2019年、メディアやSNSで話題となった「老後資金2000万円」。実はその根拠は非常にあいまいで、しかもその金額は毎年変化しているといいます。FPの山崎俊輔さんの新刊『 老後に4000万円って本当ですか? 物価が上がる時代の退職後資産の考え方 』より抜粋、解説します。
「老後2000万円」の2019年は実は「老後1188万円」だった?
2019年、金融庁のワーキング・グループの報告書に関する記事をきっかけとして、私たちの老後のお金の常識となった「老後2000万円」でしたが、実は毎年「老後××万円」は変化しています。
まず、「老後2000万円」のレポートで使われた数字は2017年の家計調査年報のデータでした。これを用いて19年にレポートが公開されました。17年の統計データを元に18年に議論がなされ19年に報告書ですから、これはおかしい話ではありません。
しかし2019年の家計調査年報を用いて、同じロジックで「老後××万円」を計算するとどうなったかご存知でしょうか。
実は2019年の家計調査年報を用いると「老後2000万円」は「老後1188万円」となります。実は2000万円より増えるどころか大幅に下がっています。この年の年金生活夫婦の家計収支は赤字が月3.3万円となっており、それを踏まえると老後の予算が40%もダウンしてしまいました。
実際の老後は「人生100年時代」といわれるように長期の想定が必要です。少なくとも20年以上、できれば30年を考えるべきです。
しかし、目安となる「毎月の不足額」は調査年ごとに大きく違いが出てしまうため、「老後××万円」はブレることになります。
しかもブレ具合は著しく、2019年以降一度も老後に必要な額が2000万円を上回っていないほどです。
このように私たちが老後に必要な金額の定番だと思っている「老後2000万円」の根拠も、実はあいまいなものです。
そのあいまいさも老後資金の真実として知っておく必要があります。
コロナ禍では、老後は40万円の黒字に
コロナ禍のあの騒動は誰もがご記憶のことと思います。あの年は「老後××万円」が大きく減少した1年でした。
あの頃、全国で外出を自粛する時期が長く続きました。外食を控えるようにいわれました。美術館や映画館へ出かけるのははばかられました。旅行など避けるべし、ということになりました。高齢者は特に、感染時の影響が大きいとして「巣ごもり」を推奨されたものです。
ゲーム機が売れるなど「巣ごもり消費」も確かにあったものの、高齢者の家計は大きく出費が減少しました。
「教養・娯楽費」と「交際費」の減少は著しいものがありました。前年が合計で月5.1万円のところ、2020年の合計は3.9万円まで減少したのです。
加えて、定額給付金がありました。夫婦それぞれに10万円ずつ、合計20万円の収入があったということは、高齢者の家計のバランスを大きく変えます。そもそも月5~6万円の不足(年60万円の不足)が生じる年金家庭に、収入が20万円上乗せされて出費は10万円以上ダウンしているわけですから、収支はまったく違ってきます。
結果として、この年の年金生活夫婦の赤字額はなくなり、なんと黒字が月1111円出る、ということになってしまいました。そのまま計算をすれば、「老後に黒字40万円」です。2000万円だったはずの老後の必要額がコロナ禍で半減した、というならまあ分かりますが、なんと黒字転換してしまったのです。
社会の激変は老後の心配などぶっ飛ばしてしまうほどの変化をもたらしたことになりますが、言い換えれば、月数万円の差が、老後の必要額を2000万円動かしてしまう、と言えます(※家計調査年報は2020年から、高齢夫婦無職世帯(夫が65歳、妻が60歳以上)という区分を夫婦高齢者無職世帯(夫婦ともに65歳以上)としており、データの連続性がやや途切れていますが、抜本的なズレではないと考え、使用しています)。
「老後2000万円」問題の本質は旅行や娯楽に
コロナ禍の生活習慣激変は、「老後2000万円」問題の本質を明らかにしたといっていいでしょう。「年20万円の臨時収入があって、旅行等の外出を自粛し出費を抑制、日常生活費だけで暮らすと、老後の家計は公的年金収入でほぼ全額がまかなわれる(それどころか余ったお金を貯金できる)」ことが証明されたのです。
この年はまだ物価上昇の影響もなかったので、外出するかしないかだけが家計の変動要因となりました。年金額にはほとんど差がありません。
これを社会実験と言うのはあまりにも皮肉ですが、コロナ禍は、老後のお金の不安「老後2000万円」問題が、基本的に「教養・娯楽費」「交際費」の問題であることを改めて示してくれたわけです。
それでは、老後の生きがいやゆとりの問題であるのだから「じゃあ、老後にゼロ万円でも大丈夫」と言ってもいいのでしょうか。そういう問題でもありません。
仕事を引退して手に入れた自由な時間を有意義に過ごすためには、多かれ少なかれお金が必要です。そして手元のお金を無理に残すよりは、計画的に使ってセカンドライフを楽しい時間とするべきです。ベストセラー『DIE WITH ZERO』(ダイヤモンド社)が指摘したとおり、天国にお金を持っていくことはできないけれど、幸せな思い出なら持っていくことができます。そのためにお金を使っていいわけです。
公的年金は増額改定されている
さてこの「老後ゼロ万円」はコロナ禍からの日常生活の回復に伴い、金額が増えていきます。
「そろそろ、旅行に行くことにしよう」「そろそろ、美術館や映画館にも行きたいね」「そろそろ孫に遊びに来てもらおう」のような形で、人が移動をし始めると、お金も動き始めます。
2021年には毎月の不足額が18525円、「老後667万円」、22年には毎月の不足額が22270円、「老後802万円」です。
物価上昇の影響が現れ始めたのが2023年で、毎月の不足額が37916円、「老後1365万円」と数字が動き始めます。それでもやはり「老後2000万円」まで届いていません。
2024年には物価上昇の影響が鮮明となってきますが、年金額も引き上げられているので、収入と支出の双方がアップし、毎月の不足額が34058円とほぼ変わらないまま推移します。30年分で「老後1226万円」となります。むしろ100万円減ってしまいました。
よく「公的年金額は実質目減り」といいますが、物価上昇(賃金上昇)に応じた増額改定は行っているので、かなり日常生活費の負担増を打ち消しているのです。
冷静に振り返ってみると、レポートが公表されて以降の6年、「老後2000万円」という言葉だけが一人歩きしていることが分かります。
いつかは「老後4000万円」の世界がくる
近年、2000万円を下回り続けてきた「老後2000万円」問題ですが、2026年にはついに、老後の必要額が2000万円に戻るかもしれません。
2025年の物価上昇率もプラス3.2%と高い水準を維持しています。家計調査年報の25年の最新データでは、「老後1528万円」まで増えてきており、物価上昇の影響がじわり出てきているように見えます。
年金額の改定は行われますが、賃金上昇率を背景に改定すること(物価上昇率をやや下回る基調のため)、マクロ経済スライドを実施し改定幅が抑えられること(2026年度はマイナス0.2%を調整)などから、物価上昇率に対して「実質マイナス」になることは避けられません。
2026年度の年金額改定幅はプラス2.0%(厚生年金)であり、物価上昇率を1.2%分下回ります。今後も年金額の増よりも出費額の増が上回ると思われます。
いまだに「老後2000万円」を下回っているものの「老後1500万円」のところまできました。さらに出費の増が上回ったとすれば、2026年あるいは27年には「老後2000万円」が文字通り復活する可能性があります。
そして、一度上回った老後の必要額2000万円は、なかなか戻ってこないと思います。物価上昇というのは基本的には片道通行であって、昔の水準に戻る訳ではないからです。
数十年先を見据えれば、「老後2000万円」の復活はあくまで通過点であり、「老後4000万円」の世界がやってくると考えています。
山崎俊輔著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)


