「相手から急に直接的な嫌味を言われた」ということまではいかなくても、「会話の中で何か見下されているようなニュアンスを感じた」経験は、ありませんか? 『 ロンドン紳士と脳科学に学ぶ 品格のあるマウントのとり方 』では、あからさまな反撃で自分の品位を落とすのではなく、静かで洗練された振る舞いによって自分を軽んじさせない方法について脳科学者の中野信子さんが解説しています。連載の3回目は、「相手からの攻撃を無効化する上手なかわし方」について抜粋して紹介します。
強みや恵まれた環境を隠さず使えば、嫌味にならない
無自覚な「毒」を自覚的な「薬」へと変え、相手を不快にさせるどころか、かえって貴方への心酔を深めさせる、そんな「ステルス・マウントの昇華術」について、ここではご提案していきます。
貴方の圧倒的なスペックや環境を「自慢」としてではなく、相手を輝かせるための「照明」として使う、具体的テクニックを考えてみましょう。
自分の強みや恵まれた環境は、隠そうとすればするほど「嫌味」として漏れ出します。これはもう仕方のないことですから、いっそのこと隠すのではなく、「相手を肯定するための材料」として戦略的に差し出すことを企図してみましょう。
1 「逆・比較法」……自分のスペックを「踏み台」にする
自分の高すぎるスペックを、相手の「優れた点」を強調するための基準点として差し出す手法です。
たとえば貴方が難関大卒であったとしましょう。そして、仕事が速い後輩に対して。
「一応、大学で効率化のトレーニングは受けてきたつもりだけど、貴方のその『勘の鋭さ』だけは、どんな教育を受けても手に入らない天賦(てんぷ)の才能ですね。正直、嫉妬してしまいます」
昇華のポイントは、「難関大」という強固なブランドを自ら「敗北」の材料として使うところです。相手は「難関大卒に勝った」と、誰かに言いふらしたくなるでしょう。
例として使いはしましたが、別に難関大卒でなくともいいのです。輝かしい経歴など、貴方のスペックが高いことがわかるほど、相手への賛辞は重みを増し、貴方は「懐(ふところ)の深い、真の強者」として記憶されることでしょう。
2 フラジャイル・シールド
完璧に見える人間は、存在自体が他者へのマウントになります。そこで、あえて「人間味のある欠点」をスペックの隣に並べるのです。脆弱性の戦略的開示です。
美しすぎる、あるいは仕事ができすぎる貴方がこのように言うのは大変効果的です。「人からは恵まれていると言われますが、実はボーイフレンドに既読スルーされただけで一晩落ち込んでいるような繊細な人間なんです。貴方のように、コミュニケーションが巧みで、周囲と自然に調和できるしなやかさが、私には一番欠けているものかもしれません」
この言い回しのポイントは、自分の「無形の恵み(才能など)」を自慢するのではなく、その裏にある「自分の至らなさ」を語ることです。相手は「この人も同じ人間なのだ」と安心し、貴方のスペックを「攻撃」ではなく「個性」として受け入れやすくなるでしょう。
3 「プロジェクション(投影)称賛」……自分の強みを相手に譲渡する
自分が持っている素晴らしい環境や能力を、「貴方のおかげで気づけた」という形に変換して相手に返します。
裕福な家庭や良好な夫婦仲について話さなければならないとき、たとえばこのような形が考えられます。
「実は、自分が今の環境に恵まれていることに、貴方と話すまでこれほど深く感謝できていなかったんです。貴方の誠実な生き方に触れて、私も自分の足元にある幸せを、もっと大切にしなきゃいけないと気づかされました」
ここでのポイントは、自分の幸せを語りながら、その結論を「相手の存在のおかげ」に結びつけることです。これにより、話題を「私の自慢」から「貴方への感謝」へと自然な形で転換することができます。
マウントされないために必要な「自覚」と「感謝」
ステルス・マウントを回避する唯一の鍵は、自分が受けている「恩恵」を冷然と自覚することにあります。
「チャンスさえあれば、もっとやれたのに」という思いは、程度の差こそあれ、すべての人間が抱えています。その中で、実際にチャンスをつかみ、お金や美しさ、知性、あるいは自由を手にしている人は、例外なく「恵まれている」のです。
それは、自分の努力だけで勝ち取ったものではありません。
「夫は稼がないけれど、大変なときに必ず助けてくれる」
「俺より目立つなと言われない、家事をしろと強要されない」
こうした一見当たり前の「足を引っ張られない環境」すら、実はとてもありがたい、無形の恩恵といえるものなのかもしれません。
さらに視野を広げれば、GDPが世界4位に転落したとはいえ、蛇口をひねれば病原菌とも寄生虫とも無縁の清潔な水が出て、電波がほぼ制限なく使え、夜道を一人で歩くことのできるこの日本に住んでいること自体が、世界基準で見れば巨大な特権であり、特大のマウント要素になり得るかもしれないのです。
この「恩恵を受けている」という実感を、一秒たりとも忘れてはいけません。もちろん、これを無形のマウント要素に使うかどうかは、貴方次第です。
ここでいう「感謝」は、宗教でも、倫理でも、道徳的な義務でもありません。それは、自分の身を守るための最強のセキュリティです。
周囲から「この人は感謝を知る人だ」と見なされることは、不必要な攻撃を回避し、安全なポジションを確保するための、極めて合理的な戦略なのです。
多くの人が恵まれていることを自覚すれば、不満は減り、攻撃も少なくなっていくでしょう。感謝は、社会を安全にするためのインフラなのです。
中野信子(著)、日経BP、1540円(税込み)


