近年、リーダーになることや出世を望まない人が増えています。しかし、「選ばれたい」という思いは人間が本能的に持っている欲求です。この"ねじれ"が生じる理由や解消法はどういったところにあるのでしょうか?『選ばれる人の100の習慣』(日経BP)がビジネスパーソンをはじめ、10~20代の若い世代にもよく読まれている、歯科医で著者の井上裕之さんと、シリーズ累計28万部突破の『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』(日経BP)の共著者で、同書籍の執筆にあたりリーダー本の名著100冊を読み込んだ小川真理子さんが対談を通して考えていきます。
リーダーにはなりたくないけど、選ばれる人にはなりたい
小川真理子さん(以下、小川) 昨今、若い人を中心に出世を望まない人や、リーダーになりたくない人が増えているといわれます。一方で、井上さんの『選ばれる人の100の習慣』が広く読まれているのは、人には「選ばれたい」という承認欲求があるからではないかと感じます。この"ねじれ"が生じてしまう理由や、これを解消する方法について、井上さんはどう考えられますか。
井上裕之さん(以下、井上) リーダーは責任やプレッシャーを伴う「役割」であるのに対して、選ばれることは自身の能力や人柄を示す「価値」そのもの。だから、リーダーにはなりたくないけど、選ばれたいと思うのでしょう。若い人たちが出世やリーダー職を望まないのは、負担が増えるだけだと勘違いしているからですよね。
小川 給料が大して上がらなくて、責任が増えるだけなら、今のまま気楽にしていられるほうがいい、ということですね。
井上 非常にもったいないことだと思います。自分が成長できる伸び代を全くイメージできてなくて、リーダーにならないと味わえない、やりがいや達成感といった価値が全く見えてないわけです。リーダーになって見える景色は、実際にリーダーにならないと見えないものですが、「もうちょっと想像力を働かせてみたらどう?」と思わずにはいられません。
若いうちは「今のままがいい」でしょうが、果たして30代、40代と年を重ねたときも同じことを思えるでしょうか。時間は無限ではなく、人生にも"賞味期限"があります。リーダーになりたくない、という機会損失の代償はのちに必ず払うことになると思います。
小川 女性は特に、出世やリーダー職を望まない傾向が顕著だという話も聞きました。例えば子どもがいる人は、抜てきされたらうれしいけれど、母親という役割を担いながらリーダーという役割まで加わったら心身ともにパンクしかねない、と思うのでしょう。
私は長くフリーランスで働いているので、リーダーに抜てきされたりリーダーとしての役割を期待されたりすることはあまりありませんが、その懸念はよく分かります。

井上 女性の場合は、リーダーとしてすてきな活躍をするロールモデルが少ない現状も、キャリアパスを阻害する構造的な問題ですよね。ただ、それよりも多くの人がリーダーになりたがらない一因には、「任せる力」が足りていないことがあるようにも感じます。能力が高くて完璧主義な人ほど、任せることが苦手です。
小川さんの『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』に書かれていた通り、人に任せることは自分が抱え込まないだけではなく、相手の成長機会を奪わないということでもある。これを認識できれば、任せるのが上手になって、自分の時間を確保できて、パンクも回避できると思いますね。
小川 任せる力がつくと、信頼関係を構築しやすくなり、チームとしての生産性も上がって効果が最大化されるんですよね。人に任せるのが苦手な人は、「自分は人に任せられないクセがある」と自覚するだけでも、好転させるきっかけになるかもしれませんね。
リーダーも仕事も、本来は「楽しい」もの
井上 リーダーになりたくない人が多い背景として、既存のリーダーたちが生き生きとしてなくて、リーダーになることの価値を示せてない、という問題も指摘できます。
ある経営者の会があって静岡県に行ったとき、多くの方が「子どもが継いでくれなくてシャッター商店街になってしまった」と嘆いていました。思わず、嘆いてばかりいるからですよ、と言いそうになりました。子どもが帰ってきたくなるような楽しく働く姿を見せていないわけですから。
小川 子どもとしても、今の生活を捨ててわざわざ帰ってこようとは思えないでしょうね。
井上 そうなんです。もし、自分のビジョンを反映させやすい自由度があって楽しいんだよ、地域の人とのつながりや結びつきが強まって豊かになれるんだよ、ということを見せることができていたら、子どもは「おやじの店を継ごうかな」と思うものです。継いでもらいたいなら、努めてそういう見せ方をするべきなんです。

小川 仕事の価値や楽しさを見せることも、リーダーの大切な仕事の一つといえますね。多くのリーダーが仕事のつらさや大変さばかりをアピールしがちかもしれません。嫌でも我慢してやってるんだ、だからあなたも我慢してやってくれ、みたいな……。
井上 リーダーが仕事の楽しさをちゃんと見せていたら、黙っていても目指したい人がでてきて事業承継などの問題も解消されていきます。「自然と目指したくなるロールモデル」の影響力は大きいです。役割が増えるのは嫌、ではなくて、裁量権が広がってやりがいや達成感が増えるほうに目が向いて、自分もああなりたい、と憧れるものですから。
小川 現代の働き方には、憧れが足りていない気がします。憧れこそ、リーダーという役割の回避と、選ばれたいという承認欲求の間に生じた"ねじれ"を解消するカギなのかもしれません。
井上 憧れる、ということをより端的に言うと、自分もカッコよくなりたい、私もキラキラ輝きたい、と思うことです。根源的な欲求でパワーがありますよね。「選ばれる」という価値を望む気持ちと一致します。選ばれる人になると、周囲から一目置かれてカッコいい、すてきと言われるようになりますから。これは非常にシンプルですがとても重要な視点で、特に若い人には響くでしょう。何かを選択するとき、どっちを選んだらいいかで迷ったら、カッコいい自分、すてきな自分になれそうなほうを選ぶことを推奨します。
小川 リーダーになる・ならないも、大変そうと思うのではなく、よりカッコよくなれるかどうか、すてきになれるかどうか、という基準で決められるといいですね。あれこれ考えると思考が散漫になって、判断の精度が落ちますから。
井上 どうせ働くなら、カッコよく働きたいですよね。せっかくやるなら、やりがいがある仕事をしたいとも思うでしょう。選ばれるリーダーになると、仕事を選ぶ側にいけるから、やりたい仕事をしやすくなり、やりがいが増えます。その結果、評価も収入もアップ。逆に、リーダーになりたくないと言い続けていると、評価も収入も上がらず、チャンスや人脈にも恵まれません。ついでに言うと、モテるようにもなりません。
生きている時間を全部価値に変える
小川 『選ばれる人の100の習慣』にも書かれていたことで、よく井上さんがおっしゃっているのが「物事を選択するときは、自分にとって価値あることかどうかを基準にするといい」ということです。私がフリーランスで働いていることもあり、この言葉は本当に心に響きました。
井上 ありがとうございます。与えられた仕事をただこなすという場面でも金銭的な対価のみを見るのではなく、やる価値があるかどうかをきちんと判断することは重要です。
もちろん、企業に勤めている方の場合、必ずしも仕事を選ぶ自由を持っているわけではないでしょう。しかし、「だから、やりたくないことも我慢してやるしかない」と思い込むのではなく、ちょっと視点を変えれば価値や楽しみが広がってきます。まず、将来的に自分はどういう仕事をしていたいか、どのようなスキルを身に付けていたいか、最終的にどんな生き方をしていたいか、という大局的なビジョンや目的を持ってほしいと思います。すると、目の前のやりたくない仕事も、これを自分が目指す方向に結びつけるにはどうしたらいいか、という視点が生まれます。その結果、目の前のやりたくない仕事にも隠れた価値を見いだせるようになります。「やらされ仕事」という概念が消え、すべての仕事が自己成長のための機会になるため、どの仕事にも前向きに取り組めるようになります。
小川 価値は自分で見つけて作り上げるものなんですね。
井上 どんなことにも、必ず価値があるんです。やりたくないことでも、やれば自分はなぜやりたくないのかが分かって、逆説的にやりたいことが明確になります。単純作業だから嫌なのか、顧客対応に苦慮しそうだから嫌なのか、細かい分析が必要だから嫌なのか、など、自分の得手・不得手、強みと弱みもはっきりして、その後のキャリア戦略に生かせます。もしいい結果を出せなくてあざ笑う人がいたとしても、へこむ必要はありません。一所懸命やっている人を笑うような人は相手にする価値などない、という気づきを得られるわけですから。
小川 今お話を聞きながら、やりたくない仕事をやりたくなってきました(笑)。どんな気づきや学びがあるのかと思うと、妙に楽しみになってきます。

井上 小川さんのように考えられると、人生で無駄なことは一つもなくて、生きている時間を全部価値に変えることができるようになります。そのためにすべきことは、大局的なビジョンや目的を持つこと。これは、リーダーにとっても必要不可欠です。なぜなら、ビジョンがないと目の前の数値目標は意味をなさず、誰も頑張って達成しようと思わないからです。
リーダーが持つべきビジョンについては、小川さんの近著で「7つの基本ルール」の1番目に取り上げられていましたね。
小川 はい、リーダーシップ本の名著100冊中46冊が、「的確な目標を掲げ、それをメンバーと共有することの重要性」に言及していました。個人でもチームでも、ビジョンや目標があると今、取り組んでいる作業の意味を見いだせるからストレスを感じずに済みますよね。心理的にも肉体的にも健全な状態を維持できて、パフォーマンスを発揮しやすくなるのだと思います。
リーダーになること、選ばれることに限らずいえることですが、一見当たり前だけどなかなかできていないことに価値を見いだしてコツコツと行動していくことで、自分の価値も磨いていきたいですね。

(構成=茅島奈緒深、写真=鈴木愛子)
井上裕之(著)、日経BP、1760円(税込み)
藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1870円(税込み)

