないではなくて、ただ聞いてほしい。聞いてもらえると心理的安全性が高まります。だから、聞くことが慕われる第一歩になり得るわけです。部下は自分の考えに自信がなくても、笑われたり罰せられたりしない確信があるため、アイデアや意見を発言しやすくなるでしょう。部下とは世代も経験値も違うから、相手の視点ごと受け止めて、「そうか」「そうなんだね」と共感を示しながら聞くことが肝要です。

(構成=茅島奈緒深、写真=鈴木愛子)
井上裕之(著)、日経BP、1760円(税込み)
藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1870円(税込み)

